ラーメン屋

三文の得イズ早起き

ラーメン屋

 先週、ラーメン屋に一人で行った時の話なんです。


 店に入ってラーメン食ってたら、違和感があったんです。あれ? おかしいな? って。

 でも何がおかしいのかわからない。


 しばらく考えてました。なんだろう、なんだろう、って。

 で、わかったんです。


 、それがないんです。


 客がいないわけじゃないんです。店内は満員でした。みんなラーメンを食ってました。でも例のがないんです。


 ところで、こういう話聞いた事ありませんか? 


「麺をすする習慣のない外国人はラーメンや蕎麦を音をたててすする事ができない」って話を。


 勘の良い人は気づきましたね。

 そう、客が全員、外国人だったのです、というのは嘘で全員日本人でした。

 はい。完全にアジア人でした。ほとんどオジサンでした。みんなペラペラと日本語喋ってる東洋人。かなりの高確率で日本人だと思います。

 でも、聞こえないんです。例の音が。


 あまりに不思議だったので、僕は店員さんに尋ねてみようと思いました。

 まず声をかけたんです。「ちょっといいですか?」って。


 店員さんは僕の方を見ました。

 竹内力によく似た中年のガッチリした体格をした男性でした。

 額にカタカナの「メ」に似た傷がありました。


「この店って、麺をすする音がしないんですね。不思議ですね」

 僕はおそるおそる店員さんに言いました。

「おいこら坊主」

 店員は喧嘩腰で僕に答えました。

「文句あんなら出てけよ。この野郎、喧嘩売ってんのかガキ。ぶちころすぞ」

 店員さんは怒っているようでした。その怒りの表情はまるで肛門に梅干しを埋め込んだかのように切迫したものでした。


 僕は驚きました。

 何が彼の怒りの導火線に火をつけてしまったのだろう? と考えを巡らせましたが、答えは見つかりません。そこで僕は、よし、じゃあいっちょこちらも怒ってみよう! という考えに思い至りました。

「ぶちころせるもんならやってみろ耄碌じじいてめえの死骸で八時間出汁とって冷凍保存してそれサイコロ型に個別包装して通信販売するぞコラ楽天だけじゃなくてメルカリも使うぞコラぶちのめして切り刻んでやるからまっとけゴミカス」

 僕はそう叫んで立ち上がり、一跨ぎでカウンターを乗り越え、厨房へ入り込み、置いてあった出刃包丁を手に取りました。

 出刃包丁には『ぬるり』という感触がありました。よく見ると血がべっとりとついています。

「てめえこの野郎、この包丁で人殺したんか? あ?」

 僕はそう叫びました。

「なわけねえだろ、鶏肉さばいてたんだこの塩辛坊主が!」

 店員はそう言いました。僕は納得しました。

「疑って悪かったなこの野郎! 豚骨もさばけぶちのめすぞ」

「おうコラ、気にしてねえよ、ぶちころすぞこのガキ」


 しばらく睨み合いが続きました。

 店員は右手にお玉、左手に雑巾を持っていました。僕は出刃包丁を両手に持ち、店員との間合いを縮めていきました。そして先手必勝とばかりに店員の脳天めがけて出刃包丁を振り下ろしました。店員はさすが慣れたものでお玉で防ぎました。


 そこからさらに僕と店員の睨み合いが続きました。


 そのうち、「やってらんねえ! こんな仕事やってらんねえ!」、店員はそう言って被っていた白いコック帽を床に叩きつけて店から出ていきました。


「やったな!」

「お前の勝ちだ!」

 店内の客が僕にそう声をかけてくれました。そのうち、パラパラと拍手が沸き起こりました。

「勝利!」

「ユーウィン!」

「勝者、赤コーナー!」

 さまざまな声が客席から上がっていました。僕は出刃包丁を持った右手を上にあげ、勝利を噛み締めました。


 その時、新たな客が二人店に入ってきました。

 彼らは店に入るなり、

「味噌ね」

「ええとしょうゆ!」

 と、僕に向かって言いました。僕は店員ではありませんが、気分が乗っていたのでよし、いっちょやってやろうと思い作ってみることにしました。


 厨房には麺とスープがあり、醤油と味噌もあります。

 僕は適当に茹でた麺に適当にスープをいれ、適当に味噌をいれ、適当に醤油をかけました。

「あいよ! おまち! 味噌と醤油!」

 僕の出したラーメンを二人の客はズルズルっとすすりました。


「あ、音! ズルズルって音がする!」

 僕は叫びました。


 二人の客は僕の叫びに一切反応することなく、ほとんど同時に「まず!」と言って食べたラーメンを吐き出しました。

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