友達

 元々恋人同士だったとはいえ、理沙ちゃんと本気で好きだと思いを伝えあってしまった。恥ずかしくて死にそう。その日はそのまま別れて布団の中でめっちゃごろごろした。


 翌朝も目をあわせられないまま学校に来てしまったし。ああぁ、恥ずかしいよぉ。友達にも心配されたりいじられたりしたけど、なんでもないで乗り切った。だって、ハズいもん。


「ただいまー」


 家に帰って声をかけるけど、まだ今は理沙ちゃんも帰ってない時間帯だ。無造作に中に入ってランドセルを置いて、財布とエコバックを手にまた家を出る。ある程度の買い物は買い置きしているけど、そうは言ってもお肉とか生ものはあんまり日持ちしないのでマメに買いに行くことにしているのだ。

 今日明日の分のお肉だけなのでそう重くない。二人分だし。なのでさっさと買い物を済ませる。


 家に帰って下ごしらえを済ませて休憩とばかりにソファに座ると、一瞬昨日を思い出してドキッとする。定位置なのが悪い。理沙ちゃんが座ってた隣をみて、ちょっとだけ座面をなでて心を落ち着かせてからテレビをつける。


「……よし」


 ゲームをして気持ちを切り替えることにした。後半にしたパーティゲームはまだまだ他にやってないミニゲームがあるし気になってたんだよね。

 電源をつけると、自動的にテレビがゲーム画面に切り替わってびっくりした。こんな機能あったんだ。


「むむっ」


 ゲームは二人でやってすごく楽しかったけど、これ、一人でやっても楽しい。それに友達の家だと時間がなかったからあれだけど、一つをやりこむのも楽しい。もうちょっと、もうちょっと、とついのめり込んでしまう。


「……ただいまぁ」

「ほわぁ!」

「!? え、な、ど、どうしたの?」


 突然聞こえた声に、思わずびっくりした大きな声を出してしまった。もちろん普通に帰ってきて普通に挨拶した理沙ちゃんも驚いて、慌てたように玄関口から近寄ってきた。

 私はコントローラーを持ったまま振り向いて顔を見合わせる。


「あぁ、ご、ごめん、なんでもない。その、ただびっくりしただけだから」


 ほんとにびっくりしただけだけど、理沙ちゃんの顔を見ると朝気まずかったのを思い出してしまってとっさに顔を伏せてそのままゲームをやめた。

 時計を見ると時間は18時半。あわわ。すぐ料理にとりかからなきゃ。下ごしらえしているとはいえ、いつも理沙ちゃんが遅いときはそれに合わせて作っておくようにしてたのに。


「ごめん、すぐ晩御飯つくるね!」

「慌てないでいいよ。別に、たまには、あー、私、手伝う、よ」

「えぇ。料理できるの?」

「うーん、調理実習はしたことあるし、切るとかくらいなら」

「あー、まあ、じゃあ、お願いします」


 全然不安な感じだけど、でも理沙ちゃん手先が不器用なわけでもないしとりあえず一緒にしてみればいいでしょ。だいたい理沙ちゃんは大人だし、私だってできるんだしね。


 そして一緒に料理を始めた。と言ってもいきなり包丁持たせるのは不安なので、付け込んでおいた生姜焼きを焼いてもらい、その間にスープを作ることにする。玉ねぎとキャベツ、ベーコンのコンソメスープ。理沙ちゃんが炒めてる隣でぶっこんで煮込み、キャベツを切ってサラダにする。

 煮込んでる間に明日の朝に炊き上がるようにお米を洗ってセットして、理沙ちゃんが焼き上げた生姜焼きをお皿にいれて、運んでもらってる間にフライパンと菜箸を洗って、出来上がったスープをよそって運ぶ。

 理沙ちゃんは指示する前に冷蔵庫からお茶を出して取り皿やドレッシングの準備もしてくれた。


「はい、間に合ったー。理沙ちゃん、手伝ってくれてありがとうね」

「うん。まあ、炒めてただけだけど」

「お皿をはこんでくれたり、こまごましたことしてくれるのが一番ありがたいんだよ。料理自体はやっぱちゃちゃっと自分でしたほうが早いし」


 むしろ、言わなくてもこまごましたことしてくれるのってすごい助かる。気がきかないとできないことだ。理沙ちゃんがいかに私の方を見て考えてくれたかだ。

 なんというか、普通に嬉しくなってしまった。理沙ちゃんは普段人嫌いぶって、他人に興味ないくせに。私のことは大好きなんだから。

 まあ、恋愛感情と言う勘違いはいつか冷めるとして、好かれている自体は疑ったことないけどさ。いつだって理沙ちゃんは全力で私を迎えてくれたから。


 いただきますして食べ始める。理沙ちゃんは前に比べてずっと好き嫌いが減った。もちろん嫌いなまま頑張って食べてくれるのもあるけど、食べてみたら意外とそこまで……となったのが結構あったからだ。苦労した甲斐があった。


「ご馳走様。今日もおいしかったよ。ありがとう」

「ご馳走様、そしてお粗末様です。ありがと。サラダも積極的に食べるようになったね。いっぱい食べれて偉いよ」

「うん……その、春ちゃんが褒めてくれるから、頑張った」


 できるだけ野菜をいっぱいとってほしい。自分だけじゃなくて理沙ちゃんの分も作るようになった春から、健康にいい栄養素についても多少は勉強したのだ。できるだけバランスよく食べた方がいいからね。

 だから理沙ちゃんが今も苦手な生野菜をちゃんと食べてくれて嬉しい。まあ、ドレッシングどばどばだけど。だけどそれも私に褒めてもらうためなんだ。くすぐったいけど、悪い気はしない。むしろ可愛い。


「そっか。じゃあ褒めてあげるね」


 なのでお皿洗いの前に、席をたって理沙ちゃんの隣に行って頭をなでてあげる。


「……ふひひひ」


 また理沙ちゃんがちょっと気持ち悪い声で笑う。と言うか、何でそんな笑い声なんだろ? 見慣れるとこれはこれで変わった鳴き声っぽいし、可愛いっちゃ可愛いし、心許されてるんだなとは思うけど。


「理沙ちゃん、変わった笑い声だよね。なんでそんな感じなの? 子供の時から?」

「う……あの、ごめん、気持ち悪い、よね」

「いや、別にそんなことはないよ。可愛いよ」

「へっ、そ、それはさすがに……あの、私、小学校に通ってすぐの時、笑った時に空気変になってたから、笑わないよう我慢するようにしてたら、その、我慢するのが癖になって、我慢できなくて漏れた時、変な声になっちゃうようになって」

「なにそれ。我慢しなくていいよ。ていうか何で空気が変になったの。どういう感じだったか覚えてる?」

「その……授業中だったんだけど、読んでた本が面白くて、つい」

「……」


 いや、そりゃあ授業中に急に声に出して笑い出す人がいたら変な空気になるよ。しかも小1だったらなおさら。一瞬、ちょっとしたいじめにでも遭ってたのかと思ったよ。妥当だし、それだけで笑うのをやめて癖になるまでってやばいでしょ。


「理沙ちゃん、私の前では我慢しなくていいから、普通に笑ってよ。すぐには無理でも、そうしてみて。私は理沙ちゃんが笑ってくれた方が嬉しいよ」

「え、あ……う、うん。わかった。その、そうしてみる」


 理沙ちゃんは戸惑ったようだったけど、私の提案に取り合えず頷いてくれた。うんうん。癖になってるって本人言ってるし、私が生きてる間より長く続けてきたんだからすぐには変わらないだろうけど。

 でもそのうち直っていくでしょ。理沙ちゃんには社長先輩みたいな知り合いだっているんだし、普通に笑うだけで人に笑われるなんてことはそうそうないんだから。


「あ! ていうか理沙ちゃん、友達私以外にいないって言ってたくせに、社長先輩がいるよね。何でそう言う嘘つくかな」


 そう言えばごく普通に流していたけど、そう言うことだ。友達がいないしできたこともないって言うから、同情してた部分もあったのに。昔はそうだったかもしれないけど、少なくとも大学で会って私がこの家に来るより前に親しくなってたんじゃん。

 声高に指摘するほどではないけど、一回言っておこうと思ってたんだよね。友達がいない、なんてのは社長先輩にも失礼なんだから。

 頭を撫でるのをやめて腰に手を当ててお説教ポーズで言うと、理沙ちゃんはうろたえたように目を見開いて頭をゆらした。


「えっ、う、嘘って言うか、いや、嘘じゃない、よ? 先輩は友達ではないから」

「えー? でも私のことも相談したりしてたんでしょ? 普通に話せる相手で、お仕事でも頼りにしてて、私生活でも相談できるって、普通に友達でしょ?」


 理沙ちゃんは往生際悪く、むしろ不思議そうに首をかしげてそんなことを言う。本気で言ってるのかな? 同い年じゃなくて先輩だって言うなら、私こそ何歳離れててしかも親族だってことわかってるのかな?


「えぇ、うーん……でも、春ちゃんみたいに特別じゃないし……」

「……」


 えっと……つまり、私のことはあった時から特別って言ってたし、特別に思ってるから仲良くもやってるし友達だって思ってたけど、社長先輩のことは仲良くなっても私とは違う風に感じてたから友達じゃないってこと?

 なんかどんだけ私のこと好きで私を基準に考えてるんだって、ちょっと嬉しい気もするけど、でも喜ぶのも違うような気がするなぁ。


「あのね、理沙ちゃん。私とは恋人で、友達とは違う感情で当たり前なんじゃないかな?」

「あっ……な、なるほど。じゃあ、私と先輩は友達だった……?」

「うん、多分。不安なら社長先輩に聞いてみたら?」

「えぇ……大丈夫、かなぁ。でも、だって、もし聞いて、友達って思ってなかったら、嫌な気持ちにならないかな?」


 腑に落ちないような顔をしている理沙ちゃんはそんな心配を口にするけど、いやどんな心配してるの。


「逆に聞くけど、理沙ちゃんは友達とさっきまで思ってなかったとして、社長先輩から友達だよねって聞かれたら嫌な気持ちになる?」

「うーん、否定はするけど、別に、嫌なきもちにはならない、かな」

「じゃあ一緒でしょ。そのくらいにはもう二人は親しいってことなんだから」

「なるほど。さすが春ちゃん。かしこいね」


 感心したように褒められたけど、いやまぁ、理沙ちゃんの対人関係の未発達さについては今更だよね。

 うん。なんかちょっと、嫉妬してたの馬鹿みたいだね。本人主観では友達とすら思ってなかったなんて。


「じゃあ片づけるから、理沙ちゃんはお風呂いれてから聞いてみたら?」

「う、うん。あ、運ぶの手伝うよ」


 片づけて皿洗いをしていると、理沙ちゃんは社長先輩から友達と言質をとれたみたいで嬉しそうにしていた。友達って言われて嬉しいってことは、もうそれ、友達になりたいってことじゃん。全く、自分の気持ちにも鈍いってどういうことなの。

 とちょっと心の中で悪態をつきつつ、なんか私もちょっと嬉しかった。

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