パーティ追放が真っ当な理由過ぎたので穏やかに心を療養しつつ勇者へエールを送ります

海水魚

第1話 足手纏いだよ

「もうお前は連れて行けない」


 それは紛れもない、パーティーからの追放宣言だった。

 覚悟はしていたけれど、本当に言われるとは思わなくて。私は、その場に崩れ落ちるように膝をつく。


「どうして……どうして…!」

「そんなことも分からないのか!?お前は……!」


 勢いよく私に叫ぶ黒髪の勇者、アスペンと、膝をついた私。その間に、聖女カルミアが静かに立ち塞がる。彼女は私を見下ろした後、静かにその場へ座り込んだ。

 視線の高さを合わせたカルミアは、悲しみに暮れた碧眼を細める。睫毛まで銀色の、底無しの美人。女性にしては少し無骨な、しかし白く美しい指先を私の頬に滑らせて、左右に頭を振った。


「……わかるでしょう、リナリア。聞き分けてください。わたくし達も、貴方と共に歩みたかった」

「……カルミア……やだよ、私……まだ」

「出来ません。貴方は連れて行けない」

「……」


 パーティーの追放とは思えないほど、優しく美しい、ハスキーな透き通った声。神託を受けた聖女の宣告に抗うのは、罪に等しい。

 諦めきれなくて、縋るようにアスペンを見上げた。駄目だった。見たこともない憤怒の炎を宿した瞳で、彼は私を見下ろす。


「お前は……そんなになるまで、どうして黙ってたんだよ……お前の傷に気付けない自分を殺したくなる……!」


 濡れたナッツ色の目に浮かぶ怒りは、勿論だが私ではなく自分へ向けられた怒りだった。

 覚悟は足りなかったらしい。無意識に、もう一人の仲間、露出した肌は獣に等しい狼の獣人の女性、タイムを見上げた。狼の尻尾を悲しそうに垂らし、表情のわかりにくい鋭い瞳で私を見下ろす。


「悪ィけどさ、足手纏いだよ」

「……うん」

「そこの勇者がな」


  仕草だけは、よく分かる。耳の生えている赤く短い髪を掻いて、困った雰囲気を滲ませていた。見たこともない形相のアスペンを横目に示して。

 カルミアが今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で、私の手を両手で包み込む。


「貴方、今回倒れた原因は何ですか?」

「……ね、寝不足」

「不眠症ですね?」

「……寝付きが悪くて……」

「ここ一ヶ月の平均睡眠時間は一時間でしたね?朝は起きられない、わたくしが起こすだけで済みました。でも、お風呂も促しても入らない、食事も摂れない。戦闘においては確かに活躍して下さいました。全員、貴方を一度も足手纏いと思ったことはありません。貴方が居てくれてずっと助かりました。でも何回貴方は自己犠牲のような戦闘を繰り返しましたか?自分が死ねば切り抜けられそうな場面では身も守らずに。無事に帰ってきてくれても、毎回肝が冷えました。最近は人が多い街へ行くと、過呼吸も頻発していましたね。それといつの間にそんなに大量の薬草を飲んでいたんですか、常用しなければ歩くのも億劫だったのでしょう?貴方は今日、先生になんて言われましたか?」

「適応障害……」

「ええ。わかりますね?貴方はこの街で休んでいてください。魔王はわたくし達が討伐して参ります」

「み、皆の助けになりたくてぇ……」

「貴方の不調に気付けない自責の念でアスペンのバーサーカーモードが解けないんです!貴方がいると!アスペンが!足手纏いになってしまうんです!お願いだから安全な場所で心を療養してください!」


 いやもう真っ当な理由。これ以上にないぐらい当然かつ必然な追放理由。

 アスペンをちらりと見上げると、やはり鬼のような顔で自分の拳を握り壊そうとしていた。

 絞り出すように、彼の喉から血が出そうな力強い声が漏れる。


「リナリア……お前は、優しい……奴だ……!魔王に唆され悪に染まる……幾多の人間さえ、俺たちは……手をかけて、きた。お前はその度にその人達のお墓を作って……!心を痛めて!!涙を流して!元はお前は……町医者と行商人の娘だ!ジョブも、商人……感覚も、一般的……それなのに頑張って頑張って残酷な世界に身を投じ……人間、を!手にかけて!お前は自分を殺してまで!リナリアは!優しい女だから、俺の認めた優しい……うおおおおおお!なぜ!俺に言わない!?頼らない!?辛かったと一言!!ただ一言ォオ゛!!」


 アスペンが倒れた。

 タイムに気絶させられたらしい。もうずっと、私が倒れて目が覚めてから、怒り狂うか気絶してるかの二択である。


「……恋人だから、アスペンが好きだから。側で支えたかったの。ごめんなさい、足を引っ張ってしまって」


 私の謝罪は、思ったより弱々しい声だった。

 ……私はもう、頭を下げることしか出来ない。元々、きっかけは私のわがままでパーティに加わった。めちゃくちゃ心配だったのだ。大好きな恋人が、幼馴染が、急に勇者として魔王討伐なんて。何処かで野垂れ死にしないか、本当に心配だった。

 だから出来るだけ、どんなに心が身体が壊れようとも、戦いにおいて迷惑だけはかけないように細心の注意を払っていたのに。

 カルミアは何度も頷き、優しく私に語りかける。


「わたくしは聖女、聖職者。タイムは獣人族の豪傑の戦士。アスペンは紛う事無き脳筋……勇者。その中で貴方は一度も引けを取ることなく、知恵と優しさと努力で助けて下さいました。でもね、心を殺せなんて、誰も思ってないんです」

「今脳筋って……あ、いえ、ハイ」

「不安ですか?わたくし、何度も貴方には申しましたが意中の人がおります。タイムは人間に興味がありません、アスペンは貴方しか愛しておりません」

「…………嫌ってほど分かってます……」

「……申し訳ありません。パーティ追放……という形を取らざるを得ない。戦線離脱して、此処で魔王討伐が叶う日まで待ってて下さい……装備も全然、貴方の分なら全て持ってて下さって構いませんから。薬草だけ全部回収します、良薬口に苦しですよ」


 カルミアの瞳から涙が零れ落ちた。彼女も私が離れることを惜しんでくれている。タイムも小脇に白目を剥いた勇者を抱えて、「ウチらに任せとけ」と小声で呟いた。


 こんなに優しく追放されて、私は我が儘で残るわけにはいかなかった。

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