第8話 「本当に、どこまでも身勝手で仕方がない人ですね」
「アンナマリー、今日も見てくれているか?」
いつものように律儀に声を掛けてくれる「王子様」ことVTuberのレオンハルト・フォン・イシュヴァンタイン。
だけど今日の配信はいつもと違い、声に元気がない。
レオンハルト様はもともと淡々と話す癖があるから誰も気づいていないのかもしれないが、長年護衛をしていた私にはわかる。
声の調子や間で、なんとなく感じ取ってしまう。
「配信は、今日で最後にしようと思うんだ」
チャット欄にはレオンハルト様の発言に動揺した視聴者たちの言葉が濁流のように流れる。
(え……、今、何て言ったの?)
あまりにも急な事で頭がついて行けず、ただただ茫然とチャット欄を眺めるばかり。
昨日会った時には何もおかしな様子はなかった。配信している時も全く変わったところは無かったのに急に止めるだなんて、一体何があったのだろうか。
「改めて考えたのだ。私はずっとアンナマリーを縛り続けてきて、それがどんなに窮屈であるのかわかっていたのに、其方が目の前から居なくなるのが怖くて止められなかったんだ」
画面に映る偶像は微笑みを浮かべて語る。
ああ、本当にレオンハルト様によく似ているキャラクターだ。
どんなに辛くても、どんなに憤っていても笑顔で感情を隠しているのがそっくり。
本当は何を思っているのか言ってくれたらいいし、感情をぶつけてくれたらいいのに、と歯がゆい思いで彼を見ていた。
(どうして?)
勝手に私を護衛にして、私の婚約者たちを蹴散らして、あちこちの任務に連れまわっては手を焼かせて――。
平然とした顔で散々振り回してきたのに、どうして今更謝罪なんてしているのだろうか。
ずっと隠していた本心を、別れの挨拶代わりに口にするなんて卑怯だ。
「そんなことをされたら、レオンハルト様のことが心配で仕方がなくなってしまうじゃないですか……!」
腹黒で厄介な性格で、碌でも無いひとだけど、関わりたくないって思うけれど、――でも、大っ嫌いではない。
どうしてか、レオンハルト様が居なくなると思うと胸の中にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚がしてしまう。
「本当に、どこまでも身勝手で仕方がない人ですね」
レオンハルト様を探し出そう。
直接会って、彼の気持ちを聞かなければ気が済まない。
立ち上がってコートを羽織り、ショルダーバッグを掴んで家を出る。
外はすっかり静まり返っていて、冴え冴えとした冬の夜風が頬を撫でる。
さて、レオンハルト様に会おうと意気込んだものの、レオンハルト様が今どこにいるのかわからない。
家にいるのだろうけど、その家がどこにあるのかわからないのだ。
「筧さん、夜分にすみません」
迷った挙句、筧さんに電話をかけた。
筧さんもさっきの動画を見ていただろうから状況を知っているし、もしかするとレオンハルト様の家を知っているかもしれないと予想したのだ。
「喜志! ちょうど電話しようと思っていたところだよ。王子サマの配信見たか?」
「ええ、見ていました。配信を止めるって言い出して、驚いて家を飛び出したところです」
「おいおい、どこから突っ込んだらいいんだ。家を飛び出してどこに行こうとしているんだよ?」
「……レオンハルト様のところに、です」
電話口の向こうで筧さんが口笛を吹いたのが聞こえ、頬がかあっと熱くなる。
明日は朝から存分に揶揄われるだろう、と覚悟した。
「青春っていいなぁ、おじさん感激しちゃう。で、王子サマの家を知っているのか?」
「……し、知らないです……」
私は今世のレオンハルト様のことを全く知らない。
いつもレオンハルト様の方から現れて、私に合わせてくれていたから……。
(散々振り回してきた王子様なのに……)
前世の記憶が頭の中を過る。
体調が悪い日に任務に就いていると必ず、「一緒に茶を飲め」と命令をして座らせてくれたこと。
寒い日の遠征では魔法をかけて温めてくれたこと。
そして、神官たちの魔法に巻き込まれた私を探しに来てくれたこと――。
そのさりげない気遣いが今に始まった事ではないのだと、こんな時に気付かされてしまった。
なんて情けないのだろう。
私はいつまでも子どものままで、自由を奪ったレオンハルト様を恨んで意地を張り、彼の優しさに目を向けないでいた。
その後悔が今になって押し寄せる。
「ええと、森田さんに聞いてみます」
「その必要はない。もうすぐ森田さんがお前を迎えに来るよ」
「へ?」
どういうことだ、と頭を捻っていると、真っ暗な夜道を光の筋が照らす。
トマトみたいに真っ赤な軽自動車が一台、こちらに向かって走って来て、目の前で停まった。
呆気にとられていると、窓が開いて森田さんが顔を覗かせる。
助手席には旦那さんも座っていた。
「森田さん! どうしてここに?!」
「レオくんが配信を止めるって言うから、喜志さんと何かあったんじゃないかと思って駆けつけたんだよ」
そう言って、森田さんは親指を立てて後ろの席を指す。
「早く乗りな。今からレオくんのところに行くよ!」
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