#23:未→完成×コンテンツィォネテンタコラァレ×後先

 朝方の澄んだ空気が吹き過ぎる、紅葉黄葉しかけの冬枯れ間際にて鮮やかなる自然に囲まれたテニスコートから吹き上がりしは、場にそぐわないことこの上無いほどの、純度の高い「戦闘」の雰囲気であるわけであって。


 秒未満で来た「散弾」の裂波を軽くいなしたかのように見える姫宮さんは、僕の右隣でその艶めくおでこを振り向けて何やら微笑みを浮かべるけども。いや、君もエラいものを持ってるね……


 一辺が二センチくらいの「正三角形」。連なって僕らの目の前で「壁」のような「盾」のような「遮る面」を展開していたそれらは、しかし瞬間、風に舞い散る紙吹雪のように視界から吹き飛んでいく。


 薄い……そして軽い。僕の「ドォス」の「面」とは挙動が違う。そして根本的な運用方法も異なっているようだった。刹那、羽織っていたピンクのパーカーをその場の空中に残すほどの勢いでそこから「抜け出て」いた姫宮さんの、振り払うように横に薙がれたむき出しの細い右腕の挙動に呼応するかのように、


「……ッ!!」


 風に巻かれるように無秩序に散っていったと思われた「三角形群」が瞬時に中空で集まっていき、激流を駆ける小魚の群れが如く、確かな方向性を持って上空にて円運動をかまし始めたかと思った次の瞬間には、


「さっきのちゃちい弾数で『流星群』とは笑かしおるわぁぁぁああ……見せてやるぅえ!! モノホンのォォ!! これが『群星流ぐんせいりゅう』じゃいいいいィィッ!!」


 黒いヘアバンドに抑えられていたクリーム色の髪がうねりを見せると共に、鮮やかな「発色」を見せる。鮮やかな「橙色」。いつもだいたい僕と合わせる時は柔らかく潤んでいたように思えるその瞳は、いまや眼窩から零れ落ちそうな限界くらいまで見開かれており。瞳孔まで開き切っているのでは思わせるほどにそしてさらに中空のどこかあらぬ一点を凝視しているかの様相であり。ひと目尋常じゃない佇まい、と共にまたも言葉がどこの郷のものか分からなくなっていく……


「『喚起のアラゥズofメイズ』……姫宮クンは『単感情』が表に出る時、髪色もそれに準拠した色となる。分かりやすいっちゃ分かりやすいが、何というか今、それを自在に使いこなそうとしかけているってとこは、更なる驚異、って言えるねぇ。敵さんにはこの上ない『脅威』」


 いつの間にかコート外に避難していた村居さんからそのような評が。「単感情」……通常の人間ならば、おそらくは至ることの出来ない「境地」。それは何らかの脳内ブレーキがかかると思われる、から。それを意図的に現出させることが出来る? 表現は陳腐かつ古臭いが「火事場の馬鹿力」、そんな趣き……なのだろうか。壮年橙谷トウヤも言っていた「感情は力」。感情によって肉体や精神の眠った未知なる「能力」が目覚める? それまた陳腐な話だが、まあこの僕がどうこう言える話でもない。


 ともかく。


「!!」


 上着を脱ぎ捨て、その華奢で小さな体にぴたりとした濃緑のハイネックノースリーブと白いプリーツスカート姿になった姫宮さんの全身に、這うようにして巻き付いている「感情」の色はその今の髪色と同じく鮮やかな「橙色メイズ」。右腕を高々と掲げたその上空には高速で周回するあまりひとつの「リング」状となっているように見えるチタン色の「三角形群」、の直径は目測三メートルほど。そして彼我距離約十メートル、「新技」と銘打って放った渾身の散弾があっさり弾き防がれ真顔でフリーズしていたかの三ツ輪さんだったが、ふいにその長く細い両腕を両太腿の「巾着」から抜き出すと、反り返った姿勢によりいやでも目に付く双球を持ち上げるようにして腕組みの姿勢に移るのだが。無防備、ノーガード。今にも姫宮さんの反撃が狼煙されようとしている状況なのに。しかしその凛々しくも見える立ち姿を覆う感情には「諦観」などは一糸も含まれてはいないようであり。真っ白なサンバイザー下から覗く鳶色の瞳は力は抜けているものの真っ直ぐな光のようなものが宿っているようでもあり。


「【昂然パーキィ】、【熱狂マッド】、【緊張テンス】……「橙・赤・黄」の三種の『感情』を『縒り集め』ようとしているね……ポジティブの中にネガティブを一本混ぜ込むことで……強固な、ブレないものを生み出そうとしているかのようだ。例の具現化する『糸』だけじゃあない。それに引っ張られるようにして三ツ輪クンが自分の中で『具現』することがイメージ出来た『こいつ』の方が脅威、かもねぇ……橙谷のしくじり大誤算だなこれはぁ……」


 いつになく、傍らで同じように腕組みしてこの場を見据えていた村居さんの目つきが鋭い。気の抜けたような顔全体の雰囲気は変わらないものの饒舌さも相まってこれが「素」の感情というやつか。「素の賞賛」。果たして。


「おっかえしだぁぁぁああぁぁああッ!!」


 どこか、喜悦を孕んだかのような姫宮さんの高い声。振り下ろした右腕に呼応し、上空一点に固定されるように浮遊していた「輪」がついに放たれる。思ったより緩い速度。しかし残像が残像と認識できないほどにのっぺりとした「面」を晒してくる「輪」自体の回転速度は尋常じゃあないはず。そして対象の挙動を推し量っているかのような慎重かつ確実なる動きにも見える。


「……」


 とは言え着弾三メートルほどにまで迫っている中、対象たる三ツ輪さんに避けようとか防ごうとかの挙動は窺えない。ただただ、腕組みして思案しているかのような態勢を、崩そうとはしないままだ。迫る……「輪」。輪っか状には見えるが、その実、あの薄い三角形の群れ……鋭角が回転しながら迫るということを想像しただけで毛穴が浮いてしまうのだが。これはもう……ここまでにした方が……っ。


 姫宮さんを制そうとした、その刹那だった。


「さながら『魚群』ってことはぁ……やだ、これ正にの応対技……何か有頂天ってた小娘がかわいそうになるほどのぉ……」


 いつもながらの三ツ輪さんの空気の抜けたような声と共にその組んだ腕先から展開してきたのは、やはりと言えばやはりの「糸」、その「二連」……


 では無かった。


「……!!」


 まんじり感に痺れを切らしたかのように、姫宮さんが頭上から落としてきた「輪っか」。それを絡め取って受け止めようとしたのかと思った僕の予想はあっさりと外れ、思ったより太い「糸」だな……と思った時にはその二本の「糸束」は自らほぐれるようにしてほどけていき、


「……ッ!!」


 無数の細い「糸」の群れへと変貌を遂げていたのであって。さらに、


「魚には『投網』。これ基本よねぇぇん……」


 右手指を自らの顎にすっと当てての例のしな作りポーズ。まるで見たことは無いが大ぶりの毛玉が内側から何らかの力で破裂したかのような、中空に刹那散った赤・橙・黄の三色花火。に一瞬視線を取られていたら、その端々にはあのベアリングたちが縒り込まれているようであったわけで。それらの銀玉たちも意思を持っての拡散かと思わせるほどに勢いよく、三ツ輪さんと「輪」の間の空間をミリ秒単位で埋めていき、


「!!」


 正にの「網」状へと展開したその「糸」群は、およそ一センチ四方の「菱形」の目を連ねて。姫宮さんの回転する「三角形」群の勢いを殺し受け止め、絡ませ封じたのであって。さらには、


「『体心立方格子』……『糸』と『球』の相性ってのがここまで良好だとはぁ……あ、思んめぇ」


 調子に乗った時に出る、エセ江戸前口調も詮無しと思わせるほどに、それは見事なほどに、


 一度展開してからは、まるで一点に集束するかのように、内側に「三角形」全てを包み込むと、その「網」は一瞬で絞られていき、多数の「球」が整然と寄り集まった小ぶりな金属オブジェが如くに場違いにセンターサービスライン上にごとり転がったのであるが。


「……っらあッ!!」


 それより遥か数瞬前には、真っ赤に逆立てた髪をたなびかせながら自身の突進を開始していた姫宮さんの鋭い跳躍が向かって右側のネットポストを地中に捩じり込ませるほどの勢いで為されており、そこを起点に更なる加速突撃をかました先には未だアンニュイポーズの御仁がさりげなく立ち尽くしているばかりであったのだが。思い切り振りかぶったというよりは引き絞られたあの、強力な「赤の物理」こと瞬速の右ストレートが、その不自然にひん曲げられた唇に迫るものの、


「……!!」


 やはりと言っては何だけれど、その無尽蔵っぽい「糸」の束は三ツ輪さんの両肩甲骨辺りから既にまた爆発的に射出されて来ていて。中空の姫宮さんの体を、その見えないほどの速度で放たれていた右拳ごと右腕ごと、そして身体ごと巻き取って空中に正にの大の字で磔にしていたわけで。


 くっ……とその細い眉をしかめながら身体を捩る姫宮さんだったが、その身体そこかしこを絞る三色の「糸」は緩まずかと言って締め付け過ぎもせず、おそらくは三ツ輪さんの意思に因るところが多分にあると思われるほどに絶妙に執拗に、その肢体をどことなく艶めかしく彩るのであった……


「んんんん……良きピンチシチュエーションかな……グヘヘそしてこのおねいさんがチミに昨日セットされた『底面』がちゃんと然るべきところに今もくっついているかどうかを確かめてあげようかねぃ……」


 そして中身は壮年かと思いまごうほどの台詞じみた言葉と共に、三ツ輪さんがまたその指先から伸ばした緑色の「糸」がふよふよと、その眼前の中空に浮く、目に眩しい白のプリーツスカートの裾の前側部分を器用に摘まみ上げるかのようにすると、そのままじりじりと捲りあげていくのであるが。


 た、助けてぇフミヤくぅぅぅんっ、というこちらも台詞っぽさを孕んだ悲鳴のような嬌声のような言葉に、やや双方の阿吽のわざとらしさのようなものを感じつつも僕だけ蚊帳の外というわけにもいかない。


 とは言え、超絶に過ぎるふたりの攻防を見せられた後で、自分の「匣」がどの程度通用するのか不安ではあるのだが。いや、行くしかない。

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