その3「直観少女の勘違い」

自慢じゃないけど、勘は優れている方だと思う。

 元々そういう才能が備わっていたのか、ただ単に運が良かったのかは定かではないけれど…テストの四択問題とかでも直観で選んだら当たるという事が多い。わたしの数少ない特技かもしれない。

 だけど、その直観が悪い方というか、自分にとってマイナスな方向に働く事もある訳で…。


   *   *   *


 高二の秋。

 まだまだ冬は来ない筈なのに寒い日の事。

 わたしは、本屋で好きな作家の新刊を買っていた。

 うちの高校は特別な事情がある場合を除いてアルバイトが禁止されており、発覚した場合はこっぴどく叱られて内申書にも影響が出る。かといって全員がバイトをしていないかというとそうではなく、こっそりやっているヤツもいたりする。わたしはそこまでの度胸は無いので、律儀にルールを守っていた。

 お小遣いは貰えるが、額は高校生にしては少なめ…というくらいだ。まあ貰っている身分で文句は言えないのだけど、高校生にもなってこれはどうなんだと嘆いた事は何度もある。友達はそんなわたしの経済事情も知らないでどんどん遊びに誘ってくるので、自分の好きな物に使えるお金は全くといっていいほど無かった。

 今日買った本は、そんな少ないお小遣いを毎月コツコツと貯めて買った本なのだ。やっと買えたという安堵に満ち溢れながら、わたしは本屋を出た。

 機嫌よく駅までの道を歩いていると、少し前に見慣れた後ろ姿を見つけた。わたしの幼馴染であるふうちゃんだ。


「おーい!ふうちゃ…」


 わたしは機嫌よく声を掛けようとして…というか掛けたのだけれど、途中でその声を引っ込めた。

 ふうちゃんの隣には、見た事が無い女の子が居た。小柄で華奢な女の子。肩までの焦げ茶色の髪が、歩く度に揺れている。顔は分からないが、多分女の子だと思う。

 ふたりは私服姿で、親しげに話している様だった。その様子を見て、わたしの直観(女の勘?)が働いた。

 今日は休日。部活ならまだしも、私服姿で街を歩いているのを見る限り、それなりに親しい間柄なのだろう。ふうちゃんの妹かなとも考えたが、彼は一人っ子だ。

 つまり、これは…カレカノ的なアレなのか。

 わたしの心臓がズキンと痛む。幼馴染のこんな一面を見てしまったからだろうか。

 そりゃあ、ふうちゃんだって男だ。彼女くらい居たっておかしくないだろう。加えて彼は意外とモテる。テニス部のエースで、明るい性格のいわゆる陽キャさん。容姿もそれなりに整っているし、女の子にも人気がある。告白された事も何回かあるらしい。その後の彼の行動を見る限り、全て断ったらしいけれど…遂にいい子を見つけたのだろう。

 なんというか、フクザツだった。幼馴染としておめでとうと言ってあげたい気持ちはあるのだけれど、何故か胸が痛む。心筋梗塞的なものではないと思うし、ならいったいなんなのだという話になるのだけれど…。

 もやもやしながら俯きがちに歩く。ふたりは駅の方面に向かっていた。電車に乗るのだろうか。一本遅らせて乗ろうかな…なんて、自分でもよく分からない事をぼんやり考える。

 ああ…なんだ、この気持ち…。

 どきどきして。

 もやもやして。

 ずきずき痛む。

 なんてふうちゃんが女の子と一緒に居て親しげに話しているってだけで、こんな気持ちになるんだろう…。

 そんな事、今までにもあったのに。

 これじゃ、まるでわたしが…。


「…ばか」


 自然と出た呟きは、自分でも分からない気持ちを内包していた。

 いっその事この場から離れてしまおうか。本屋に戻って、立ち読みでもして過ごそうか。

 ああ、そうだそれがいい。

 この気持ちが無くなるなら…。


「…ちー?」


 不意に聞こえた声に、顔を上げる。

 いつの間にかふうちゃんが目の前に居た。ぼんやりしていて気付かなかったらしい。彼の後ろには女の子もいて、少しオドオドした様子でこちらを伺っている。


「…ふうちゃん」

「奇遇だな。何してたんだ?」

「…別に」


 そっぽを向くわたしとは対照的に、ふうちゃんはいつも通りだった。無邪気な声で、「そうだ。これから喫茶店に行くんだけど、ちーもどうだ?」と言い、わたしを声と同じくらい無邪気な目で見る。


「…わたしがいると、邪魔じゃないの?」

「いや、全然邪魔じゃないけど…」

「だ、だって…」


 声が少し震える。

 わたしは殆ど叫ぶようにして、その言葉を口にした。


「…だって、ふうちゃんとその子、付き合ってるんでしょ!?」

「……は?」

「ふぇっ!?」


 ふうちゃんの困惑した声と、女の子の驚いた声が重なった。

 あれ、なんだこの反応。


「お前…何言ってんだ?この子とはたまたま会って、アルバイトの事で話してただけだぞ?」

「…へ?」


 わたしは女の子を見る。彼女は顔を赤くしながら、コクコクと頷いた。


「…そうなの?」

「そうだよ。この子はちょっと事情があってバイトしなくちゃいけないらしくてさ、おれに相談してきたんだよ。ほら、おれがバイトしてるの知ってるだろ?」

「…ふぇ」


 じ、じゃあつまり…わたしの早とちり?


「…あ、あ…」

「全く、どうしてそう思ったんだよ…って、ちー?どした…」


 わたしはブルブルと震えながら、顔を真っ赤にして叫んだ。


「アホーーッ!」

「なんで罵倒するんだよ!?」


 慌てるふうちゃんと、フリーズしている女の子。わたしはぽこぽことふうちゃんを叩きながら、ふと気が付く。

 わたしの中に巣食っていたフクザツな気持ちは、いつの間にか消えていた。


   *   *   *


 結局、ふうちゃんの話は本当だった。

 駅の近くにある喫茶店できいた話によると、女の子…反町渚そりまちなぎさちゃんは事情があってバイトをする事になり、学校にも届けは出したのだがバイト先が決まらず、以前から知り合いだったふうちゃんに相談していたという事だった。


「全く、なんで間違えるんだか…」


 コーヒーをブラックで飲みながら、ふうちゃんが呆れ声で言う。


「仕方ないでしょ。ふたりで仲良く話しながら歩いていたらそう思うのも無理ないって」

「普通はそう思わねぇよ。ちーの勘も鈍ったなぁ」

「むっ。これでもテストの四択問題とか結構当たるし!」

「それとこれとは話が違うだろ」


 いつもの調子で話しているわたし達を、渚ちゃんがにこにこしながら見ている。手にはオレンジジュースの入ったグラスを持っていた。


「おふたりとも、仲がいいんですね」

「まーな。これでも幼馴染だし」

「…そうだね。幼馴染だしね」


 わたしは呟いて、メロンソーダを飲んだ。

 直観で物事を判断するのは良くないなぁと、自分の行動を反省しながら…心中で安堵している自分が居た。


   *   *   *


 …あのもやもやが何なのか、その時のわたしには分からなかった。

 その気持ちの正体に気付くまでは、もう少し時間が必要だったのだけれど…それはまた、別のお話。

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