お盆
一生かけて、ずっと私を愛してるって証明してくれると言ってくれた理沙ちゃんが愛おしくて、私はソファから降りてテーブルとの狭い隙間に挟まるようにして理沙ちゃんを抱きしめた。
「理沙ちゃん!」
「ん……ん、ふふふ」
抱きしめたことで理沙ちゃんは力が抜けたみたいで、私の左手を離したので、左手もつかってさらに抱きしめる。胸の中に抱きしめた理沙ちゃんの、頭の丸みさえ愛おしくて、私はそっと髪に口づけた。
「理沙ちゃん、顔あげて」
「う、うん」
理沙ちゃんがおずおずと頭をあげる。腕の中の理沙ちゃんはなんだか子供みたいで、とても年上だとは思えないかわいらしさに、胸の奥から気持ちがあふれてくる。
「ん」
ちゅ、っと理沙ちゃんのおでこにキスをする。まぁるい形は頭と同じだけど、髪じゃなくて皮膚って言うだけで全然違う感じで、吸い付きたくなる。
「……理沙ちゃん。大好き。私もね……ずっと、愛していたいよ」
愛してるよって言うのが本当の気持ちだけど、でもそれを一生かけて証明するって言う理沙ちゃんの前で軽々しくは言えないから、私はそう自分の希望を言った。
理沙ちゃんは私の言葉に目元を震わせて、すでに赤かった頬をさらに紅潮させた。
「あ、あ、あり、ありがとう……嬉しい」
自分の方が先に、ずっと大胆なことを言ったくせに。当たり前に証明するなんてことに比べてただの願望である私のささやかな言葉に、理沙ちゃんはどもってポンコツになってしまう。
まっすぐに私の言葉を受け止めてくれて、全身で喜んでくれている。そんな不器用な理沙ちゃんが、愛おしい。
「……うん。私も。理沙ちゃんの気持ち、嬉しいよ」
「……ふふ、んふふふ。えへへへ。あの、あのね、春ちゃん。その。大好き。大好き。大好きだよ。すっごく、大好き」
「うん。私も」
理沙ちゃんはテンションが上がってきたみたいで、珍しいほどの満面の笑みになって年下みたいに告白してきた。可愛くって、私は抱きしめる力を緩めてそっと頭を撫でる。
「んふふ。あの、その、私から抱きしめても、いいですか?」
「ん、いいよ」
一通り喜んでから、理沙ちゃんはテンションそのままに、何故か敬語で提案して、私が頷くとすぐに私をぎゅっと抱きしめた。
理沙ちゃんはぎゅうぎゅうと私を抱きしめてくる。痛いわけじゃないけど、圧迫されて苦しいくらいだ。だけど、全然嫌じゃない。それだけ理沙ちゃんの思いが強くて、求められてるんだって思うと、何だか、もっと強くしてほしいくらいだ。
「……春ちゃん、大好き」
「うん」
何回も、馬鹿みたいに何回も言われてるのに、不思議だな。ただ嬉しい。何度も言われる度に、心の中で積み重なっていくみたいに嬉しい。当たり前みたいに好きって言ってもらえると、なんだかくすぐったいけど、胸の中がほかほかしてうきうきしちゃう。
「理沙ちゃん、私も大好きだよ」
「うううっ、す、好きっ。好きっ」
「あはは、もう、すっごい言うじゃん。ほんと、理沙ちゃんは……ねぇ、理沙ちゃんは、キスしてくれないの?」
ぎゅっと私の肩口に顔を押し付けていた理沙ちゃんは、私の言葉に力をゆるめてゆっくり顔をあげた。赤らんだまま顔をあわせた理沙ちゃんは、だけどすぐに目をそらして泳がせた。
「あ、う……そ、その……手、手、貸してくれる?」
「いいけど、ほっぺじゃないんだ?」
「あ、その……は、恥ずかしいから」
ご褒美ってことで私から理沙ちゃんに何回かしたけど、結局まだ理沙ちゃんからはしてもらってない。一回自分から言ってくれた時も、私は何にもしてないからって軽く流しちゃったんだよね。だってなんだか、いざされるってなると、自分からするのと違う感じで、恥ずかしくなっちゃったから。
だから恥ずかしいって理沙ちゃんの気持ちもわかるけど。でも……うぅ。してほしい気持ちになったけど、でも、してって言うのも恥ずかしいし。しょうがないから、また今度にしておこう。
私は理沙ちゃんにそっと手を差し出す。理沙ちゃんはもじもじしながらもそっと私の手を受け取り、そっと唇をあてた。
ドキドキとうるさい心臓の音が、世界中に響いてるみたいにすら感じられる。世界そのものが、特別になったみたいだ。理沙ちゃんと一緒に暮らすまで、私はずっと、静かな世界に生きてたんだって思い知らされる。
前はそれに気づかなかった。すごく辛いってことがなければ、それでいいって思ってた。でも、すごく寂しい世界だったんだなって今は思う。こんなに騒がしくて幸せな世界を知ってしまったら、もう元には戻れない。
ずっと理沙ちゃんといたいな。
「理沙ちゃん、私にも手、貸して」
「う、うん」
そう思いながら私も理沙ちゃんの手にキスをし返した。
○
「はぁ」
「理沙ちゃん、何? ため息なんかついて」
理沙ちゃんの夏休みが始まり数日。初日がちょっとドキドキしたから、ちょっとだけもぞもぞした日々を送ると数日なんてすぐに過ぎて、お盆がやってくる。そう、理沙ちゃんの実家に行く日が来た。
理沙ちゃんの家にお泊りするのだ。お盆くらいずっと居たら、とおばさんは言ってくれていたけど、理沙ちゃんはいいっていいって、と言う感じで断って一泊二日になった。
私はずっとでもいいんだけど、何故か理沙ちゃんは顔を赤らめながら、無理だから。とかわけのわからないことを言って断られた。
理沙ちゃんのこの実家嫌いなんなのかな。おばさんにいつもそっけないし。優しくて愛してくれる親がいて、羨ましいくらいなのに。
と思ってから気が付いたけど、私、理沙ちゃんに対してだけは、家族仲がいいとかそう言うので嫉妬したり複雑な気持ちになったりしたことないんだよね。美砂子おばさんって私の中で理想的なお母さんなのに、なんでだろう。
……。考えるのやめよ。これ以上考えたら、なんか、恥ずかしくなってきちゃいそうだ。
「あの……春ちゃん、家にいる時だけど……」
「うん? 何?」
嫌々準備をしてから荷物を背負った理沙ちゃんは、玄関に向かいながら振り向いた。その憂鬱そうな表情は首をかしげて促すと、目をそらして頭を搔きだした。
「……その、できるだけ、私といてほしいんだけど……いいかな?」
「え、う、うん……もう、理沙ちゃんは寂しがりやだなぁ」
「そ、う……うん。へ、へへへ」
理沙ちゃんは照れ笑いしながら頷いた。可愛いなぁ、理沙ちゃんは。なんか和んだ。
まあよくわからないけど、理沙ちゃんはおばさんにすら嫉妬しちゃう人だから、そんな感じなのかな? むふふふ。私、愛されてるからなぁ。しょうがないよね。
「りーさちゃん、早く行って、早く帰ればいいでしょ」
「! うん」
手を取って促すと理沙ちゃんは嬉しそうにしながら頷いて、ようやく家を出れた。
さーて! 美砂子おばさんに会うぞ!
ごっとんがったん電車に揺られる。そんなに遠くない、とはいっても、普段遠出をしないのでやっぱり遠く感じて、家に着いた時には結構疲れた。
「いらっしゃい! よく来てくれたわねぇ」
おばさんは笑顔で迎えてくれて、何となく気恥ずかしくも嬉しくなる。
「ただいま」
「おかえり。二人とも元気なようでなによりだよ。二カ月ぶりだけど、春ちゃんはちょっと大きくなったんじゃないかい?」
「美砂子おばさんも、元気そうでよかった」
「元気元気。さぁさ、暑いだろう。早くあがって」
室内はクーラーがきんきんに効いていて、理沙ちゃんのお母さんだなぁって感じがした。
「あれ、お父さんは?」
居間にはいった理沙ちゃんはテーブルの上を見て小首を傾げた。つられて私も見ると、テーブルの上にはすでに料理がたくさん並んでいたけど、コップやお皿は三人分だった。荷物を隅に置きながら尋ねた理沙ちゃんに、おばさんは呆れたように肩をすくめた。
「どうも都合がつかなくて、先月代わりに私が行ったから今回はいないって、この間電話で言っただろう? だからあんたの方に行けないって」
「あー、はい。うん。そうだったね」
「そうだったんだ。おじさんには春ぶりに会えると思ったのに」
理沙ちゃんのお父さんはちょっと寡黙な人だけど優しい人だ。私と会う時はいつも甘いものをくれる。あちこちに出張の多い人で、数年ごとにあちこち行っているらしい。今は外国に行っているんだっけ。会えないのは残念だ。美砂子おばさんと一緒にいる雰囲気が、何となく好きだったのだけど。
「……お父さんになんか会っても変わらないよ。それより春ちゃん、荷物置きなよ」
「あ、うん」
促されて私も隣に荷物を置く。振り向くとおばさんは呆れたように腰に手をあてた。
「あんたねぇ。会いたいって駄々をこねられても困るけど、親になんて言いぐさだい。可愛くないねぇ」
「春ちゃんが可愛いから、バランスはとれてるでしょ」
「ちょっと、やめてよ理沙ちゃん」
恥ずかしいし、なによりおばさんの前でなんでそう言うこと言うかな。もしばれちゃったらどうするつもりなのさ。
思わず肩をこづいた私に、理沙ちゃんははっとしたように眉をさげた。
「ご、ごめん。えっと、手、洗ってくる。すぐご飯なの?」
「ああ、見てのとおり、いつでも準備はできているからね」
二人で手を洗いに、一旦移動する。居間を出て、トイレの隣の洗面台へ。
「理沙ちゃん、変なこと言わないでよ」
「ご、ごめんね。あの、私、わかってるから。大丈夫、安心して」
「えー、まあ、一応信じてるけどさ」
こそこそしながら念押しする。私と理沙ちゃんが恋人なことはもちろん秘密だ。家を出る前にもちゃんと言ったし、別に理沙ちゃんが積極的に言っちゃうなんて思ってない。ないけど、本人が絶対隠さなきゃ! って温度で思ってる訳じゃないし、直接言わなくても察知されてしまうかもしれないのだから、迂闊な話はしてほしくないからね。
考えたら、そう言う意味でもおじさん不在で、かつ一泊二日だけなのはよかったかも。
とりあえずこのお泊りの間は、普段気を使ってもらってるし、理沙ちゃんが親孝行タイプじゃないんから、私も協力して少しでもおばさんに親孝行しないとね。頑張ろう。
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