【洗濯】のダンジョン無双

第1話 追放


ーーーノアの巨大迷宮 46階層


「ルーク、一回、死ぬか?」


 幼馴染であり、このパーティーのリーダー、カイル・アレンドロが何でもない事のように呟いた。


「……えっ?」


「だから、ここで死ぬか? って聞いたんだ」


 カイルのニヤニヤとした顔はとても愉快そうで、俺の一挙手一投足を伺っているかのようだ。


「……カ、カイル?」


 俺の声にカイルは茶色の瞳を薄め、またニヤ〜っと笑うだけで特に何かを言うわけではない。


「やっとかよ? カイル!! ハハッ」


 盾役のアランが横から声をあげる。俺はますます、意味がわからなくなり、ただパニックになる事しかできない。


「ア、アラン……何言ってんの……?」


「ガハハッ。だから、お前とはここでさよならって訳だ。ちょっとは頭使えよ! 大体わかんだろ?」


 アランは一度声を上げて笑ったが、すぐに無表情に戻り、真剣な表情で続けた。


「カイルがもうちょっと待て! って言うから、いままで置いてやってたんだ! お前みたいな無能がこのパーティーに居れるわけねぇだろ? 少しは自分の身の丈を考えやがれ!」


「なっ……えっ……?」


「カイルとアランの言う通りよ。なんで『洗濯』係の荷物持ちが、この『二刀流』パーティーにいるのよ? 本当に目障りだわ」


 アランは声を荒げ、益々パニックになる俺に、治癒士のアンが口を開いた。


「もうルークにいい顔しなくていいのかよ? カイル」


 このパーティーの魔導士ジャックが嬉しそうにカイルに問いかける。


「あぁ。コイツはここで捨てて行く。クククッ」



「お、おい……みんな、何を言ってるんだよ……?」


 俺は本当に何を言われているのか理解できなかった。


 今日のダンジョン攻略で3年かけて、やっと45階層まで制覇し、このパーティーがSランクへの昇格条件を満たしたばかりのはずだ。


 みんなで苦難を乗り越え、懸命に頑張って、やっとの思いでここまで来た。戦闘に向かないスキルを持つ俺は、みんなの足を引っ張らないようにできる事を必死で努力し、やっとここまで来たんだ。


(本当に何を言ってるんだ……? ここでさよなら? 置いていく……?)



「なぁ、今、どんな気分だ?」


 カイルは未だニヤニヤと不快になる笑みを浮かべたまま俺に問いかけるが、何も言葉が出てこない。


 グオオォウウ。


 遠くから魔物の叫び声が聞こえるが、カイル達は一切気にせず、みんなが俺に視線を向けている。


「カイル、何笑ってんだよ? そろそろこの無能を今まで置いてた理由を聞かせろよ?」


 ジャックが苛立ったようにカイルに話しかけた。


「ククッ。お前らルークの夢を知ってるか?」


「なんだよ? いきなり……」

「俺達が知ってるわけねぇだろ」

「そんな事興味ないわ」


 3人はため息混じりにカイルの問いに答えると、カイルはプルプルと震えだし、堪えきれず大笑いし始めた。


「ハハハハッ! コイツの夢は、50階層主に殺された両親と同じ、『Sランク冒険者』になる事と、このダンジョンに眠っている『夢の果て』を手に入れる事だぜ!?」


「「「ぷっ、ハハハハッ!!!!」」」


「ソイツは傑作だぜ!」

「ハハッ! 何勘違いしてやがるんだ!」

「フフフッ。せ、『洗濯』係が……。『夢の果て』を……? こ、これは最高だわ!」


 4人の笑い声を聞きながら、俺は辺境の村でのカイルの言葉を思い返していた。



ーーー


「ルーク、お前の夢、俺が一緒に叶えてやるよ!」


 あの小さな村で、両親の「死」に心が折れそうになった時にカイルに言われた言葉だ。


 この世界では、7歳の誕生日に神からの恩恵スキルが与えられるが、俺が与えられたのは、『洗濯』という、明らかに戦闘に向かないスキルだった。


 幼い頃からの夢……。10歳の頃にダンジョンで命を落とした両親の同じ「Sランク冒険者」という夢。『夢の果て』と呼ばれるダンジョンの最下層にある秘宝を手にする事。


 俺は絶望の中でカイルの言葉に救われた。


 『二刀流』のスキルを与えられたカイルは神童と呼ばれ、メキメキと力をつけていたし、その言葉を信じてついて来た。


 15歳の成人を機に、辺境の村から『ノアの巨大迷宮』がある冒険者の街『ノア』にやって来て、カイルがリーダーを務めるパーティーを2人で作ったのだ。


 俺はカイルの足を引っ張らないように、自分に出来る事は何でもした。本当に何でもしたんだ……。


 衣類や装備の『洗濯』はもちろん、荷物持ちやダンジョンのマップの制作、魔力があれば誰にでもできるような簡易魔法の習得や、役に立つのかもわからない格闘術……自分にできる努力は全てやってきた。


 そのうち、今のメンバーが加入し、様々な雑用を押し付けられても我慢し、奴隷のような扱いも、歯を食いしばりこなして来た。



 全ては夢を叶えるため。「Sランク冒険者」になるために……。「夢の果て」を手に入れるために……。


―――


 ジャックの言う「いい顔」なんて向けられた事はない。あれで俺を気遣っていたというのなら、ただの悪党でしかない……。


 4人の笑い声は収まる気配がなく、俺は呆然としながらそれを眺めていた。


「なるほどな! この瞬間を待ってたのか!」

「これは最高だぜ! 見てみろよ? この顔!!」

「無能もここまで来れば才能よね? ふふふっ」



 両親の死に絶望していた俺にとって、


「俺が夢を叶えてやる」


 と言うカイルの言葉は生きる希望でもあったのだ。


「カ、カイル、どう言う事だよ……?」


 俺の戸惑った声にカイルはまた大笑いして口を開いた。


「何で俺がお前の夢を叶えてやらなくちゃいけねぇんだよ!? 死にそうな顔してるお前が、もっと死にそうな顔してるのが見たかっただけだ! 両親のおかげのくせに、昔からチヤホヤされてるお前がずっと嫌いだったんだよ!!」


「なんだよ……それ……」


「この3年……。クソスキルの無能なお前が、俺のパーティーに居る事で、まだチヤホヤされてるのを、耐えて耐えて耐えて耐えて、この時をずっーーと、待ち望んでたぜ! ククッ。まぁ、その顔が見れたから、全部チャラだ!! 最高だぜ! ルーク!! ハハハハッ」


「カイル、やりすぎだろ? ハハハハッ」

「どうせもう死ぬんだから一緒だろ!? ハハッ」

「こうなるまで気づかないなんて、やっぱり最高に無能ね!! フフフ」


 自分の幼い頃からの夢が、今日やっと叶う所だったんだ。どんな事にも耐えて、あとはギルドに帰り、報告するだけで夢が叶うはずだったんだ……。


(なんでこんな事に……。ふざけやがって……)


 あまりに衝撃的で「これは悪い夢なんじゃないか?」と思ったが、カイル達の気味の悪い笑みと、手のひらに食い込む爪の痛みが、これは現実だと知らせている。


 俺はカイルを睨みつけるが、カイルはまたニヤ〜と笑い口を開いた。


「コイツらもお前の事、大っ嫌いだって知ってたか?」


「カイルが『どうしても』って言うから仕方なく仲良くしてやってたんだよ!」

「お前みたいな無能で、『頑張ってます!』みたいなやつが俺は大っ嫌いだ!!」

「私もよ。あなたの顔だけは嫌いじゃないけど、無駄な足掻きをしている男って、だぁーい嫌い。死ねばいいと思う」


 薄暗いダンジョンの中、俺は言葉を失った。ここは46階層。ここまで来れるパーティーは限られている。遠くで聞こえる魔物の声はどう考えても強者だ。



「なぁ、ルーク……。いま、どんな気分だ?」


「ふ、ふざけんなぁーーー!!」


 俺はカイルに飛びかかると、アランが横から大盾で俺を吹き飛ばし、ジャックがすかさず拘束魔法で俺を縛り上げる。


 冷静さを欠けば、格闘術なんて何の意味もない……。


 カイルは背中から2本の剣を取り出し、ゆっくりと俺に向かって歩いてくる。身動きの取れない俺は4人のニヤニヤとした気持ちの悪い笑みに、怒りに震える身体を抑えることができずにいる。


「おい、見てみろ! プルプル震えてやがるぜ! 楽しませてくれるな!」


 近くまで来たカイルはそう言って、俺の足に剣を突き立てる。


 グザッ!!


 ダンジョンに肉の裂ける音が響く。


「くっ……」


「ルーク、俺が怖いか……?」


「……怖くない……」


 俺がそう呟くと、カイルはまた俺の足に剣を突き立てる。


「ぐっ……」


 俺は声が漏れないように必死で歯を食いしばる。


「……怖いか?」


「……こわく、なぃ……」


 カイルの笑みに背中がゾクッと反応する。心の中でいくら屈服しない! と思っていても身体は正直だ。


 カイルは右腕を振りかぶり、首に目掛けて剣を振るう。


(殺される……!!)


 心の中で「生」を諦めるが、剣は寸前の所で止められた。


「…………」


「クククッ」


 何も言わない俺にカイルは笑いながら、剣の腹で俺の顔をペチペチと叩いて顔を寄せ、耳元で囁くように呟いた。


「もうここから逃げらんねぇな……。もう二度と顔見せるんじゃねぇぞ……? あの村であんなに持て囃されてたお前の両親でも15年かかったSランク……俺は3年で到達したぞ?」


 カイルの言葉には『俺』しかない……。『俺達』と言う言葉が一切ない。ずっと前から気づいていた事なのに、今やっとその言葉が身に染みる……。


 顔に張り付いた自分の血の匂いとカイルの嬉しそうな表情に吐き気がする。


「俺は誰も成し遂げられなかった『ノアの大迷宮』を制覇するんだ……。『夢の果て』は俺のもんなんだ!! お前みたいなクソザコが、気安く口にするんじゃねぇ!! 俺はお前やお前のザコ両親とは見てる景色が違うんだよ!!」


 カイルはそう大声で叫び、


「俺達なら行けるぜ!!」

「当たり前だろ!! 『夢の果て』は俺らのもんさ!」

「私達はSSSランク冒険者になるのよ!!」


 と3人が続いた。4人は笑いながら拘束された俺から全ての荷物を剥ぎ取って、


「ククッ。じゃあな。ルーク……」

「ハハッ! ご愁傷様!!」

「ばいばぁーい!!」

「ふふっ。さようなら」


 と言って去っていく。



(どこで何を間違ったんだろう……。俺はこれからどうすればいいんだろう……)


 俺は心の中でそう呟きながら、心が折れそうになるのを感じた。どんな時でも前向きに努力してきた自負を叩き割られ、尊敬する両親までバカにされた。


 俺は自分に流れる悔し涙にすら苛立ち、自分の無力さを呪いながら、ダンジョン内に足跡を響かせて、去っていく4人を見送った。



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