その2「遅刻には気を付けよう」


 ―走る。

 息を切らして、足の回転速度を上げ、それでいて人にぶつからない様に微妙に調整を加え、苦しさと共に一抹の爽快感を感じながら、ただただ走る。

 何故走っているのか?

 それは―おれが遅刻しかけているからだ。


「ああクソ、冗談じゃねぇぞ…っ!」


 学校まではもうすぐだ。だが腕時計を見ると、時間ギリギリ。間に合うかどうかは微妙だった。先程から足がだるいし、酷使し過ぎた肺はお願いだから休ませろと悲鳴を上げている。この位でへばる程ヤワなつもりじゃなかったが、寝起きで頭もろくに働いていないうちに飛び出した為、身体が疲れるのが早いのかもしれない―根拠も無いのに、ぼんやりと思う。

 

(あーもう!これじゃ間に合わねーぞ!)


 思わず舌打ちをする。いっその事諦めて歩いていこうか…いやいや、それはダメだ。

 おれは成績がいい方では無いので、せめて無遅刻無欠席は達成しないとマズイのだ。

 これまでは上手くやれていた。早い時間に寝て、朝はしっかりと起き、余裕を持って登校する事が出来ていた。だが…昨日は夜遅くまでゲームをしていた為、結果的に寝坊して、朝飯も食わずに飛び出して来たという訳だ。

 更に運が悪い事に、そういう時に限って自転車がぶっ壊れていた。ぶっ壊れたというよりはパンクして修理に出しただけだったのだが、まあ同じだ。修理に出す時に「これからしばらくの間歩いて通わなきゃなのか…めんどくせぇな」といった感じに思ったが…確かに、これはめんどくさい。自転車のありがたみってヤツを思い知らされる。

 とにかく急ぐしかない。間に合わなかったら仕方ない。先生に土下座でもしよう。

 そう開き直り、おれは走り続けた。

 そして―。


   *   *   *


「…で、先生にスライディング土下座をしたと」

「そゆこと」


 昼休み、幼馴染はおれの話を聞き終わると、呆れ顔でため息をついた。


「そんな、たった一回の遅刻でそこまでやらなくても…」

「でも生活態度って大事じゃんか」

「…ふうちゃんって意外と真面目だよね」

 

 死に物狂いで走ったが、結局間に合わなかった。

 おれが教室に入った時には朝のホームルームが始まっており、おれは走った勢いで先生にスライディング土下座を決めた。

 当然、教室は大爆笑に包まれ、他のクラスにも「遅刻してきたヤツがスライディング土下座を決めたらしい」として噂が広がってしまったのだ。

 で、別のクラスである幼馴染がそれを聞きつけ、昼休みが始まってすぐにおれの所へとやってきたというのが今の状況だ。


「ちーみたいに成績が良くねぇからさ、遅刻と欠席はしたくなかったんだよ」

「わたしも良いって訳じゃないけど…でも、一回の遅刻で大ダメージって事は無いんじゃないの?」


 もしそうなら、生徒の半分くらいがヤバい事になってると思うよ―幼馴染は真面目とも冗談ともつかない口調で言った。


「そうかなぁ…」

「そうだよ。まあ、もう遅刻したくないなら夜更かしは控えた方がいいと思うよー」


 おっしゃる通りだ。

 ため息をつくおれの横で、幼馴染は呑気に菓子パンを食べ始める。

 過ぎた事を悔やんでも仕方が無いかと思い、おれも弁当箱の蓋を開けた。



 それからしばらくの間、おれは「スライディング土下座」という不名誉なあだ名で呼ばれるはめになった。

 ちなみに遅刻をしたのはこれが最初で最後で、無事に卒業は出来たので良かった。

 まあ…とにかく遅刻には気を付けようって話だ。

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