第21話 よわみをつく
港湾地区によくある海産物の串焼き屋台で昼食を済ませた二人は、今後の予定について改めて話し合っていた。昨夜もおおまかなことは話してあったが、主に感情的な問題があってあまり詰めた話はできていなかったのだ。
まず最初に話題を口にしたのはヴェラのほうからだった。
「一人で考えるんもどうかと思たけど、なんせ一晩も時間があったよってな。色々と考えたんよ?」
「うう、反省してますから、その話題はもう勘弁してください……」
ヴェラが昨夜考えたこととは、船の購入計画についてだ。もうすぐヴェラの手元にはまとまった金銭が入るわけだが、それを予算にして船やら設備やらを揃えなければならない。帝都をいつでも離れられるようにという意味でも、生計を立てるという意味でも最優先の課題である。
「あの金額やと、小型船の中でもよう出回ってる船の中古しか手ぇ届かへんねん。それやと足の速い船が手に入れへんし、潜水装備にまで金が回れへん」
「あー、そういえば潜水装備のことを忘れてました。どれくらいするんです?」
「ピンキリやけどな。命を預ける装備やよってケチらへんとすると、二人分で予算の半分持っていかれるわ」
「……随分高価なんですね。予想外でした」
「まあ言うても古代遺物やしな。ええ値段するわ」
基本的に現在の衰退した錬金技術では、潜水装備などというものは作れない。そのため市場に出回っている潜水装備は、全て1000年以上前の技術で作られた物だ。もちろん、普通の品物が1000年も劣化せずに稼働するはずがない。こういったずば抜けた耐久性を誇る、古代の錬金術で作成された品物は
この古代遺物こそ潜水屋が狙う最高のお宝なのではあるが、その古代遺物の中でもやはり物によって希少価値には差がある。3000年ほど前から段階的に世界中が沈没を続けているため、水没した都市からもその当時の潜水装備はわりとよく見つかっていた。古代遺物の中ではありふれた物の一つと言えるだろう。
「本来なら最初のうち船は借りもんでもええから、潜水装備を先に用意するべきなんやろな」
「なるほど。でも僕の手持ちがちょうどそれくらいなんで、この際ですから提供しますよ」
「……気持ちは嬉しいし、他に手段がなかったらアテにさしてもらうけどな、今はしもといてんか」
ヴェラとしてはノエルと添い遂げてもいいと考えているので、財布を一つにすること自体は構わないと考えている。だが昨夜からノエルがヴェラに対して、精神的に依存し始めていると感じてもいた。
そのためこの申し出を受けると、ノエルが経済的な自立を放棄してしまうことになる。それは精神的な自立の放棄にも繋がるのではないか。そう考えたヴェラはギリギリまで申し出を受けないことにした。
それに予算の中で運転資金も確保できないようでは、経営的に危なっかしくて仕方がない。だからこそヴェラは一晩かけて考えたのだ。
「人の弱みにつけ込む形にはなるかも知れへんけど、ちょっとええ方法を考えたんよ」
そう言ってヴェラが説明したのは、レアード海運と取引のあった造船工房についてだった。
コーベット工房は帝都ロンディニウムにある、ドワーフの一家が経営する小規模な船大工の工房だ。造船も手掛けてはいるが、主な仕事は船舶の定期整備や修理である。そして同じく小規模な海運商会であるレアード海運の『永遠の団結号』の定期整備も請け負っていた。
レアード海運との付き合いは長いらしく、レアード海運の代表であるフランシスとコーベット工房の代表であるダリルは親友同士らしい。その関係もあってフランシスは『永遠の団結号』の老朽化に伴う船舶の新調が必要になった際、事業拡大を狙ってコーベット工房に大型船舶を発注したのだ。
コーベット工房の規模での大型船建造は工期が長くかかるが、その代わり大規模な工房よりも安くできる。フランシスは大型船発注のために、これまでに蓄えた利益のほとんどをつぎ込んだらしい。
しかし昨日の一件でレアード海運の倒産はほぼ確実になった。当然ながらコーベット工房への支払いは停止してしまう。工期はまだ半分程度残っているので、船はまだ未完成だ。そのため船を転売して損害を減らすこともできない。つまり、コーベット工房はもうすぐ経営的な危機に直面するはずなのだ。
そこにつけ込んで、即金で支払う代わりにコーベット工房が所有する小型快速船を安く譲ってもらおうというのが、ヴェラの立てた計画だった。
「なるほど、なかなかえげつないですね」
「ノエルにえげつない言われるとは思わんかったわ。自分のしたことよう思い返してみいな」
調停局でのフランシスへの仕打ちや、オーエンを捕縛し連行した際のやり口を考えれば、ヴェラの言う通りであろう。少なくともノエルが優しく品行方正であるとは誰も言えまい。
「しかし、コーベット工房が目当ての船の在庫を持っていなかったらどうするんです? 工房の規模からして、
「それは心配あらへん。前に見せてもろた船があってな。非売品やいう話やったけど、ウチが狙てんのはそれやねん」
「なるほど、そういうことでしたか。ならここは僕の出番ですかね。ヴェラが矢面に立つと色々複雑でしょう?」
理非善悪を横に置くと、コーベット工房の経営難をもたらした原因はヴェラであるとも言えてしまう。もちろん責任があるのはフランシスだが、万人がその理屈を了承してくれるとは限らない。
そういった状況で本人が矢面に立つのは気が重いだろう。まして顔見知りがいるならなおさらだ。なら別の意味でこの事態の元凶であるノエルが前に出ても構うまい。
「……ほんま、そういうとこがズルいんよな、ノエルは」
「何がです?」
「
「なんですかその人聞きが悪い評価は!」
あまりの風評被害に思わず抗議したノエルだったが、残念ながらヴェラの中にあるノエルの人物評を覆すことはかなわなかった。間違っていないのだから仕方がないだろう。
かくしてにぎやかに打合せを終えた二人は、コーベット工房の前に辿り着いたのだった。
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