片想い中の先生に結婚しませんかって提案した結果、俺の許婚になった件について

ヨルノソラ/朝陽千早

許婚

「先生。俺と結婚しませんか?」


 放課後。


 日直日誌を渡しに職員室に来た俺は、担任の藤宮先生に向かって、結婚を提案していた。


 藤宮先生は日誌に目を通しながら。


「──ん、うんわかっ‥‥‥え? 今なんかすごいこと言わなかった⁉︎」


「あ、あれ? なんて言いましたっけ? ‥‥‥すみません最近物忘れがすごくて。あ、日誌届けたんでもう帰りますね」


「ちょ、ちょっと一ノ宮くんってば!」


 藤宮先生に問い詰められ、俺は逃げるように職員室を後にする。


 幸い、藤宮先生が追いかけくることはこなかった。



「ああ‥‥‥なにやってんだ俺は」



 俺は近くの壁にもたれかかりながら、深々と頭を抱えていた。




 ★




 俺に許婚がいると知らされたのは、先週のことだった。


 親父曰く、大人には大人の事情があるとかで、俺がその許婚と結婚すると都合がいいのだそうだ。


 まったく、勝手な親父だが‥‥‥これまで育ててもらった恩もあるから蔑ろにはできない。


 実際、一度もカノジョが出来たことのない俺にしてみれば、朗報と言ってもいいだろう。強制的にとはいえ、恋人ができるのだからな。


 晴れてリア充の仲間入りである。


 しかし、手放しに喜ぶことはできなかった。俺には好きな人がいるからだ。


 担任の藤宮琴弓ふじみやことみ先生。分不相応にも程がある相手だが、一目惚れして、気づけば好きになっていた。


 だが、いくらなんでもさっきのはダメだよな‥‥‥。絶対頭おかしいやつって思われた‥‥‥。


「まぁどうせ叶わないことだし、言葉にできただけマシか」


 幸い明日から夏休みだし、俺の馬鹿な発言も忘れてくれるだろう。



 ↓



 時は流れ、夏休み中盤に差し掛かった今日。


 俺は親父に連れられ、高層ビルの最上階にある高級レストランに来ていた。今にも吐きそうなくらい緊張している。


 先に言っておくが、初めて入る一流の場所と、飛び降りれば死が確定する高さに緊張しているわけじゃない。いや、ちょっとはしてるけど。


 これから対峙することになる許婚に対して、緊張しているのだ。


 許婚──ゆくゆくは、結婚する相手だ。可能な限り好印象を抱いてほしいし、粗相はできない。


 くそ、もう心臓がはち切れそうだ。


 高校受験の時でもここまで緊張はしなかった。さっきから水ばっか飲んで、トイレに行きまくっている。


「いらっしゃったぞ裕太。シャキッとしなさい」


「お、おう」


 どうやら、許婚が到着したらしい。


 俺は剣道部並みに背筋をピンと伸ばすと、少しの間瞑目する。


 こういうのは第一印象が肝心だ。笑顔で、そして快活に、それでいて男らしく! 



「‥‥‥は、初めまして。一ノ宮裕太いちのみやゆうたと申します。本日はよろしくお願──」



 頭の中で幾度となく反復させたセリフだったが、彼女を視認した瞬間、声が出なくなった。


 人間、驚きすぎると息するのも忘れるらしい。


 俺は頬をつねり、夢じゃないことを確認する。


(な、なんで藤宮先生が‥‥‥)


 許婚として現れたのは、俺が片想い中の担任の先生だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る