第4話 「ぎゃぁぁぁ! 来たぁぁぁ!」
「喜志さん、今夜空いている?」
森田さんがにこやかな表情で誘ってくるものだから、周りにいる同僚たちが騒めく。
お局で鬼の総務課長で有名な森田さんの貴重な笑顔に、天変地異の前触れを予感しているようだ。
「いえ、空いていません」
「二時間くらい空いていない? レオくんが気になっている映画に付き添ってほしいのよ。私も主人も孫の世話をすることになってるから一緒に行ってあげられなくてね」
「すでに予定で一杯なので無理です」
「……そう、わかったわ」
少し前までは怖いお局さんだと思っていた森田さんが、最近は厄介な仲人になっている。
夕食に招かれたり、外出に誘ってきたり……、それがレオンハルト様と引き合わせるためなのが分かっているから全て断っている。
「レオくんがね、こうなることを見越して夕方の上映のチケットを予約しているのよ」
「?!」
やられた!と思った時には既に時遅し。
森田さんはさらに笑みを深めて筧さんのデスクに歩み寄る。
「筧くん! 喜志さんは今日おデェトだからフレックスで早めに退社させなさい! レオくんがここまで迎えに来てくれるから!」
「ウーッス」
「ちょ、ちょっと! 勝手に了承しないでくださいよ!」
「まあまあ、若者なんだから仕事ばかりしていないでたまには息抜きして来いよ。来週の商談資料もいい感じでできているし、今日は早く帰りたまえ」
「かーけーひーさ-ん!」
泣きついても筧さんは助けてくれず、「イケメンとのおデェト、楽しんで来いよ」と言ってサムズアップしてくるだけだった。
森田さんも筧さんも完全にレオンハルト様側の人間になっている。
そうとなれば頼れるのは己のみ……。
(大人しくフレックスで早めに退社すると見せかけて逃げよう)
レオンハルト様が到着するまでに逃げればいいだけだ。
そう決意した私は約束の時間が近づくのを見計らい、帰る準備をする。
「お疲れさまでした! イケメンとおデェト行ってきますので!」
「おー、行ってらー」
一先ず第一関門をクリア。
続いて総務部の前を通り過ぎる時に森田さんに「お疲れ様です。今から行ってきますね!」と声を掛ける。
「ふふふ、いいわねぇ。私、一度でもいいからこうやって若者たちの恋を応援したかったのよ」
私としては碌でも無い王子様との仲を取り持たれるのは御免こうむりたいが、ここは円滑に逃げる為に曖昧に微笑んでおく。
第二関門もクリアだ。あとはエレベーターホールやビル周辺で出会わないよう気を付けなければならない。
意気込んで一歩を踏み出したその時、森田さんにポンッと肩を叩かれる。
「レオくんがね、外は寒いから部屋で待っているよう言っていたわ。本当に紳士的でいい子ね。だから喜志さんは応接室で待っていてちょうだい、ね?」
どうやらレオンハルト様は私の考えなんて全てお見通しのようだ。
冷たい手で心臓を撫でられたような、ひやりとした感覚に震える。
そのまま森田さんに応接室に連行されてしまい、閉じ込められた。
「やばい……来る……、レオンハルト様が来る……」
騎士だった頃の名残だろうか、このオフィスの中にレオンハルト様が入り込んだ気配がする。
心臓がドクドクと脈を打つ音が耳に届く。
その中に、カツン、カツン、と靴音が混じり始めた。
ホラーゲームならBGMが変わっているような危機的状況。
応接室のドアに嵌め込まれたすりガラスを見れば、レオンハルト様らしい長身で細身のシルエットが見える。
ドアノブがガチャリと音を立たてて扉が開けば、上品な紺色のポロコートに身を包んだレオンハルト様が笑顔で入ってきた。
彼の後ろには、ここまで案内していたのだろう、森田さんの姿もある。
「お待たせ、いい子にして待っていてくれたようだな」
「ぎゃぁぁぁ! 来たぁぁぁ!」
「ははは、アンナマリーは相変わらず元気いっぱいだね。喜んでくれて嬉しいよ」
待っていない。監禁されていただけだ。
それなのに腹黒大魔神のレオンハルト様は勝手にいいように解釈をしている。
「それでは、デートに行こう」
おまけに、恭しく片手を差し出してエスコートを申し出てくる。
後ずさって距離をとろうとすると、森田さんにむんずと手を掴まれて無理やりレオンハルト様の手を握らされた。
恐怖のデートが今、始まろうとしている。
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