第46話 夏の予定
なぜこんな場所を選んでしまったのか1時間前の自分を恨みたい。
勉強中の気分転換になればと窓際の4人掛けテーブルを取ったのが間違いだった。
窓から差し込む西日がじりじりと照り付ける。席を代えようにもテスト前となれば図書室は満員御礼。
クラスも違うメンバーなので誰かの教室に行くのもはばかられる。
だから暑いのを我慢して勉強に励むしかない。なに、真夏の体育館でやる剣道の稽古に比べればエアコンの冷風も当たるから全然マシだ。
「
「それならお姉さんに言ってくれないかな。どう考えても絡まれてるのは僕だ」
「彼女の間違った行動を注意するのも彼氏の役目だと思うよ?」
「まあまあ
「
「そんなことねーって。なあ
「そんなことはある。
仲直りをして以来、胸を押し当てたり谷間を強調するといった過激な行為は減った。代わりに優しく手を握り合うという普通のカップルみたいに過ごしている。
……はずだった。この1週間くらいはとても穏やかで、シコ太郎からもつまらないとなぜか怒られるくらいだったのに。
なぜか今日はイスをくっつけて左腕にまとわり付いている。
僕の右手はフリーなので一応勉強するのに支障はない。反対に
「あ、
「あっ! またやっちゃった。こういう細かい減点が積み重なるんだよなあ」
「テスト中はあたしのことを思い出してね。左腕にあたしが絡み付いてると思ってケアレスミスを直して」
「なるほど。今日のこれにはそういう意味が」
「そんなわけないでしょ。お姉ちゃん自分の勉強はいいの?」
「今のあたしは
「違うから。もうっ! そうやって油断してるとわたしが今度のテストで勝つからね」
「ふふふ。期待しているぞ我が妹よ。しかしこちらには
「え? 僕も
「あたしの味方になってくれないの? くすん」
わざとらしく流れていない涙を拭くマネをする
とても芝居がかっているのにこんな風に泣きまねをされると彼氏としてはフォローしないといけないわけで。
「もちろん僕は
「それは困る。負けて悔しがるかわいい
しっかりと柔らかな身体で固定されていた左腕が解放されるとエアコンの冷たい風が通り抜けて一瞬の涼を得る。
日当たりのせいで暑いと思い込むようにしていたけど、
「
「手を抜いたお姉ちゃんに勝っても意味がないからね。本気のお姉ちゃんに勝ってみせる」
「ははは。すごいな
「
僕は向かい側に座っているので残念ながらその表情を拝むことはできない。
だけど想像することはできる。
なぜなら僕の彼女と同じ顔をしてるから。
さあどうする
「いや1位は無理だって。せめて30位以内キープ。いや、ちょっと頑張って20位内にして」
「じゃあ約束ね。
「なんだよ。ご褒美確定じゃないのか」
「それならこういうのはどうだろう。全員がそれぞれの目標を達成できたらみんなで海に行く。ダブルデートの再来だ」
「うっ……プレッシャーが」
「だけど頑張れるのは確かだ。俺はいつも物理とか化学が足引っ張ってるから、そこを伸ばせればワンチャンあると思う」
「わ、わたしの目標、お姉ちゃんに勝つなんだけど」
「それなら一科目でも勝つ。もしくは同点なんてどう? 僕はひとまず英語でそれを目指してる」
「うん。それでいい? お姉ちゃん」
「ふふふ。海のためでもあたしは手加減しないよ。きっちり満点を取って姉としての威厳を見せつけるから」
「先に謝っておく。ごめん」
「ダメだよ
「だって満点だよ? 一つのミスも許されずに英語のテストを解くなんて……」
「
「ははは。何を言ってるのさ」
適当に笑って流したけど
本気のお姉ちゃんに勝たないと意味がないんじゃなかったのかとツッコミを入れたかったけど言葉を飲み込んだ。
「と、言うわけで
「ちょっ! それは……」
「ふーっ」
「あひっ!」
耳なんて外を歩いていれば普通に風に吹かれるはずなのに、なんで女の子の吐息を浴びるだけで体がびくびくと震えてしまうんだろう。
反射的に変な声も出ちゃうし、これは人類のバグなのでは?
「
「二人とも、図書室で変なことはしないように」
「ちがっ! これは
どうやら反抗的な態度を取っても耳に息を吹きかけるごほ……罰を受けるらしい。
左腕をしっかり掴まれて逃げることもできない。
醜態を晒さないようにするには問題集をミスなく回答するしかない。
「あたし達を海に連れて行ってね?」
「
「もちろん。彼氏にカッコいい姿を見せたいもん」
「それは僕のセリフなんだよなあ……」
みんなで海に行くという目標を胸に僕らは勉強に励んだ。
ただ単に良い成績を取りたいと頑張るより、彼女と海に行く妄想を膨らませるほうがとても捗る。
だって、このたわわなお胸を合法的に拝めるんだから。
身体目的で付き合っているわけじゃないけどそこにあるのものは堪能しないともったいないし失礼だ。
頭の中で試着会が始まって、どの水着もおっぱいが零れ落ちそうだ。
「あたしの水着想像しちゃってる?」
身悶えしないように息を抑えて
ここで変に抵抗すると息吹き攻撃をされてしまう。
僕が小さく頷くと、彼女は胸をギュッと押し当てた。
「期待していいよ」
目の前に広げた問題集に意識を切り替えて、ただひたすらに解き続けた。
どこかに見落としはないか? 僕の弱点は時制の一致だ。そこにだけ意識を集中しすぎると他で間違える。
一問一問を丁寧に解く。すごい。水着への執着心が集中力へ変換されている。
「おおっ!
「そんなパワーないから! ……すみません」
つい大声を上げてしまった。
図書室で勉強している人達の視線が一斉に僕に集まる。
「ふふ。やっぱり
「うぅ……」
果たして僕は彼女に勝てるのだろうか。
そんな不安が脳裏をよぎった。だけど水着のためだ。
やれることは悔いのないようにやりたい。
必死に問題集に食らいつく僕に熱い視線が送られているような気がした。
ふざけつつもきっと僕を応援してくれている。
目標であり、ライバルであり、先生でもある
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