第3話 美子として生きていくしかありませんわね


 ――ビルから飛び降りた。

 

 涼太にビルがなんなのかを聞いた後、そこから飛び降りるということの意味を知りお母様の言う『自殺』という言葉が繋がりました。


 「こんなことを言うと怒るかもしれないが、お前は今みたいにこうやって喋るような子じゃなかったんだよ。……特に高校二年になってから俺や母さん、涼太ともか?」

 「そうだね、こんなに喋る姉ちゃんは久しぶりだよ」


 本当に驚いたという感じでため息を吐く涼太にお父様が困った顔でわたくしの顔を見て言います。


 「ということだ。美子は口数が少なくて部屋に居ることが多い子で大人しい、という認識で俺達は見ていたんだが……なにか悩みがあったのだろう。自殺をしようとするところまで追い込まれていたんだと思い、お前のことを何も知らなかったんだって嘆いたよ」

 「まあ、まったく記憶にありませんから答えようがないのですけど……」

 「そうだったね……」


 どうやらわたくしの元人格は相当大人しい性格をしていたようですわね。

 というより面倒、かしら? 問題を抱えていてそれを家族にすら言えないとなるとそれは『家族』といえるのでしょうか……?


 それにしても自分から死を選ぶほど追い込まれることがあるとは思えませんけどね。

 向こうの世界では貧困層で食べられなくなった人達に『そういうことがある』のは知っていますけど、着ている服、家の規模を見る限りこの家は、この世界に置いて平民レベルであることが推測されるので貧乏を悲観して、ということはまずないでしょうし。


 「で、姉ちゃんが覚えていることっていうのは、なんだっけ? レミって名前だけ?」

 「そうですわ涼太。念のため申し上げておきますが、わたくしは美子ではありません。記憶が無いわけではなく、別の人間なのです」

 「別の人間だって? その『レミ』とかいう人なのかい」


 お父様が訝し気な目をわたくしに向けてそう尋ねてきたので、ゆっくり頷いてから三人へわたくしのことを告げることに。


 「わたくしはレミ=ブランディア。リヒテイン公国はブランディア領の一人娘です。なんの因果か分かりませんが、『神崎美子』というこの体に宿ってしまいました。元の世界に帰る方法などが分かれば聞きたいと思いますわ」


 わたくしが名乗りをあげると、お母様は床に両手をついて涙を流しながらお父様へ話しかけました。


 「うう……現実を見たくないから別人格を作ったんだわ……」

 「創作、好きだったみたいだしな。この前部屋に入って初めて知ったよ。そういう『設定』なんだね?」

 「いえ、違いますけど……」

 「いいんだ、美子を俺達が悪いんだ。寿司を取るからそれまで部屋でゆっくり休んでくれ」

 「なんと言えば――」


 両親は娘がおかしくなったと思い込んでいるようですので、説得を試みようと接触を図りましたが、


 「姉ちゃん、とりあえず部屋へ行こう。俺が話を聞くよ、今の父さん達になにを言っても無駄だと思う。姉ちゃんもだけど、父さん達も混乱しているんだよ」

 「……そうですわね」


 確かに自殺未遂から奇跡的に帰って来て喜んでいるところに、あなたの娘ではありませんと言われたらショックを受けますわね。

 涼太に促され自室へと足を運び、二人で中へ入るとこちらへ声をかけてきました。


 「ここが姉ちゃんの部屋だよ。……覚えは――」

 「ありませんわ。あなたはそれほど狼狽えた様子はありませんわね?」

 「まあね。なんせここ一年くらい姉ちゃんとまともに話したことが無いから、そんな人だったかもと思えば気にならないんだ。逆にそれくらい接点がなかったって話だけど。それでも正直、少し驚いているけどね」

 「それほどまでに……だからわたくしが美子でないと受け入れられるということですのね」


 わたくしの言葉に涼太は肩を竦めて『だとしても』と返してきました。


 「父さんじゃないけど、『レミ』という新しい人格を作った可能性もあるからそこはなんとも言えないよ。だけど、多分、嘘は言っていないような気はする」

 「まあ、信じてもらうのが難しいということは分かりましたわ。それでも美子の記憶は無いので、このままで生活するしかありませんけど」

 「……生きていてくれただけでも儲けものだから、ちょっとくらい違っても父さん達は気にしないと思う。ただ、高校にはもう行かせてもらえないかもしれないけど」

 「高校?」

 「あ、そうか『レミ』さんじゃ分からないのか。学校は分かる?」

 「ええ。学び舎ということであればだいたいは」

 「認識は合っているかな? まあ、学生が通うところだね。姉ちゃんはそこで……恐らくいじめに合っていたんだよ。両親も今回の件でようやく気付いたって感じ」


 そこまで言うと涼太は肩を竦めて首を振り、話を続けます。


 「だからもう学校へは行かせないんじゃないかな? レミさんも面倒ごとは嫌でしょ? このままゆっくりこの世界のことを――」


 と、そこまで聞いてからわたくしは自分でもわかるくらい眉間にしわを寄せ、涼太の肩に手を置いてから彼に告げます。


 「……わたくしがこうなったのはもしかしたらそのいじめが原因かもしれませんわね」

 「精神的に追い詰められての別人格ってこと?」

 「いえ、ショックでわたくしと精神が入れ替わったと考えるのが妥当でしょう」

 「……向こうで思い当たるふしがあるのかい?」

 「もう少しで思い出せそうなんですけれども。まあ『こっち』のわたくしをいじめた者がいるというのに逃げるわけにはいきません。上等です、わたくし学校へ行きますわ!」

 「ええー……」


 握りこぶしをつくるわたくしに、涼太の呆れた声で首を振ります。まあ、とりあえずこの世界のことを知らねばいけませんけども――

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