第47話 結果発表

 中間テストは授業中に返却されるのに対して期末テストは返却日に全て一緒に返される。

 登校日数も残りわずかだし、あとは消化試合みたいな、だけど来年受験生になる僕らにとっては重要な特別補講が行われる。


 テストの手応えは十分になった。見落として減点になりやすい部分を徹底的に洗い直して満点を目指した。


 が、結果は……。


「あたしは今回も1位。爽井さわいくんは19位にアップと」


 返却された答案用紙でひらひらと仰ぎながらドヤ顔の里奈りな

 テスト前とは打って変わって閑散としている図書室に彼女の声が高らかに響いた。


「うぅ……自信あったんだけど」


「僕も。過去最高点は更新したよ。でも、良くて引き分けの勝負だもんなあ」


 英語で89点。大躍進と言ってもいい。仁奈になさんも詳細はわからないけどかなり点数を伸ばしたらしい。

 恋人ができて勉強のモチベーションも上がって、それが結果に反映されている。


 すごく喜ばしいことだし恋愛にうつつを抜かして成績が下がることもないと証明できたのは大きい。


「と、言うわけで海はあたしと爽井さわいくんで行ってきます」


「「「え?」」」


 里奈りな以外の声がシンクロした。全員が目標をクリアしたら4人でという話だったのが、いつの間にか目標をクリアした人だけで海に行くという話になっている。

 しかも恋愛関係じゃない二人でだ。


「いやいや、それはさすがに。なんか浮気旅みたいでイヤだよ」


 まともな嗜好で思考の爽井さわいくんは真っ先に二人での海を拒否した。

 しかも相手が彼女の姉で、男女バスケ部での交流もある。付き合って早々の夏休みに変な噂が立つのはイヤだろう。


「だ・か・ら」


 里奈りなが妹の手を取った。


「あたしが連れて行ってあげる。ただし、一度だけあたしの命令を聞くこと」


「なるほどね」


 姉妹のやりとりで何かを察した爽井さわいくんがつぶやいた。


「純浦も一緒に行こうぜ。俺の命令一個な」


「あんまり変なこと命令するなよ?」


「安心しろって。なあ仁奈にな


「うん。純浦くんは平気だと思うよ。問題は……」


 しっかりと繋がれた姉妹の手はそう簡単に振りほどけそうにない。

 命令を聞く代わりに海に行く。

 この条件を飲む以外の選択肢は残されていない。


「あんまり変な命令なら代わりに僕が聞くからさ。彼女の不始末は彼氏の責任ってことで。爽井さわいくんもいるんだから一緒に行こうよ」


「本当!? 純浦くんがわたしの代わりに命令を聞いてくれるの? よかったねお姉ちゃん」


「うんうん。さすがはあたしの彼氏。男気が違う」


「え? え?」


「ははは。ハメられたな」


 もしかしてこれって双海姉妹の作戦だったの?

 頭が混乱して思考がまとまらない。


「ごめんね純浦くん。さすがにすぐお姉ちゃんから1位を奪うって無理じゃない?」


「でも確実に順位は上がってきてる。2学期、3学期、そして3年生になった時にはどうなってるか。久しぶりに狙われる者の気分を味わって楽しかったよ」


「待って待って。もしかして最初から仁奈になさんは目標クリアは無理だと思って」


「うん。情けない話だけど。家でのお姉ちゃんを知ってるから今回も勝てなさそうだなって。だからわたしだけ海に行けないかもって悩んでるところに」


「あたしがこの作戦を持ち掛けたってわけ。てるに関しては本当に満点を取って引き分け、それかあたしのケアレスミスで勝つ可能性も信じてたよ?」


「それで里奈りな仁奈になさんを命令と引き換えに誘って、僕がそれを肩代わりするって読んでたんだ?」


「ふふふ。まさかこんなにも作戦通りに進むなんて思わなくて途中で笑いそうだった」


「まさか爽井さわいくんも……」


「いや、俺は何も知らない。マジだ。なんなら命令なんてなくてもいいぞ」


「ダメだよ星太せいた。男の約束は守らないと」


爽井さわいくん、キミの彼女が酷いことを言う」


「はは。可愛いだろ?」


 ダメだ。彼女の可愛さに骨抜きにされて役に立たない。

 僕も人の事は言えないけどさ。


「まあ、みんなで海に行けるからいいか」


「そうだそうだ。俺の命令は軽いのにしてやるから。まあ、里奈りなさんのは……頑張れ」


 ポンと軽く肩を叩いたその手は大きくて、人情みたいな温かさがじんわりと伝わってきた。

 やっぱり爽井さわいくんは良いやつだ。


「ふふふ~。楽しみだな~。なにを命令しちゃおうかな~」


「お姉ちゃん、公序良俗に反するのはダメだからね?」


「ひどい。お姉ちゃんのことをなんだと思ってるの!?」


「人前で平然と彼氏とイチャイチャする変態」


「決めた。仁奈にな爽井さわいくんもそんなカップルにしてやる」


「「え?」」


 仁奈になさんと爽井さわいくんが口をぽかんと開けた。

 美男美女はマヌケ面すらも絵になるからズルい。


てる、あたし達が二人の目の前でこれでもかってくらいイチャイチャして、イチャイチャのハードルを下げるよ。二人の貞操観念をぶっ壊す」


「やめよう。こういうのは当人のペースというものが」


 身体は触れ合うけどキスはまだな僕達みたいな。

 そんな具体例は口に出さないけど、いくら姉でも余計なお世話というやつだ。


「だって、もし仁奈になが先にキスしたら、あたしもそういう気持ちになるかもしれないし」


「ふえっ!?」


 耳元でささやかれた衝撃発言に脳が壊れたような叫びを上げてしまった。

 さすがにうるさかったのか遠くから咳払いが聞こえる。


「純浦くんとお姉ちゃんのイチャイチャって別にうらやましいとは思わないかも。なんかこう、特殊な感じがする。ね?」


「お、おう。そうだな」


 爽井さわいくんの目は明らかに泳いでいた。

 わかる。わかるよその気持ち。里奈りなさんの方が少し大きいらしいけど、ほぼ互角サイズの双海姉妹。


 このおっぱいを遺憾なく押し当てられるのはどんなに幸せなことか。

 本当はキミもこんな風に密着したい。

 でも体目的と思われたくないからお願いはできない。


 自分の気持ちにウソ付く爽井さわいくんの表情はとても寂しそうで、だけどこの場で励ますと彼の我慢は無駄になってしまう。


 僕は心の中でエールを送ることしかできなかった。


「じゃあ、具体的に日にちを決めようか。剣道部の合宿はいつ?」


「えーっと男女合同で……」


 もうすぐ長い夏休みが始まる。

 人生で初めての彼女と過ごす初めての夏休み。


 そんな彼女の言葉が頭の中で繰り返される。


“もし仁奈になが先にキスしたら、あたしもそういう気持ちになるかもしれないし”


 二人の秘密を暴露したら、里奈りなは唇を僕に預けてくれるだろうか。

 彼女の気持ちを尊重したい気持ちと、抑え込まなければならない自分の欲望が天秤に掛けられる。


 もちろん優先すべきは彼女の気持ちだと仲直りした日に約束した。

 楽しそうに海の計画を立てる彼女の唇は、初めてキスをした唇よりも子供っぽく見えた。

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