第6話 なんでいるの!?2

 カチッと小さなクリック音。

 続いてPCから聞こえてきたのは……。

『国あってこその王家。

ここでほろんでしまっては元も子もありません。

私は王子として、国の未来のためこの身をささげましょう』

(え……っ)

 威厳いげんのある、でもさわやかで高貴な声。

(声だけなのに、色のついた光景が見えた)

 金髪の見目うるわしい王子が、まっすぐなまなざしで決意を口にしている。

 月の光を背にして、青い瞳に強い光をたたえて。

(心臓が、ズンッてなった……)

 雷に打たれたような衝撃って、こういうのを言うのかもしれない。

「これって……」

「惺也の声だよ。試しに持ってるマンガのセリフを読んでもらったんだ」

「すごい……」

「だよね?」

(そういえば……)

 思い出した。

 小説ノートを読み上げられたあの日、最初に聞こえてきた惺也の声。

(まるでノートのキャラが自分からしゃべりだしたみたいだった)

 それくらい、『本物』だった……。

 あの後イジワルされたせいで、その衝撃がすっかりふっ飛んでしまったけれど。

(惺也って、こんなにお芝居上手いんだ)

 スポーツ万能なのは知ってたけど、まさか演劇まで……。

 惺也への嫌悪感はやわらいできていた。

 代わりにわきあがってきたのは、これまで経験したことのない感動。

「……ふざけんなよ」

 怒りに満ちた低いうなり声に、私はハッとなる。

 惺也は顔を真っ赤にして、私たちをにらみつけていた。

「理輝、お前マジでふざけんなよ! なに勝手に聞かせてんだ」

「これからチームでやっていく仲間に、役割と実力を伝えておくのは大事なことだよ」

「この……っ」

「郷田くん、あの……」

「ぁあ!?」

 かみつきそうな勢いで、惺也が私をどなりつけた。

 びくっとなった私の前に、理輝くんがスッと立ちふさがる。

「ねぇ、明日果ちゃんにいきなり演技のことバラされていやだった?」

「当たり前だろうが! あれはお前とだけのひみつだって……!」

「きっと、クラスみんなの前で小説を読まれた明日果ちゃんの気持ちは、今の惺也以上だよ」

「なっ!」

(理輝くん……)

「あ……、れは……」

「わかってる。本当は惺也、あんなことするつもりじゃなかった。悪気があったわけでも」

「……くっ」

「明日果ちゃんの書いたセリフを見た瞬間、演じたい気持ちでいっぱいになって、考えるより先に声に出ちゃったんだよね?」

「え? 理輝くん、それってどういう……」

「明日果ちゃんの小説は、それくらい惺也にとって魅力的だったってこと」

 ええええええっ!?

(じゃあ、あの時の顔……)

 初めに小説のセリフを読んだ時の惺也、とまどったような表情をしていた。

 面白がったり。バカにするような感じじゃなくて……。

「うっせぇ!!」

 惺也が爆発した。

 顔はますます赤くなっている。

「クッソ、やってらんねぇ!」

 惺也が足元のバッグを拾い上げ、帰りじたくを始めた。

「惺也」

 惺也が理輝くんの鼻先に、グイッと人差し指をつきつける。

「理輝! オレはもう協力しねぇからな、ゲーム作り」

「郷田くん!」

「マジふざけんなよ!」

「……」

 惺也の目はギラギラと光ってる。

「お前らだけで勝手にやれよ、オレはやんねぇ!」

 そう言い捨てると、惺也はドカドカと足音を立てながら部屋から出て行く。

 やがて乱暴に、玄関のドアがたたきつけられる音が聞こえてきた。

「……あ、あの、理輝くん?」

「……」

 理輝くんは少しさびしげに、開け放たれたままの部屋のドアを見つめている。

 やがてフッと笑うと、私を見た。

「ごめんね、明日果ちゃん。いやな空気にしちゃって」

「私は別に。でも……」

「ん?」

「いいの? 郷田くん、もうゲーム作りやらないって言ってたけど」

「……」

「大切なチームの仲間、だよね?」

「明日果ちゃんさ、惺也のことこわがってたでしょ?」

「! それは……」

「部屋にいる惺也を見た瞬間、おびえた顔をしてた。僕はこの企画のチームリーダーとして、まずそれを何とかしたいと考えたんだ。このままじゃいけない、って」

「理輝くん……」

「惺也はもう明日果ちゃんの才能を知ってる。だから今度は明日果ちゃんに、惺也の才能を知ってもらいたかった。そうすればきっと、才能は引き合うと思ったから」

「……」

「この間のことで、お互い心に壁がある感じだったしね」

「それは、うん……」

 理輝くんのおかげで、今の私の惺也への苦手意識はたしかに少し減った気がする。

 でも、惺也は?

(惺也の演技を聞かせてもらったことで、対等の立場になった感じはするけど……)

 惺也、すごく怒ってた。

 もう、ゲーム作りに協力しないって。

「……きっと大丈夫」

「でも」

「明日果ちゃんのシナリオがあれば、必ず惺也はもどってくるよ」

「へ?」

 理輝くんは目を細めてにこにこしている。

「あぁ見えて惺也は本当に演じることが好きだから。演じたくてたまらなくなるほど面白いシナリオがあればもどって来る」

「ま、待って?」

 理輝くんのにこやかな笑顔に、私はあとずさりする。

「それって、私が面白いのを書かなきゃ、郷田くんはもどって来ないってことじゃ?」

「そうかもしれないね」

 えええっ!?

 理輝くん、春風のようなほほ笑みを浮かべておそろしいこと言ってるよ?

 私の書くものに、理輝くんのゲームの行く末がかかってるってことでしょ?

「むり……、無理だよぉ……」

 力なく首を横にふる私に、理輝くんは一歩近づいてくる。

「明日果ちゃんならだいじょうぶ」

「そんな、全然だいじょうぶなんかじゃ……」

「面白いものを書かなきゃいけない、なんて思わなくていいんだ。いつも通り楽しんで書いてくれれば、きっと惺也をひきつける物語が生まれる」

「うぅ……、でもぉ……」

「どうしてもプレッシャーだって言うなら」

 理輝くんはノートPCに目を向ける。

「声優なしの作品を作るって手もある。ボイスのないゲームだってたくさんあるから」

「そうなの?」

「うん、世の中にあるゲームの半分くらいはそうじゃないかな?」

(ボイスなし……)

「シナリオと絵と音楽と効果音、それだけでも十分面白いゲームは作れるんだ。だから」

 理輝くんがまた一歩私に近づく。

「惺也のことは僕にまかせて、明日果ちゃんはこのこと一旦忘れて。僕とゲームを作ることだけ考えてくれる?」

(ち、近い!)

 理輝くんの整った顔がすぐ目の前ある。

 まつげの数なんて数えられそうなくらいだ。

 すんだ瞳がまっすぐに私を見ている。

(顔がいい! 反則!)

「どう、かな?」

 あまい声が耳をくすぐる。

(パーフェクト王子に小説をみとめられて、こんなふうにたよられて……)

 抵抗なんてできるわけない!

「がんばる……」

「ありがとう!」

 安心したように、理輝くんが笑う。

 軽い足取りで私から少し距離を取ると、クッションに座るよう私をうながした。

「どうぞ」

(危なかった)

 胸をおさえた手の下で、心臓がドキドキいってる。

(これ以上あんな近くにいられたら、爆発しちゃうところだった)

 理輝くんは優雅な動きでグラスにジュースを注ぐと、私の前へ置いた。

 グラスに手をのばし一口飲むと、きんちょうでカラカラだったのどにジュースがしみこんでいく。

 その間にも、理輝くんは紙とシャープペンを2人分用意して、テーブルの上にならべていた。

 やがてテーブルの向かいに腰を下ろすと、理輝くんは顔を上げる。

「それじゃ明日果ちゃん、打ち合わせ始めようか」

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