第13話 ここから先は、大人の話です


 魔法少女……といっても、今は守夜美月の姿に戻っているが……

 だとしても、この状況はなんだろう?


 女子高生と仮面の男がホテルの一つの部屋にいるのだ。

 いや、俺だって、仮面とマントを脱げば、ごくごく普通の男子高校生だ!!

 でも、でも、はたから見たら、とってもアブノーマルなカップルじゃないか。

 いや、カップルって言っていいのか?


「ファン様、お風呂もすごいですよ!!」


 俺があれこれ考えている間に、いつの間にか魔法少女……いや、守夜美月はバスルームをのぞき込んでいた。


「このスイッチはなんでしょう?」


 おいおいおいおいおいおい!!!

 なんでそんなにスイッチ押したがるんだよ、魔法少女!!

 何が起きるかわからないそんな怪しいスイッチを!!


「……えいっ!」


 可愛いな!!!!!


「————いや、ちょっと落ち着くんだ!! 魔法少女!!」


 謎のボタンを押しまくる姿に可愛いとか思ってる場合じゃない。

 なんだこの好奇心に満ち溢れているようなキラキラの瞳は!!

 可愛いな!!!!!


「あれ……?」


 一体どこのボタンを押したのか、バスルームの壁がスケスケになってしまった。


「ど……どうしてこんなことに? これじゃあ、全部丸見えじゃないですか…………どうして、こんな機能が? まさか————」


 どうやらこのピュアすぎる魔法少女もようやく、ここが普通のホテルではないことに気がついたようだ。

 これで少しは、落ち着いて話ができるだろう。


「お子さんが一人でお風呂に入っても安心できるようにですかね?」


 ちがあああああああうううううううう!!!!!!


「ダメだ、いくらなんでも……いい加減に気づいてくれ!! ここは————」



 俺は魔法少女に、ここがラブホであることを説明した。

 そこでやっと理解したようで、彼女は顔を真っ赤にして大人しくなった。



 * * *


 今から外へ出られるわけもなく、俺たちはベッドの端と端に座っていたが、この気まずい空気に耐えきれなかったようだ。

 あまりチラチラと見ては失礼かと、我慢していた俺に気を使ったのか、彼女の方から話しかけてきた。


「ファン様、大変失礼しました。まさか、ここがそのような……場所だったなんて…………だから、ベッドをもう一つとおっしゃっていたんですね」

「あぁ、さすがに魔法少女と……その、俺も知らなかったとはいえ、こんな場所で……その、あれだ……」

「…………そ、そうですよね? 気まずいですよね? まだ、私たちお互いのことを何も知りませんし…………」

「そう、だな」


 この仮面があるから、まだ少しは冷静でいられる。

 何もなかったら、きっと俺は、こんな会話すらできずに逃げ出していただろう。

 2年も片思いしていて、さらには同じクラスになってもう2ヶ月が過ぎたっていうのに……

 青野冥介としての俺は、いまだに一度も会話をしたことがないなんて……

 変な話だ。


「ところで、どうしてファン様はあの場にいたんですか? 私の正体も、知っていらしたようですが……」

「あぁ、それは————」


 ここで素直に、俺が君の同級生だからだなんて、言えるはずもない。

 次の言葉が出ずに、黙ってしまった俺を見て、彼女は慌てる。


「いいたくないのなら、いいのです! ちょっと気になっただけですから! 色々と事情というものがおありでしょうし……ただ、少しでいいから、ファン様のことを知りたくて……」


 そんなピュアな瞳で見つめないでほしい。


「すまない。俺がどこのだれで、どうして君の正体を知っていたのかは、明かすことができない。その……大人の事情ってやつだ」


 何が大人だ。

 同い年のくせに。


「でも、俺は君が魔法少女であることをだれにも話しはしない。こんな仮面をつけたままで、正体も明かさずにいる男だ。怪しいと思ってくれていて構わない。だけど、俺は君をこれからも見守りたいんだ……」


 自分だけが正体を隠していることに、胸が痛んだ。


「どうして……そんなにも、私のことを?」

「それは、君を……あ————」


 ————愛しているから。


 口から出そうになった言葉を押し込めた。

 これは、この姿のまま言っていいことじゃない。

 愛してるなんて、軽々しく言っちゃだめだ。



「なんですか?」

「あ……くの……そう、悪と戦えるのは君だけだ。だからだよ。怪人族が人間を奴隷にするのを、阻止したいからだ!!」

「まぁ……!! やっぱり、そうなんですね!!」


 や、やっぱり?


「これではっきりしました。ファン様、あなたはやはり……!!」


 急に守夜美月は目をキラキラと輝かせて、俺の手を両手で握る。

 端と端に離れて座っていたはずなのに、一瞬で彼女は俺との距離を縮めて言った。


「あなたこそ、私の運命の人ですね!! 魔法少女を守る正義のナイト様!! ずっと、ずっとお会いしたかった!!」

「は……はい?」


 俺は彼女が、一体何を言っているのか、さっぱりわからない。


「ど……どういうことだ?」


「…………ここから先は、大人の話ですが、聞いてくださいますか?」


 大人の話??

 は??


「あぁ……」

「……私、やめたいんです。魔法少女」


 な、なんだって!?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る