第9話 「決死の一撃」

猛々しい雄叫びをあげた熊型モンスターのブラッディングベアは今までにない緊張感を放ち、画面には警戒度:赤という表示がされ、他のモンスターといかに位が違うかを物語っている。こちらを赤い眼光で睨みつけ、牙を向いて唸っていることから穏便にはいかないだろう。こちらも戦闘体勢をとり腰を落とす

それを見たブラッディングベアも手を振り上げていつでも攻撃できる構えを取る。


どちらが先に動くか張り詰めた空気の中、洞窟内に風が吹く

それを合図に振り上げた手を一気に振り降ろされるが、髪一本のところで体を捻り躱す

攻撃の余波が地面を抉りクレーターができる

気にせず助走つけ加速し、地面を蹴り跳躍

弧を描くように空中を舞い、右脚を突き出して左目に蹴りを浴びせる。


落下の衝撃を抑えるため受身を取り、後ろに下がり距離をはかる。

左目を潰されたブラッディングベアは憤怒の形相を浮かべ息が荒くなる。


はち切れんばかりの血管が浮き上がり、体毛の内側から筋肉が盛り上がる。

興奮により体の色が真っ赤な赤色に変色したブラッディングベアは大きく口を開けた


「グルルァァァァァァァァァ!!!!!」


そこから発せられた咆哮は音が重なり、洞窟の岩を粉々に砕いた。声を聴いた影響で頭に激痛が走り倒れそうになる。

なおも怒りに震えている熊は大きな爪で空を斬り裂いた。咄嗟に危機感を感じて避けると爪から出た衝撃波が岩に深い傷跡を残す


息を整える暇もなく連続で衝撃波を飛ばしてくる。一回目をステップで躱し、二回をジャンプで跳んで避けるが三回目を躱しきれずに爪痕がお腹にヒットする


「っ…!!」


殴られたような痛みと、刃物で斬られたような痛みに声が漏れる。これほどの痛みは現実でも味わったことがなかった。

バイタリティが急速に減少し三割しか残っておらず危険を表す赤色になっている。


ブラッディングベアは次の攻撃の準備をしている。攻撃が来る前にプロパティから砂を取り出し地面に叩きつける。飛散した砂が煙幕となり一時的に身を隠す


その隙を着いて近くの大岩にダッシュして身を隠した。急に走ったせいで出血が激しくなる。必死に声を抑えてプロパティを開く

街で買っておいた包帯を使って止血する

バイタリティの減りが緩やかになり、二割のところでストップした。


回復薬を使いバイタリティを満タンにする

しかし斬られた傷跡は塞がらず激痛が走る

だけど、どんなに痛くても戦う。だって私は絶対に弟を助けなければいけないのだか

壁から顔を覗かせて敵の位置を確認する

まだここにいることには気付いていないみたいで周囲を見渡している。


次に一撃でも攻撃を受ければ間違いなく死んでしまうだろう、チャンスは一度切り。右目を潰して、逃げる。切り抜ける術はそれしかない。最高速度で攻撃を当てる


プロパティから小石を取り出して高めに投石する。落下するまでの間に脚に力を入れる

投げた石はどんどん落ちていき、重力の勢いを乗せて地面に落下する。


物音に誘われブラッディングベアが走り出す。と同時に力を込めた脚で地面を蹴り石を投げた反対側から駆け出す。地面を蹴った音で陽動に気付かれる

左目を潰されて、タダでは帰してくれないだろう。


二足歩行をやめて四足歩行の姿勢をとっている恐らくあれが本来の姿なのだろう

こちらもさらに加速し距離を詰める

ブラッディングベアは体重を前にし、大きく飛びかかって来る。ぶつかれば一溜りもないはずだ。攻撃を当てる場所は一つはだけ

右目を潰して、見つからないうちに逃げる


決心し体からは無駄な力が抜けて走ることに専念する。高速から音速になり、音速から光速に変わる。しかし負けずとブラッディングベアも加速してくる。プロパティから一番鋭利なアイテムを取り出す。もう決めてある

街の料理屋で貰った果物ナイフだ

右手で握り、ブラッディングベアの突進を右に体を捻り回避しつつ右手のナイフを突きつける。


「ハァァァァ!」


ぶすりと嫌な感触が手に残りナイフを手放す

受けを取れずに地面に激突する

体に強い衝撃が走り、しばらく転がる

顔だけ起こしブラッディングベアの方を見ると向こうも躱されたことで行き場を無くし壁に突撃した様子だ。


今は倒れているが起き上がれば手応えがなかったことに気付いて

匂いを頼りにまた突撃してくるだろう

そうすれば今度こそ死んでしまう、早くここを離れて下の階層に行かなければ

足に力を入れるけど、起き上がれない

さっきの攻撃を躱しきれていなかったようで

右脚からは大量に出血している。


ならば止血してから回復すればいい。プロパティを開こうとするけど意識が朦朧とする

こんなことをしている場合じゃないのに、早く回復して優生を迎えにいかないと


きっと今も泣いて私を呼んでいるはずだ

待っててね、お姉ちゃんが絶対助けるから

包帯を出して右脚に巻く、回復薬を使う

しかしいくら回復薬を使っても力が出ない

バイタリティは満タンになっているのに

そこでふと香澄に言われたことを思い出した



…………………


「バイタリティってのはHPではないんだよ」


どういうことか聞くと解説を始めた


「まだ分かりきっていないけど、恐らくこのゲームには三つのステータスがあるのよ」


「三つステータス?」


首を傾げて質問すると、指を三本立てる


「一つはバイタリティ。これは単にHPってのじゃなくて、やる気とか精神力っていうの?これが無くなっても死にはしないんだよ」


つまり逆に言えばいくらバイタリティを回復したとしても、瀕死の状態を回復できる訳では無いと香澄は言った


「これが思うに二つ目の隠しステータスでHP的な物が直接的なライフになってると私は思うんだ」


「それじゃライフが見えないんじゃいつの間にか死んじゃうかもしれないってこと?」


「そうならないためにこのゲームには痛覚や意識があるんだと思う」


「でも、いくらなんでも自分の命を可視化出来ないのは不便じゃない?」


香澄はそこで少し嬉しそうに笑って言った


「でも現実でも自分の命って可視化出来ないでしょ?どれくらい怪我をしたら死ぬのかとかあと何年生きれるのか分からないでしょ」


確かにその通りだった、心臓の動きや血圧なんかは見れるけど、それが無くなって死ぬのは単なる死因であり、その数字が直接寿命という訳では無い。香澄いわく、そういうところがこのゲームの作者の拘りなんじゃないかと踏んでいるんだとか


「じゃあ三つ目のステータスってのは?」


「このゲームのステータスを開くと体のパーツみたいのが出てくるでしょ?」


確か「頭部」としか書いてないやつだ


「詳細を見ようとするとまだ見れないって出るでしょ?」


そこまで言われればさすがに私も察した


「つまりそれが三つ目のステータスってことだよね?」


「そういうこと。多分パーツの能力とか耐久力が書かれてるんだと思う、なんとなく感じてると思うけど、筋力とかの違いを感じてるでしょ?」


確かに言われてみれば優生と私とでは走る速さも、筋力も全然違う。現実でもそんな感じだから違和感はなかったけど、よく考えたらゲームの世界でも一緒なんておかしなことだ


……………………


朦朧とした意識でそれを思い出した

香澄の予想は当たっていた、きっと今の私の隠しライフと体は凄いダメージを受けている

バイタリティを回復しても動けないのはそういうことだろう。


しかしだからと言ってなんだと言うんだろう

たかがデータのライフ、たかが空想の気力

そんなものは関係ない、まだ心は折れていない、目には見えない四つ目の隠しステータスが私にはある。


体を這いずりながら、下の階に通じる道を目指す。その動きに気が付いたのか、すっかり回復したブラッディングベアが助走をつけ、こちらに向かってくる。


あと少し……あと少しで手が届く

自身の両目を奪い、殺し損ねた獲物を今度こそ仕留めるため、獣が飛びかかる

影ができ、もう駄目なことを悟り目を閉じる

………………………











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