第2話 わたくし、戸惑いを隠しきれませんわ!


 「さ、ここが自宅だよ美子」

 「小さいお家ですわね」

 「ウチはこれでも大きい方だよ、姉ちゃんの妄想貴族の家はどれだけの規模か是非聞きたいね」

 

 ――あれから現地時間で一週間という期間が経過しました。七日ですわね。


 療養と状況把握のため病院でわたくしの家族という方々へ質問を投げかけて回答をもらう……その結果、とても信じがたい事実が目の前に広がりました。

 

 「だ、誰ですの!?」


 まず、鏡を見て腰を抜かし、思わず後ろを振り返るという真似をしてしまいました。あの時は誰も見ていなくて良かったですわ……。

 金色の絹のようなふわりとした髪は黒く地味なストリート……もといストレートに。蒼い瞳はこの世の終わりのような目つきをした黒い瞳。

 胸はそこそこで、良い部分は整えれば母親に似た美人であろうことと、全体的に細いのでどんな服も似合いそうな点かしら?

 そう、鏡に映った姿はわたくしとはまったくの別人でどうやらこの姿が周りの方々の言う『美子』という娘さんなのでしょう。

 周りは記憶が無い、混乱しているといったようなことを言っていましたが、中身が替わっているのだから無理もありませんわね。

 

 さらにわたくしは『レミ』としての記憶はあるけれど『美子』という元の人格と記憶は一切ありません。


 ……なので、最初は困惑していましたが面倒臭くなったので開き直り、事故で記憶喪失という部分を利用して情報収集をすることに。

 

 その結果、わたくしの名前は『神崎 美子かんざき みこ』、私立銀領高校二年生の十六歳ということでしたわ。

 高校、というのは勉学をする学び舎で、向こうでいう『学院』と考えて良さそうですわね。

 家族構成は、父の神崎 輝彦、母の神崎 夢実、弟の神崎 涼太の四人家族で暮らしているということ。


 職業についても聞きましたが、父は『さらりーまん』という、涼太が言うには冴えない仕事をしていて、母は『もでる』と『ふぁっしょんでざいなー』というお仕事をしているらしいですわ。

 両方とも向こうでは聞いたことがありませんけど、母はとても美人でその美貌を活かしたお仕事だとか。


 「前髪が邪魔ですけど『美子』も鏡をちらっと見た限り容姿は悪く無いんですわよね……」

 「どうしたの姉ちゃん、ぶつぶつ言って」

 「なんでもありませんわ。涼太もお父様に似なくて良かったと思っただけです」

 「それはなんでもなくないよ、美子……」

 

 がっくりと項垂れるお父様を置いて、苦笑する涼太とお母様と一緒に家の中へ入り奥へ。

 わたくしの屋敷の敷地内にあった使用人の家よりも小さき場所は靴を脱いで上がり込むスタイルのようで、いざという時に脱出をする際ははだしになるのかと戦慄しましたわね。

 それはともかく(恐らく)リビングに案内されると一家揃って顔を突き合わせての会話が続きます。


 「どうだい、少しは思い出したかな?」

 「いえ、まったく」

 「ああ、私のせいで……ごめんなさい……」

 「俺も忙しいと子供たちのことを目にかけていなかったから……」


 きっぱり言い放つわたくしに、泣き崩れるお母様とそれを慰めるお父様を見て、わたくしはふと気になったことを尋ねてみる。


 「そういえば、わたくしはどうして病院に担ぎ込まれたんですの? 誰もその部分を教えてくれませんでしたけど?」

 「あ、ああ……い、いいじゃないか、それは。さあ、母さんご飯にしようか! 今日は寿司だ寿司にしよう!」

 「そ、そうね! 私も今日はお休みをもらっているし特上にしましょう!」

 「寿司! ……でも、ちゃんと話しておいた方がいいんじゃない?」


 明らかに話題を避けようとする両親をよそに、能天気かと思っていた涼太が意外にも話題を戻してくれたので、わたくしは二人へ口を尖らせ詰め寄ります。


 「涼太の言う通りですわ。もしかしたらわたくしの記憶が呼び起こせるかもしれませんのに。その様子だと事情は知っているみたいですけど、嫌なことなのでしょうか?」

 「……」


 両親が顔を見合わせた後、観念したようにため息を吐いてからわたくしの方を向いて重い口を開きました。


 「美子、お前は……ビルの屋上から飛び降りて気を失ったんだ」

 「え?」

 「目撃者が言うには美子は一人でぼんやり立っていたらしいの……だから、その……じ、自殺をしようとしたんじゃないかって……」

 「最近の姉ちゃんは変だったから、可能性はあったと思うよ。それも覚えていない?」


 腫れ物に触る言い方をするお母様に被せるように涼太がそんなことを言い、わたくしは気になることを口にします。

 

 「ビルってなんですの……?」

 「その説明が必要なんだ!?」


 わたくしの言葉に、涼太が大声で叫びながら盛大にすっころびましたわ。

 だって知らないものは気になりますもの、仕方ありませんわ。

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