第5話 「思い出を捏造しないでくださいませ」
「アンナマリー、元気にしていたか?」
「え、ええ。レオンハルト様に再会するまでは元気でした」
繋いだ手をそっと離そうとすれば、レオンハルト様がさりげなく指を絡めてくる。
またもや逃げ道を塞がれてしまった。
「ははは、相変わらず面白いことを言うね」
「あ、あははっ……あは」
怖い。声を上げて笑っているのときのレオンハルト様は良からぬことを考えているから一番怖い。
おまけに、「面白い」と言っている時は絶対に面白いだなんて思っていない。
不穏な空気に耐え切れなくなり、ひたすらこれまでのこと話して乗り切ることにした。
この世界の故郷ことや学生時代のことを話すと、レオンハルト様は目を輝かせて興味深そうに聞いてくれた。
映画館に着いて初めて、今から何の映画を見るのか聞いていなかったのを思い出す。
尋ねてみると、レオンハルト様の口からはアニメ映画の名前が出てきた。
それは私が気になっていた作品で、見ようと思っていたのに繁忙期のせいで土日は寝ていて見られていなかったものだ。
(レオンハルト様が私の好みを知っているはずがないし……、筧さんが教えてくれたのかな?)
普段の私なら絶対に予約しないであろうふかふかで豪華なシートに案内されて映画を堪能した。
「見ごたえのある作品だったね。最後は手に汗を握ったよ」
「レオンハルト様がアニメ作品を見るのが意外でした」
「アンナマリーが好きな物なら何にだって興味がある」
「そ、そうですか……」
なんとまあ、百点満点なイケメンの回答なのだろう。
息をするようにスラスラと社交辞令やお世辞が出てくるのは相変わらずだ。
映画館を出たの後、レオンハルト様の提案で夕食を摂ることになった。
提案というよりも、「予約しているから」と言いくるめられて半ば強引に連れて行かれた。
ドラマに出てきそうな、夜景が美しい絵に描いたような高級レストランの窓際の席に座らされている。
(ど、どうしよう。連れて来られたけど、すごく高そうな店だ)
恐ろしいことに、メニュー表のどこを探してもお値段が書かれていない。
ビクビクとしながら注文するのを、レオンハルト様はとても愉快そうに見つめてきた。
「昔を思い出すね。視察でシュベール王国に行った時にこうして二人で夕餐を摂ったのを覚えているか? あの時は素敵な夜を過ごしたね?」
「思い出を捏造しないでくださいませ」
あの時、私のほかにも騎士が居たのだが、レオンハルト様が他の騎士たちのグラスにだけ酒精の強い酒を入れて潰し、別室に押し込んだのだ。
おかげで護衛が実質私一人になってしまって緊張した夜を過ごしたのを忘れないでほしい。
夕食を終えて、私たちは近くにある夜景スポットを訪れる。
「ところで、今はマサキの部下なんだってね?」
「マサキ……ああ、筧さんのことですね。そうです、筧さんにはよくしてもらっています」
誰かさんとは違って、と愚痴を溢したくなるのを我慢する。
ひとの結婚を邪魔し、休日返上で護衛させていたあなたと違って筧さんは良心的な上司なのですよ、と言ってやりたい。
するとなぜか、ひやりとした冷気がレオンハルト様のいる方から漂って来て頬を撫でてくる。
「……妬けるね。アンナマリーは私の部下なのに」
「いっ、今の私は喜志杏奈ですから、あなたの部下ではありません!」
もう騎士ではないのだ。
あの頃のような剣さばきなんてできないし、もちろん魔法を使うこともできない。
レオンハルト様を護衛する力を持ち合わせていない、しがない会社員だ。
(だけどその代わりに、あの頃とは違って自由があるし、自分を大切にすることができる)
前世の私はただの剣だった。人間ではなかった。レオンハルト様の物だったのだ。
だからだろうか、レオンハルト様が私の名を呼ぶ度に、私を見る度に、自由を求めて逃げ出したくなる。
「……ああ、そうだな。君は杏奈で、騎士ではない」
レオンハルト様が、私の手を取り持ち上げる。
「だから今度は私が、君を守る番だよ。この時をずっと待っていたんだ」
そのまま甲に口付ける。さながら主に忠誠を誓う騎士のごとく、神聖な儀式のように触れさせた。
◇
「アンナマリー、今日も見てくれているか?」
いつもより弾んでいるような声。
(一緒に出掛けたのが嬉しかったから……?)
そんな風に考えている自分に驚いて、照れ隠しで布団の中に頭を突っ込んで頭を冷やす。
今夜のレオンハルト様は剣と魔法の世界が舞台のRPGゲームの続きをするらしい。
お祭りのイベントが始まり、ゲーム画面いっぱいに空に浮かぶランタンの幻想的な景色が映し出される。
「イシュヴァンタインにも年に一度、このような祭りがある。人々は魔法で花に光を宿して空に浮かばせる、それはそれは美しい祭りだ」
祭りの夜、願いを込めた花を空に浮かべて女神様に贈れば叶えてくれるという言い伝えがあるのだ。
「……ええ、綺麗な祭りでしたね」
正装姿で夜空を見上げていたレオンハルト様を思い出す。
そして、彼はいつも言っていた。
女神様は何年経っても、私の願いを叶えてくれない、と。
それがどんな願いなのか、尋ねても教えてもらえなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます