第14話 恋と友情と1

「かなた、これ、読んでほしいの!」

 かなたが教室に入って来るとすぐに、私は両手でひみつノートをつき出した。

「え? え? なに、いきなり」

「おねがい、読んで!」

 とまどいながらも、かなたは私からノートを受け取る。

「なに? もう……」

 苦笑しながらかなたはノートを開く。

「真剣な顔で『これ読んで』って。ラブレターでも渡すみたい」

「あはは……」

 ある意味、当たってるかもしれない。

 私はこれで、かなたを口説き落とすつもりでいるから。

「明日果のいつもの小説ノートじゃないんだ。ふぅん、新作……」

 それきりかなたの言葉が止まる。

 私はかなたのとなりで、かなたの目線と表情をじっと観察した。

 かなたに読ませているのは『タケトリノツバサ』。

 理輝くんと作るゲームのシナリオだ。

(これを読んで、かなたが絵を描きたいと思ってくれたら……!)

「……」

(このゲームの絵は、かなたに描いてほしい!)

 かなたはまっすぐな視線をノートにそそいでいる。

 時おり目を見開いたり、口のはしをわずかに上げたり、まゆにしわを寄せたり。

(かなた……!)

 祈るような気持ちでかなたの横顔を見守る。

 やがて読み終えたかなたが、そっとノートを閉じた。

「明日果」

「! な、なに? かなた」

「これ、ゲームのシナリオでしょ?」

 うっ!

「よくわかったね、かなた」

「わかるよ。カナがどれだけ明日果の小説読んでると思ってるの?」

「はは、さすがはかなた。……で、どうだった?」

「そうね、キャラクターの姿が頭に浮かんで、描きたいなって思った」

 よし、キタッ!!

「……って、カナに言わせたいんでしょ?」

 え?

「すごくわかりやすいね、明日果」

 かなたは困ったような顔で私を見ている。

 口は笑ってるけど。

「……なんでそれを」

「親友だから」

(親友……)

 かなたからノートを受け取る。

 『親友』の言葉が、チクンと胸にささった。

(私、かなたの絵が好きで……)

 理輝くんのゲームにかなたの絵が加われば、きっと大賞に一歩近づけるって思った。

 だからこのシナリオを読んでもらって、かなたの心を動かそうって。

 自分から『絵を描きたい』って言ってもらえたら……、そう考えたんだ。

(でもそれって考えてみると、……ずるいやり方だったかも)

 だますみたいな方法で、かなたをメンバーに引き入れようとした。

 かなたは、やりたくないって前に言ってたのに。

 理輝くんのためにって、私、そればかりで。

 かなたの気持ち、後回しにして。

(私たち、親友なのに……)

「ごめん!」

 私はいきおいよく頭を下げる。

「かなたの言うとおりだよ。私、かなたをメンバーに入れようと考えた」

「……」

「私、かなたの絵が大好きだよ。だから、描いてもらいたいと思ったのは本当、でも……」

 私は顔をあげてかなたの目を見る。

「やっぱり、こういうやり方はずるかったよね。ごめん」

「……」

 かなたはスイと自分の席に近づくと、カバンから何かを取り出した。

 すばやくそれをポケットに入れる。

(かなた?)

「明日果」

「?」

「こっち、ちょっとついてきて」

 かなたが手まねきしながら、教室を出て行く。

 私はあわててかなたの後を追った。


 かなたが足を止めたのは、4階の音楽室前だった。

(音楽室?)

「ここなら登校時間は、だれも来ないでしょ?」

 そう言ったかと思うと、かなたはポケットからスマホを取り出した。

「ちょ、かなた、まずいよ! 下校までスマホ禁止だよ? 先生に取り上げられちゃう!」

「知ってる。だから、見つからないうちに急いで見て」

 かなたが辺りをうかがいながら、スマホを私につき出す。

 私は画面をのぞき込んで、あっ、となった。

「これ、かなたの絵、だよね?」

「うん。どう?」

「どう、って……」

 いつものかなたのこまやかなタッチのイラスト。

 チョウの羽を持つ少女が、花にキスをしている。

 シャープペンだけで描いた時とちがって、あざやかな色がついている。

 チョウの羽は外に向かってブルーからピンクのグラデーションだ。

「きれい、すごく……」

 思わず声がもれる。

 かなたがうれしそうに目を細めて、胸の前でグーの手をした。

「やった! 明日果にほめられた」

 かなた?

 怒ってないの?

「かなた、これってCGだよね?」

「うん、そうだよ」

「どうやって? かなたCG描いたことないんでしょ?」

「お姉ちゃんに、教えてもらったんだ」

「お姉ちゃんって、高校生の?」

「そう」

 かなたはスマホの電源を落とすと、ポケットにしまった。

「お姉ちゃん、イラストをSNSに上げたりしてるんだ。だから、やり方を教えてもらったの。お絵かきソフトにも、無料のものがあるんだよ。明日果知ってた?」

「ううん、知らなかった」

 かなたが少しとくいげに胸をそらせる。

「でも、どうして急にCGを?」

「そんなの」

 両手をこしに当て、かなたがぐいっと私に顔を近づける。

「明日果がCG描ける?って、先に聞いてきたんじゃない?」

「言ったよ、言ったけど。あの時かなた、『むり』って……」

「……」

「ゲーム作りのメンバーになるの、いやがったよね?」

「CG描いたことないからむり、って言っただけ」

「そうなんだ。じゃあ、今は描けるから参加したいってこと?」

「言っておくけどカナ、ゲーム作りに乗り気なわけじゃないよ、今でも」

「!」

「でも、明日果の書く物語に絵を入れる役目を、他の人にゆずるのはイヤ」

(かなた……)

「言ったでしょ、カナ、明日果の小説の大ファンだって」

「!」

「ここしばらくね、ちょっとさびしかったよ、カナ」

かなたが窓のそばに立つ。

「学校ではこれまで通り一緒だったけど、明日果はゲームのシナリオ作りに夢中で、いつもの小説のつづきを書いてくれなかった。土日も遊べなかったし」

「それは……」

「わかってるよ。シナリオに集中してたんだよね? でも」

 かなたの髪が光にうっすら透けてる。

「カナ、明日果の小説を読ませてもらうのが、毎日の楽しみだから。それがなくなってずっと、物足りない気持ちだった」

「ごめん、かなた……」

 そこまで言ってくれる親友を、私は後回しにしちゃってたんだ。

 みんなに人気の理輝くんから選んでもらえたことに、すっかり舞い上がって……。

「やきもち妬いたよ。新川くんに明日果取られちゃった、って」

「えっ?」

「だからね、絶対取り返してやる!って思ったの」

 かなたが、いたずらっぽく笑う。

「CG描けるようになれば、明日果といっしょにいられる時間がふえる。そう思って、CGの練習したんだ」

「……!」

「明日果は新川くんに喜んでもらいたくて、カナをイラストレーターにさそってるんだろうけど」

「そ、れは……」

 ちがう、なんて言えない。

「でも、かなたの絵が好きなのは本当だよ? こんなの描けてすごいなぁって、いつも尊敬してるし。私、かなたの絵ならきっとたくさんの人を感動させられるって思ってる!」

「……。それを聞けたら、いいや」

(かなた……)

「どうかな? さっきみたいな絵しか描けないけど、ゲームに使えそう?」

「かなた!」

 私はかなたにぎゅっとだきついた。

「ごめんね! いやな思いさせちゃってたよね? 私、自分のことばかりで……」

「いいよ、明日果」

 かなたは少しだけ涙ぐんでた。

「カナは明日果の小説の大ファンだから」

「私だって、かなたのイラストの大ファンだよ!」

 予鈴のチャイムが鳴る。

 私たちは少し鼻をグスグス言わせながら、教室に急いだ。

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