上司ガチャ

ずもきち

第1話 リセマラ

「西島君ちょっと来て!」

 荒井課長に呼ばれた西島は仕事の手を止め、会議室に向かった。


「西島君、なんで今月こんなに残業が多いの!?」

 荒井課長は手元に印刷した出勤簿のデータを見ながら問いかけてくる。

「今月はI市のプロジェクト対応があり、顧客の納期を守るために対応が必要でした。」

 荒井は西島の返答が気に入らなかったようで、すぐに言い返した。

「だとしても、180時間を超える残業はありえない。もっと計画的に仕事してよ!」


 I市のプロジェクトが始まったのは3ヶ月前だった。西島春にしじまはるは中堅IT企業「GSS(Global System Service)」の群馬支社に勤めるシステムエンジニアであり、I市のプロジェクトに急遽参加したのだ。

 

 春の勤める群馬支社には営業グループとエンジニアグループがあり、春は32歳でエンジニアグループのリーダーである。

 I市のプロジェクトは営業チームの若手「谷」とベテランの「本田」が見積作成し、支社長の「野原」と荒井が承認して獲得したプロジェクトだ。

 強引な営業スタイルの谷と、エンジニアをクビになって営業になった本田が作った見積は根拠が非常に甘く、競合他社の見積の半分程度の金額で、他社を圧倒して獲得をしたものだった。

 他社の営業からは「GSSの谷さんには勝てない。。。」と言われたが、なんのことはない単に社内エンジニアの費用が極端に安く設定されていただけだった。

 ただ、元々エンジニアグループで積算した見積ではなく、営業成績を上げたい谷が本田に相談し、元エンジニアの本田が「自分で対応するから問題無い」と宣言していたプロジェクトだったので、本来春には関係のないプロジェクトだった。

 しかし、顧客納期の1ヶ月前になってもまったく納品されたサーバーの箱が開けられず、システム構築が進んでいないことは明らかだった。


(「自分」の仕事じゃなくて、「会社」の仕事か。。。)

 元来生真面目な性格の春はエンジニアグループのリーダーとしての責任も感じており、痺れを切らして谷と本田、そして荒井課長を呼び出した。


「I市のプロジェクト納期まであと1ヶ月ですけど、まだサーバーの箱も開いてませんよ! スケジュール大丈夫なんですか?」春は率直に言った。


「どうなの、本田さん?」他人事のように荒井は言った。

「まだ何も手がついてませんよ。というかあの物量考えたら、エンジニアグループの力が無いと無理ですね。そもそも私はLinux分かりませんし。」

 春は言葉を失った。今回のシステムはLinuxとWindowsのサーバーがあるが、重要なのはLinuxだ。しかも納期まで1ヶ月の段階で手がついてないだけでもまずいのにこの段階でまだシステム導入体制が固まってないのだ。もちろんエンジニアグループはこの話を聞いていない。というか出来ないなら何故自分で対応すると宣言したのか。

 本田は悪い人間では無いが見込みが甘すぎるところがあるのだ。


「谷君スケジュールどうなの?」春は営業の谷に話を振った。元々は谷が本田のスキルや性格を分かった上で無理やり獲得したプロジェクトなのだ。


「本田さんが何もしてないので、俺が顧客とスケジュール調整してますよ。システムの切り替え日は来月の14日で確定してます。」

 谷の言い方も癇に障ったが、それより驚いたのは切り替え日まであと1ヶ月と思っていたが、実際にはあと3週間しかないことだ。


「この物量普通に考えてシステム構築に2ヶ月から3ヶ月はかかりますよ!今ほぼ何も手がついてない状態でどうやって間に合わすんですか!」

 春は計画の甘さも考え怒気を含めて言ったが、谷から予想外の返答があった。

「荒井課長プロジェクト承認してますよね?本田さんもこう言ってるんですし、当然エンジニアグループでやってくれんですよね?」

「えっ!?」

 荒井は驚きの声をあげただけで、言葉が出ない。

 すると、谷が言葉を続けた。

「野原支社長に相談してもいいですけど、きっと荒井課長が承認した話になると思うんですよね。」


(嫌な流れだ)

 春は思った。荒井は典型的な中間管理職であり、どんな事情だろうが野原の名前が出ると弱い。

 そして営業グループが作った無茶な話をエンジニアグループでフォローするのはいつもの流れなのである。

「西島君対応出来る?」

 荒井の反応は予想通りだった。


 ……そんな話があり、春は日々の残業や休日出勤を通してI市プロジェクトを納期に間に合わせたのだ。

 しかし残業が多くなり今荒井に責められている。

「荒井課長。確かに残業が多かったのは申し訳ありませんが、ご存知の通り、元々予定に無いプロジェクトを短期間で完遂する必要があったと思います。そもそも谷君や本田さん、そして荒井課長がせめてもっと早く相談してくれればこんなことにはならなかったと思いませんか?」

 春は正直に思ったことを言ってしまうところがある。

「確かにそうだけど、残業の時間が多いのは事実だよね。」

 そして荒井はこれも典型的な中間管理者にありがちな話で、数字でしか人の評価をしない。過去の経緯や個人のスキルなど関係ないのだ。

「元々西島君の残業は多いけど、今回の残業時間は本部にもあがってるよ。さすがに本部からも注意が来てるし気をつけてね。」

 事情が分からない本部からしたら、春が問題児に見えるのは当たり前であり、理不尽でしかない話だがこれもいつもの事だと思って諦めていた。

「分かりました。気をつけます。」

 そう言って春が席を立とうとすると、荒井が一言付け加えた。


「あ、それで今回の件があるから今期の成績評価はCになると思うから」



 ----「マジでありえん。」

 その夜後輩の山崎を連れて居酒屋に行った春は今日の荒井との話を思い出しながら思いっきり文句を言っていた。

「まー確かに西島さんが最低評価のCってのはおかしいですよね。でも、荒井課長ならそんなことしそうですよね。」

 荒井は悪い人間では無い。しかし人を評価したり、物事を判断する能力には難がある…というのが一般社員の評価だ。


「ホントそう。あのプロジェクトどれだけ大変だったか。」

「他の地区のエンジニアグループも短期間でプロジェクト完遂させた西島さんのことかなり驚いてましたもんね。」

 他地区で春の評価は元々高い、そして今回の対応が更に評価をあげてるのだが、どうにも荒井には届いてないのだ。


「結局サラリーマンである以上は直接の上司に出世も評価も大部分握られてるんだよなー。」

「そうですね。だから上司は更に自分の上司を見て仕事するから、どんどん上しか見ない組織になるんですよね。」

「そう考えるとサラリーマンの出世なんて運による部分がほとんどなんだろうな。」

「そうですね。僕ら若手の間では『配属先ガチャ』なんて呼んでます。」

「配属先ガチャ? スマホのゲームとかのガチャから来てるの?」

「そうです、そうです。僕ら若手は配属時に配属場所、先輩、上司…というのを含めたガチャを引いたようなもので、Sランクを引いたやつは仕事が評価されやすい首都圏に配属され、優しい先輩、将来性がありきちんと評価もしてくれる上司って感じで、配属時点のである程度将来の難易度が変わるなーって話してるんです。」

「なるほどね。それは面白い発想……というか1つの真理かもな。」

 それはサラリーマンにおける真理であろう。世の中のサラリーマンが本来の実力だけで出世競争をするとおそらく大きく経営陣の顔ぶれは変わることになるだろう。

「だからガチャで悪い所属を引いたと思ってる奴らは良い所属出るまでリセマラしたい!!って叫んでるんです。」

 リセマラとはリセットマラソンの略で主にスマホゲームなどで、初期に配られるカードやキャラクターについて、良いものが出るまで何度もアプリのインストール、削除を繰り返すことを指す。


「なるほどね。」

 笑みを浮かべながら西島は続ける。

「で、お前は何ランクのカード引いたの?」

「えっ、群馬支社は同期からは断然のCランクと言われますが、僕は先輩のお陰でAと思ってますよ!」

 山崎も笑みを浮かべて答える。

「じゃあリセマラはしないんだな?」

 春が意地悪く聞くと山崎は

「いや、リセマラ出来るならしたいです。。。」と苦笑いして答えた。



 --自宅に帰り風呂に入った後、春は布団に入りながら今日の山崎との会話を思い出していた。

(配属先ガチャとは上手く言ったもんだな。出世はともかく楽しく仕事をする上では上司の存在は大きいよな。荒井課長も悪い人ではないけど、違う上司の元で仕事してみたいな。)


 ピロン♪

 そんな時スマホが鳴った。山崎から今日のお礼のLINEかと思ったら見かけないアドレスからのメールだった。今は大分少なくなったがたまに来る迷惑メールかと思ったらタイトルが気になった。

「『上司ガチャ!?』さては山崎だな。あいつボケにしては手が込んでるな。」

 そんな思いでURLをクリックすると、画面上には昔ながらのガチャガチャをアニメ化した画像が表示され、「クリックしてください」の文字がゆっくり点滅している。

「あいつ凄いなー。」そう呟きながら画面をクリックすると昔ながらのガチャガチャのハンドルが回転し、カプセルが出てきた。カプセルをクリックすると画面にはムキムキの男性キャラクターが描かれたカードが表示され、カードの下には「超体育会系上司 ランクC」と記載されていた。


「あはは。あいつ面白いというかホント凄いな。」そんな感想を呟き、スマホの画面を消すと春はお酒の力も手伝いぐっすりと眠りについたのだった。

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