ご褒美をもう一度
七月になった。まだ梅雨は晴れないのに暑くなってきていて、気温の変化にちょっと気だるくなってきたけれど、それと反比例するように私たちは仲を深めていった。
最初は手を触れるだけで固くなっていたのに、今では手を繋いで外をデートすることもできるようになった。二か月かけてと考えるとすごく進展が遅い気もするけど、まあ漫画じゃないんだからね。
むしろ、個人的にはどんどん進展して行っている気がする。先週頬にキスをしてしまったのはやりすぎだった気さえする。
でもすごい気持ちよかったし、またやりたい。ご褒美と言う名目でしたので今のところもう一回する機会がないけど、考えたら恋人なんだからそんな口実なんかなくてもよかったのでは?
だけど、だからってなんにもなくてするのも、ちょっと恥ずかしいって言うか。積極的すぎるよね。私小学生だし。理沙ちゃんは大人だからあれだけど、でも大人だからこそ、えっちなことも考えるみたいだし、あんまりしちゃうのどうなんだろ。だからやっぱり、名目は必要だと思うんだけど。
「あっ、あわわ」
「あー、もう、落ち着いてじっとして。拭くから」
「ご、ごめん」
しかし肝心の理沙ちゃんときたらこれである。眠そうにして、朝からシャツの袖にコップをひっかけてしまったし。これじゃあ全然、褒めてあげることができない。頑張るって言ってたのは何なんですかね。
理沙ちゃんのシャツをこぼれたお茶をふき、理沙ちゃんの袖もある程度拭いたら着替えてもらう。
ワイシャツの下に着ているタンクトップ姿になると、その下の下着が透けて見えて、一瞬ドキッとしてしまった。お茶こぼしてる癖に。
「ごめんね、春ちゃん」
「いいよ。でも……これじゃあ、ご褒美はあげられないけどね」
「ん……き、気を付けます」
「ふふ。いいよ。ドジなところも可愛いから、ちょっとずつ気を付けてくれれば」
「……うん」
フォローしたつもりだったけど、しょんぼりしてしまった。可愛いって言われるのっが嫌ってことはないと思うんだけど、綺麗の方が言われたいのかな。
黙ってたら、まあ、大人だしさ、綺麗に見える時だってあるけど。でも、赤くなったり慌ててたりしてたらやっぱり可愛いもん。
「理沙ちゃん、元気出して。黙ってお仕事してる時は、綺麗系って言うか、かっこいい顔してるからさ」
「……あ、ありがと」
む、フォローしたのにあんまり響いてないな。全く、理沙ちゃんそう言うとこだぞ。
まあいいけど。考えたらこれで理沙ちゃんが社交的でお話上手になっちゃったら、ちょっとドジな以外完璧になっちゃうもんね。お仕事はできるんだから、ちょっとした欠点くらい可愛いものだよね。
うーん、となると、私の方が褒められればいいのか。頑張ろ。
と言う訳で、頑張ってみようと決めたものの、どう頑張ればいいんだろ。
家事はいつも通りだし、ミスはしてないけど、頑張るって、ご褒美をもらうとなるといつも通り以上に頑張らなきゃいけないわけでしょ?
先週したテストが満点で帰ってきたけど、これも別に。元々悪くなかったし、理沙ちゃんに勉強見てもらうようになったら満点も珍しくなくなった。理沙ちゃんは勉強できるし、頑張って教えてくれるから意外とわかりやすいんだよね。
教えてもらってとった点数だから、褒めてもらうのもおかしいし。そもそも、小学生なんて百点取れて当たり前なんだから、教えてもらわないと取れない時点で駄目だよね。
どうしようかな。褒められることなんて何にもない。うーん。
なんて風に悩んでいる内に、早くも一週間が過ぎていった。もうすぐ梅雨が明けるはずだけど、今週はまた雨がふってしまった。
「理沙ちゃん、雨やまないねぇ」
「うん。明日もだし、デート、どうする?」
「うーん……たまにはデートお休みしよっか。もうすぐ夏休み前だし、理沙ちゃんも色々することあるんじゃない? あ、中学からお休みの前にテストがまとめてあるんじゃないの? 大学は違うの?」
「あー、あるけど、月末だし、別に勉強しなくても大丈夫だけど……まあ、じゃあ、エアコンの掃除とか、家のことする?」
「あ、そう言えばそうだったね。扇風機も出さなきゃだし、布団も夏布団ださないとね。衣替えだけで忘れてた」
勉強しなくても大丈夫、と言うのはまあ置いといて、土曜日は理沙ちゃんお仕事してるから、あんまりばたばたしにくいし、ちょっとずつ衣替えしてたからね。これを機会に一気にしちゃってもいいよね。
と言う訳で今週末はデートじゃなくて、家仕事をすることになった。
「あー、疲れたねぇ」
「うん……」
扇風機を出してクーラーを掃除し、夏用のシーツを出して洗濯しなおし、掛布団も洗えるタオルケット状なのでまた洗濯機にセットしたところで、疲れたので休憩することにした。
「理沙ちゃん、今の乾燥が終わったらひと段落だし、とりあえずお昼にしよっか」
「お昼……疲れたでしょ。何か簡単に、私つくるか、頼もうか」
「そー、う、だね。理沙ちゃんなんの料理できるの?」
理沙ちゃんも時々手伝ってくれるし、ゆっくりだけど別に危なげなく包丁も使えるし、できないことはないと思う。でも一人で作ってもらったことはないし、ちょっと心配なので確認してみる。
「えっと、まあ、炒飯くらいなら、多分」
「多分って、つくったことないの? 春まで一人暮らしだったんだよね?」
「あー……うん、まあ。一人暮らしの時は、冷凍うどんとか、卵かけごはんとかが多かったかな。包丁は基本的に使ってないけど、一応、卵かけごはんを炒めたりはしてるから、炒飯をつくったことはある、と言えるのかな」
「えー……言えないかな」
言えないけど、包丁自体は使えるし、炒めるのもできるなら、まあできるでしょ。
「じゃあ作るの見てるから、お願いしてみていい?」
「う、うん! 頑張るよ」
と言う訳で始まりました、理沙ちゃんのクッキング。ご飯は冷ご飯が残っているから、それを使ってもらうのだけ伝えた。後は好きにしてもらう。
「えーっと……」
理沙ちゃんはちょっと迷っていたけど、冷蔵庫の中から卵とウインナーを取り出して普通に作り出した。特に危ないところもなく、塩をかけて味付けをして炒め終わった炒飯をお皿に盛りつけた。
「できた、けど……味見、してもらっていい?」
「いいけど、味見ってもうちょっと前の段階でするものだと思うよ」
「え、あー、ごめん」
お皿に盛り付けたら、もう味変えられないんだから。一言言いながら差し出されたスプーンでの一口に食いつく。うん。塩だけで味付けなのでシンプルだけど、普通に美味しいと思う。ちょっと物足りない感じもあるけど、まあ、疲れて簡単に済ませる炒飯ならこれで十分でしょ。
「うん、美味しいし大丈夫だよ。ただ味見は、途中で自分で確認するやつだからね」
「うん。次はそうする」
と言う訳で理沙ちゃんの初手料理をお昼にいただいた。一口目は気にならなかったけど、食べ終わったら結構喉乾いたので、ちょっと塩味きいてたかな。でも汗もかいたし、ちょうどよかったでしょ。
じゃあ洗い物は私がするね、と言ったのだけど、理沙ちゃんはどうにもやる気があふれているようでそれもしてくれた。量も少ないし、皿洗いは前から理沙ちゃんもしていたのでお願いした。
「ごちそうさま。理沙ちゃんありがとうね、理沙ちゃんも疲れてるのに」
「ん……うん、あの、が、頑張った」
片付けを終えて戻ってきた理沙ちゃんをねぎらうと、理沙ちゃんは恥じらうように頭をかきながら隣に座った。
「……」
「? ……あぁ」
そして意味ありげに私をちらちら見てきて、何か言いたいことあるのかな? と首をかしげてから気が付いた。
これ、褒めてほしくて言ってる? ご褒美目当て?
「……」
でもこれ、そんな。炒飯つくっただけで、精神的には別に頑張ったってほどでは。でも、うーん、まあ、したいか、したくないかだとしたいけど。
なんというか、ご褒美としてのキスなのに、あんまり簡単にしてもって気もするけど、でもそもそも私のキスにどれだけ価値があるのって話でもあるし。
「……歯磨き、してくるね」
いつもお昼は歯磨きしないんだけど、炒飯で油ついてる唇で触れるのはためらわれるし、私はそう言って火照ってくる頬を誤魔化して席をたった。
「あ、わ、私もっ」
「え、うん」
理沙ちゃんは別にいいのでは? と思ったけどあえて言ってしまうと、これから理沙ちゃんの頬にキスするんだって意識してしまいそうなので流した。
二人でいつものように並んで歯磨きして、ソファに戻ってくる。
「ん、うんんっ。ごほん。えー、と、ですね。理沙ちゃん、頑張ってお昼つくってくれましたね」
「は、はいっ」
わざとらしいけど咳払いで場の空気を整えてそう言うと、理沙ちゃんはお目目をキラキラさせて嬉しそうに頷いた。
う。すごい期待されてる。
「だから、その……ご、ご褒美、あげるね」
理沙ちゃんは私の言葉に返事をせず、ぎゅっと目をつぶった。また皺がよってる。口元にも力が入ってて、赤くなってるのもあってすごく踏ん張ってるみたいな顔だ。
「だから、そんなに力いれないで。綺麗な顔に、皺がよっちゃうよ」
「……あの、その、目、開けてもいいかな」
前回目を閉じてと言ったからか、言う前に目を閉じた理沙ちゃんはそんな風に聞いてきた。キスするのが恥ずかしいし、キスする顔を見られるのも恥ずかしい。
でも、理沙ちゃんの顔を私は見てる訳だし、ずっと閉じさせるのも不公平だよね。
「う、うん。いいよ」
「……春ちゃんは、可愛い顔、してるね」
そっと目をあけた理沙ちゃんはじっと私と目をあわせてそんなことを言う。なんでさっきまでかちこちだったのに、急にそんな優しい顔になるの。ずるい!
「も、もう、そういうこと、言わないで。照れて、できなくなっちゃうでしょ」
「ご、ごめん」
「じゃあ……するね」
「うん……」
そっと理沙ちゃんに顔を寄せる。理沙ちゃんも近づいてくる。興奮してきているのか、理沙ちゃんの息が少し荒い。それが私の胸を熱くさせる。私も体温と一緒に息があがりそうで、恥ずかしくって、そっと目を閉じて唇を頬にあてた。
「……」
理沙ちゃんの頬は柔らかくて、熱くて、すっごくドキドキした。気持ちよくてずっとこうしていたい気もして、いつ離れればいいかわからなくて、私はそのまましばし固まってしまったけど、遠くから聞こえたピーと言う機械音に我に返った。こんなに長くしてたら変に思われちゃう。
ゆっくり離して目を開ける。理沙ちゃんは目をらんらんとさせていて、まるで子供みたいだ。
「あの、あのね、わ、私からも、していい、かな?」
「……駄目。私、褒められることしてないし、それに、洗濯、乾いたから」
今の音は洗濯機が乾燥まで終わった音だ。次の洗い物をセットしないと。
「う、あ、そ、それ、私がやるから、その」
「……もう、しょうがないなぁ」
この日、私はもう三回、理沙ちゃんにご褒美のキスをしてあげた。
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