第5話 「弟の過去」

僕は生まれた時から病弱だった。

それにすぐ風邪を引いてしまう。生まれつきの身体を恨んだこともあるが、そんな思いはすぐになくなっていった。

なぜなら僕には素敵なお姉ちゃんがいたからだ。


優しいし、頭も良いし、運動だってできちゃうし、友達も沢山いる。なのに僕のことをいつも心配してくれて、料理や掃除も全てやってくれる。

こんなお姉ちゃんの弟になれた幸せに比べれば病弱な身体なんて、お釣りを渡せるくらい僕には幸せだ。


だけど一度だけ、お姉ちゃんを悲しませちゃったことがある。

もう覚えてないかもしれないけど、僕はお留守番をして、家族旅行に行こうとお母さん達が言うとお姉ちゃんは、僕と一緒じゃないと嫌だと言い出してしまった。


お姉ちゃんが僕のために我慢しなきゃいけないのがとても悔しくなって泣き出してしまったのだ。その時だけは本当にこの身体を恨んだ。

結局、僕がお母さんを強く説得して家族旅行に行くことになった。

家族がいない間は家政婦さんを呼んでいたのだが、家政婦さんが目を離している隙に

倒れてしまった。


気が付くと病室のベッドで寝ていて、お姉ちゃんがずっと手を握ってくれたのを覚えている。

そのあと、お母さんが死んじゃったけど僕にはお姉ちゃんがいるから寂しくは無かった

お姉ちゃんが無理をするのはそれからで

僕といる時以外ずっと勉強をして県内唯一の県立高校に受かった。


しかも成績も県内一で一年生にして生徒会長になるほどの努力をした。しかもそれを決して人には見せなかった

お父さんが単身赴任で家に帰らなくなっても

お姉ちゃんが僕のご飯を作ってくれて、学校から帰ってくると、すぐに僕の様子を見に来てくれる。


こんなお姉ちゃんの事を好きにならない弟なんていないだろう。

お姉ちゃんが幸せに生きてくれるなら

こんな身体に生まれても、いや死んでも構わない。だけどそしたらお姉ちゃんを悲しませてしまうから、もう少しだけ僕に時間を下さい。


〇〇〇〇〇〇


ジェニュインにログインしようとしていた所でライヌでメッセージが来てるのに気が付いた。凛からだ「レベル上げ手伝ってー」

ということは凛もジェニュインをプレイしようとしていたということか、すぐさまライヌで「いいよー」と送って

ジェニュインをプレイするための機械「コントローラー」を着用する。コントローラーはジェニュインを開発したのと同じ会社でガゼットが開発したゲーム機だ。


そのシンプルすぎる名前はネットでネタにされてるけど、このシンプルさが私は好きだ

着用してから意識がどんどん研ぎ澄まされていく、画面の表示が準備完了を示す青になると左手のスイッチを押す


〇〇〇〇〇〇

ーー香澄の部屋ーー


いつもの宿屋で身体を起こし、ロビーで凛を見つける、それと小さな男の子もいる


「おーす、その子が例の?」


「そう弟のゆうくんだよ」


りんりんは自慢げに弟を見せびらかしてくる。しかし実際に見るとかなり可愛い、小さくて肌は綺麗で瞳が小動物みたいだ。

これで現実の方が可愛いというのだから凛がブラコンになるのも頷ける。


「リンリンの友達の香澄だよー頭なでさせて」


そう言って頭に手を伸ばした瞬間、ネコのような瞬発力で姉の後ろに隠れてしまった


「こら香澄! 優生を怖がらせないで!」


「にゃははは……ごめんごめん」


そんな会話をしつつある場所に向かい出す


「おすすめの狩場があるからさ、そこでレベル上げようか」


〇〇〇〇〇〇

ーー荒廃の洞窟ーー


今いる場所は森の方から西の外れにある薄暗い洞窟で、この暗さはダンジョンの難易度を示しているらしい、ある程度レベルアップしてきて、私が二四でゆうくんが一六になったところだ。

こんなにレベルが上がりやすいのは敵が高頻度で出現するからだ、なんと言ってもいつも行ってる森は野生の動物モンスターしかいないし、人がよく来るから住み着かなくなっている。


しかしこの洞窟は人も滅多に来ないし、この暗さがモンスターの習性を呼び起こすそうだ。

骨型のモンスターを倒したところで一息つく、優生の方もだいぶ疲れたらしく息を切らしている。丁度いい、ここら辺で休憩にしよう


「ちょっと外に出て休もうか」


声も出せないほど疲れたのか、優生は無言で頷く。ちらりと香澄の方を見ると向こうも同じく頷き返した


回復アイテムをプロパティから取り出し、バイタリティが満タンになるまで使う

ちなみにプロパティは直接的なHPではなく数字が零になってもすぐにゲームオーバーになる訳ではないが、少しづつ可視化出来ない本当のHPが減っていく。


だからそうなる前にバイタリティは満タンにしておかないといけない。二人も今回復を終えたらしく立ち上がる。

優生に手を差し出して、離れないようにしっかりと手を握り一緒に洞窟の入口に向かって歩き出している。しばらく歩いていると

香澄が私たちを交互に見回し不気味な笑みを浮かべている


「なによ」


「いやぁ手なんか繋いじゃって本当ラブラブですなぁ


「そんなんじゃないわよ」


「優生くんもお姉ちゃんがいつまでもこんなんじゃ恥ずかしいよねぇ?」


またまた、優生だって私のことが好きなんだから、嫌がっているはずないじゃないの

そんな風に思いつつも優生の方を見ると顔を赤くして黙っている。ま……まさか本当は嫌だったり? たしかに姉の友達がいる前で手を握るのは、恥ずかしいのかもしれない


少し怖くなった私は手を離そうとするが……

手が……離れない。

いや厳密に言うと優生の手が力いっぱい掴んで離せないようになっている

弟の顔は今にも噴火しそうである

香澄もこの状態に気付き、にやにやしながら口笛を吹く


「……恥ずかしくありません」


握る手からは優生の熱が伝わり、気持ちが伝わる。このゲームでは汗は出ないけど、現実だったら手がきっとびしょびしょになっている




「だって……!!僕はお姉ちゃんのことが世界一大好きだから……です」





あ、やばい

嬉しすぎて今すぐ抱きしめたい

抱き抱えて、そのまま家に帰りたい


「良かったわね♥ お ね え ち ゃ ん ♥」


その後はしばらく気まずい空気が続いた

〇〇〇〇〇〇


洞窟の中を歩いてから十分程経ち、洞窟の明るさも少しづつ上がり、ほとんどモンスターに遭遇しなかった。


だからこそ後の事態を招いた。最初の異変に気が付いたのは香澄だった。



「…………」


「ここまでモンスターが出ないっておかしくない?」


そう言われても、周りは明るいし、ほとんど出口と同じところにいるからだと言って、その言葉を深く考えなかった。

それから優生が奥にある何かに気が付き、握っていた手を離し走り出した。


「お姉ちゃん、こんなところに宝石がいっぱいあるよ!」


宝石で喜ぶなんて可愛いなぁと思っていると

隣にいた香澄が叫んだ


「優生くん! そこは危ないから戻って!」


「え?」


声をかけたときには既におそく、宝石に手を着いた優生の足元が無かったかのように消え去り、そのまま真っ逆さまに落ちてしまう。


その瞬間、音も感覚も何もかもが消え失せ

今までにない速さで身体を加速させる

蹴った地面は抉れて、地面を駆けた脚と反対の脚で滑り込むように着地し、間を開けずまた蹴った。

五歩程度の跳躍で優生との距離が指先の距離になる、あと少しの所で手が空を切る。掴めなかった。


しかし諦めない、掴めないなら一緒に行くまでだ、加速した身体をわざと転ばして穴に向かって最適の速度で飛び込む

訪れるであろう浮遊感を待っていると

何かに身体をぶつけ加速の勢いで転がる

何が起きたのか理解出来ずに下をみると

穴は無くなっており、ただの地面になっている。宝石も消えていて元通りに


「どうしよう……優生が……ごめんなさい……ごめんなさい」


手を掴めなかった、守るべき人を守れなかった。後悔がどっと押し寄せる

あのとき、香澄の言葉にもっと耳を傾けていれば、あのとき、走り出した優生の手を離さなければ、あのとき……


「……ん…………り……ん……凜!」


声にハッとし、振り返ると香澄がいた。香澄の顔をみた瞬間抑えてた感情が溢れ出し泣きそうになる


「香澄……わたしお姉ちゃん失格だ…」


「落ち着いて凛、これはゲームなんだよ? 多分今頃落下ダメージでデスして宿に転送されてるよ」


「ふざけないで! ゲームなんかじゃない!」


優生の命をただのデータみたいに言われて、カッとなる。ただのゲームなんかじゃない

だって落ちる時の優生の顔は本当に怯えていた。


「分かったごめん、でも帰ったら優生くんがいるのは本当だからあなたの仕事は怖い思いをした優生くんを慰めることでしょ?」


優生を慰める……いいのだろうか、弟を守れなかった姉にそんな権利はあるのだろうか

だけどもし怖くて泣いているのなら……助けてあげたい、安心するように抱きしめたい


「……そうだね、大声出してごめん。宿に戻ろうか」


「うん、そうだね」


そうして長い洞窟探検は最悪の形で終わった








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