病弱の弟とVRで冒険

@agmjgap1

第1話 「きっかけ」

晴れ渡る晴天の朝、窓から差し込む光と空の青さが曲のイントロのように気分を上げる。


大きな背伸びをし布団を畳むと、その横でぬいぐるみのように可愛く転がる男の子が寝ている。


背丈は私の腰の高さくらいで、白くてすべすべの肌に、さらさらの黒髪で目元が少し隠れているけど可愛い目をしているこの男の子は弟の優生だ。


実の弟にそんな評価をする姉は異常に思われるかもしれないが、こんな可愛い弟がいたらどんなお姉ちゃんだって甘やかしたくなるものだ。


昨日だって怖くて寝れないから添い寝をして欲しいと言われたので「しょうがないなぁ」と言って寝てあげた(弟が大好きな素振りは本人の前では隠している)


まだ寝かせてあげたいので、そっと部屋を出て朝食を作るために台所に向かった。


エプロンをかけて手を洗い簡単な朝食を作る

昨夜の残ったご飯を電子レンジで温めて、ひじきやお漬物などをテーブルに並べる。


これだけだと味気ないので目玉焼きを作ることにした。冷蔵庫から卵を二つ取り出して一つは簡単な目玉焼きにして皿に盛り付ける。


もう一個の卵は弟の好きな両面焼きの目玉焼きにしてあげよう。こんこんと卵にヒビを入れて中央を二つに割って、卵がを落とす。


片面を少し加熱し、卵白が固まったところで下からすくって裏返す。焼きすぎないように二滴の水をフライパンの端に垂らしてから蓋をする。ゆっくりと火を通したら出来上がりだ

皿に入れて自分の分と一緒にテーブルまで持っていく。


本当はもっと手の込んだ料理をしたいけれど、父親からの仕送りを考えたら朝から贅沢はできない。頼めば仕送りの料金を増やしてくれるかもしれないが、そんなマネはしたくない。あの日から弟は自力で育てると決めたのだから。


だけども私の料理を優生は嫌な顔せず本当に美味しいと言ってくれる。

こんな手抜きの物で喜んでくれる弟は本当にいい子だなぁと常々思う。

エプロンを脱いで弟を呼びに行く


「ゆうくん朝ごはんできたよー」


声をかけると、内側からドアが引かれる

部屋の中からちらりと顔を覗かせる弟は、まだ眠いと言った様子で目を擦っている。

うん、今日も最高に可愛い


「おはようお姉ちゃん…今行くね」


部屋から出てきた弟がドアノブを離すと、小さな身体が転びそうになったので、咄嗟に体を抑えて支えてあげる


「大丈夫? ほら、お姉ちゃんと一緒にリビングまで行こ?」


弟は極度に免疫力が弱く、外に出たり、少しのホコリで風邪を引いてしまうくらいの病弱で、身体も弱いので毎朝こうして部屋まで迎えに行くのが私の日課だ


「ありがとう……でも少しでも自分の力で頑張りたいんだ」


そう言って弟は差し出した私の手を離して、何とか一人でリビングまで辿り着いた


「ゆうくん凄いじゃん! 一人で頑張ったね」


お世辞でもなんでもなく、弟の身体は少しずつ、強くなってきている。弟の成長が心底嬉しくなった私は弟の頭を撫でる

すると何故か顔を赤らめてテーブルに行ってしまった。恥ずかしがる事なんてないのに


「うふふ、今日はゆうくんの大好物の両面焼きの目玉焼きを作ったんだ〜」


「うわぁ……! お姉ちゃんありがとう!」


「うんうん! めしあがれ!」


「いただきます!」


ソースをかけた目玉焼きを、小さな口でパクパクと食べる姿はリスみたいで可愛い

こうして毎朝美味しそうに食べてる弟の姿を見るだけで、今日一日頑張れるものだ


「ごちそうさまでした!」


食べ終わった皿を水に着けて、学校に行く支度をする。ちなみに弟は学校から許可を得て

自宅で端末を使って授業を受けている


「それじゃあお姉ちゃん行ってくるね、何かあったらすぐに電話するんだよ?」


「うん、わかった」


母の遺影に挨拶をして、ドアノブに手を回す


「……お姉ちゃん!」


「ん? どうしたの?」


「絶対……帰ってきてね?」


瞳を湿して心配そうな顔をする弟を安心させるように頭を撫でる


「うん、お姉ちゃんはどこにも行かないから大丈夫だよ……ゆうくんも元気に待っていてね? 約束だよ」


「うん、約束!」


そうして今度こそ弟に別れを告げ、学校に向かった。


〇〇〇〇〇〇


教室に着いても頭の中は優生のことでいっぱいだった。まだ小学校低学年の弟を一人きりで待たせるのは心配で仕方ない。

お腹は空いてないだろうか、苦しい思いをしてないだろうか、倒れたりしてないだろうか、もしかしたら私のことを呼んでいるかもしれない、そう思うと胸が締め付けられ、学校なんか放っぽり出したい衝動に駆られる。


頭の中でグルグルと回る心配事は視野を狭くする、恐らくまったく周りが見えていない

なので友人が何度も呼びかけ、肩を叩かれるまで、気がつくことはなかったのだ


「お……い……い……おい!」


「あっ、おはよ香澄」


突然の大きな声に驚き、呑気な返事をする

声をかけてきたのは、友達の華澄だった

なぜか香澄は私の顔をニヤニヤと不気味に口角を上げながら見つめている。


「なに? 私の顔になにか付いてる?」


「いやぁ何回も呼びかけたのに全然反応無かったからさぁ」


「え?」


「何回呼んだか知ってる? 5回だよ?」


「あ〜……ごめん」


「どうせまた弟くんの事でも考えてたんでしょー本当に弟大好きだよねー」


「ちっ、違っ!優生は弟だから!心配なだけ!」


「ふーん……家だと"ゆうくん"って呼ぶのにね」


「だって心配なのよ、ゆうくん身体弱いし、朝だって倒れそうになっていたし」


「まぁ心配しすぎよ、何かあったら電話してくるんでしょ?」


「でも……」


「それより、自分の事を優先しなさいよ。今年はお互い受験生でしょ?弟くんの自慢のお ね え ち ゃ ん ♥」


「もうっ!茶化して!」


結局私は学校にいる間ずっと優生の事を考えていた。今なにをしているのか、勉強は困っていないだろうか、夕食は何を作ろうか、帰ったら何をして遊ぼうか、などなど。


全ての授業が終わり本当はこのあと生徒会活動があるのだが、「進路」のためとして、仕事は副会長に任せ、活動を自粛している。


もっとも本当のところは早く弟の顔を見に帰りたいだけなのだけれど。


帰り道を歩きながら、香澄に言われたことを少し考えていた。今年は受験生、勉強はかなり頑張ってきたのでそれなりの大学には行けるのだが、正直やりたいことがない。


やっと高校を卒業して、弟と居れると思ったのに、今度は大学という場所が私を縛る。

そのあとは就職をして、働かなければいけない。そうすれば弟と居れる時間はもっと減る。


いい加減弟離れしないといけないのは分かってるけど、私が生きてるうちはあの子を独りにしたくないのだ。


もし弟の身に何かあったら私は耐えられない



もうあんな思いをするのは二度と嫌だ


〇〇〇〇〇〇


家に帰り、自分の部屋である箱を取り出す

途中まで香澄と帰る中で、手渡されたのだ


時は遡り


「そういえばさ、りんりんってゲームとか好き?」


学校帰り、香澄が突然そんな事を言ってきた


「弟とやるのは楽しいけど、一人ではやらない

かな」


「どんだけ弟好きなんだよ……」


私からしたら弟と遊ぶこと以外に楽しい事なんてない。優生と何かをするから楽しい

正直に言うと今こうして香澄と話してる時間も惜しいと思ってる。早く優生の顔を見たい


「まぁそれはさておき、今流行りのVRゲームがあるんだけど一緒にやらない?」


「でも、私ゲーム機とか持ってないし、それに帰って弟と……」


「はいはい、そう言うと思って、弟くんとアンタの分二つ分持ってきたのよ」


そう言うと香澄はスクールバッグから二つの箱を取り出した


「え? これくれるの?」


「うん、この前別のゲームイベントで優勝して、景品で貰ったからさ、弟くんと一緒に遊びなよ」


「でも、ゆうくんの身体に負担かけないかな……」


「大丈夫、横になって頭に被るだけだし、目に光を当てるわけじゃないから」


「でも……いいの?」


「もちろん!親友の為だもん!その代わり私とも遊ぶんだぞ!」


「うん!ありがと香澄」


香澄からゲーム機の箱を貰い、夕飯の買い出しをしてから帰宅した


〇〇〇〇〇〇


「ただいまー」


帰って来るなり、弟が急いで出迎えにくる


「お姉ちゃんおかえり、お疲れ様」


「ありがと♪ お腹すいてない?」


「うん夕飯まで待てるよ、それよりお風呂沸かしておいたから入って来ていいよ!」


「う〜ん……! ゆうくんは本当にいい子だねぇ」


天使の頭を撫でて、お言葉通りお風呂に入ってから、一緒にご飯を食べた後、香澄にもらったゲームの準備をしていた。


準備に30分ほどかかり、ようやく起動した。

ゲームには詳しくなく、昔優生と遊んだ、テレビゲームくらいである。

家計も豊かでは無いので新しい物も買ってこなかったし、弟は一度も欲しいとは言わなかったので自然とゲームの情報を疎くなっていった。


準備したゲーム機は、頭に被るヘルメット状のコンピュータと左手に巻き付けて持つリモコンだけで遊べるらしい。


「ゆうくんに使わせる前に、安全性を確かめないとね……」


ヘルメットを被ると外の情報が遮断されて

目を開けてる訳ではないのに、目の前にはローディング画面が広がっている。


どんどん意識がゲームに集中していき

準備完了を知らせる青色の画面になった時には、外の世界が完全に消えていた。


画面には左手に持ったリモコンを押すように促されている。

指示に従いボタンを押すと、身体がふわっと浮くような感覚と共に画面には吸い込まれるようにして、私の意識は完全にVRゲーム

「ジェニュインザワールド」にいた。

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