第16話 / 転職は負け犬か?

奴ジャックとここで初めて視線があう。鮫の目という表現が適切だろうか。感情がないひどく冷たい目。


「あ...おργΞΞοαΠγ...ΠθΩγΠ弥 緋色ρρ?」


「?」

俺は身構えて奴ジャックの反応を待った。


奴ジャックは耳の中の小さなイヤホンみたいなものを何回か押している。


「悪い悪い。俺の言葉が分からなかったよな?これなら分かるか?」


奴ジャックの問いかけに無言で頷く。


「お前は本阿弥 緋色だろう?田中と金髪の娘にここへ来るように言われたのか?何でお前の事を知ってるかって?それはある男が収集したお前に関するデータを何度も見たからと言っておこうか。監視レベル5のにしては...オーラを全く感じないな。お前本当に本阿弥 緋色か?」


奴ジャックは俺に対してワケの分からない事を言ってきた。


「.....」


「ふふっ、何訳の分からない事を言ってるんだこいつは?って顔だな。まぁいいや、逆転送されスキルも持ってない負け犬のお前なんかに興味無い。さっさと記憶を消して放出するか」


奴ジャックがこちらに躊躇無く歩み寄って来たがピタリと止まった。


「ちょっと待て? お前の体...お前...もしかしてピンク色の酒を飲んだか?」


「...」


「答えろ!!殺すぞ!!」


「...ああ」


「おいおいおいおいおいおいおいおい...まずいことになったぞ。何で転送酒があるんだ?協会が厳正に管理してたはずなのに...まさか...今井のこの手紙...余分...プレゼント...そういうことか...田中の奴隠してやがったのか...」


急に奴ジャックは頭を抱えて屈みこみ、震えだした。


俺の体がどうしたんだ?両手の平を見ると若干透けて見える。


これは?テレジアの時と一緒だ...


田中という男、俺に何を飲ませたんだ?


奴ジャックがこちらを睨み付けて言う

「レベル5のお前が異世界へ再転送されてみろ、今まで前列はないが記憶の再製とがある。そして、記憶を取り戻したお前は再び活動を再開し、今まで大人しくしていたが一斉に決起する可能性がある...」


奴ジャックの右手が再び炎に包まれたと思ったら姿が消えた。


ガシャーン


次の瞬間には左手で首を捕まれたまま壁に押し付けられていた。そして感情の無い両目が目の前にあった。

押し付けられた衝撃で何ヵ所も骨が折れたような鈍い音がした。


「あそこに倒れている田中を恨むんだな...飲まなければ良かったのにな...運の悪い奴だ」


炎に包まれた右手がゆっくりと俺の顔に近づく。


ああ...


俺はここで死ぬんだ...


体を動かしたくても全く動かない。経験は無いがライオンが押さえつけているような感じだった。


奴ジャックの右手がピタリと止まった。



動画を停止したように微動だにしなくなった奴ジャックの後ろに田中が立っていた。


「間に合って良かった。本阿弥さん大丈夫ですか?」


田中が俺を奴ジャックから引き剥がしてくれた。

よく見ると血まみれだったのに傷が治っていた。


「あいつは?いてててて。」


「ええ...隙だらけだったので後ろから動きを封じました。本当はここでの魔法の使用は違反になるんですが面接官も解雇になりましたし従う必要がなくなりました」


「さらっと言ってますけど、魔法って言いました?ひどかった傷が何で治ってるんですか?っつ 痛たたたた」


「本阿弥さんが彼を止めてくれた時です。彼の全ての意識が本阿弥さんへ集中してくれたお陰で、治癒する時間を稼げた。。後はまあ...細かい事は気にしないでください。それより...」


カシャッ 


田中が笑顔でピースサインして奴ジャックと肩を組んで自撮りした。


「がっ...ぐっ...」


奴ジャックが何かを喋ろうとしているが言葉になっていなかった。


「ジャック君、これで君は同罪だよ。私のいう事を聞かなければこの写真を協会に送る。そうなると君はどうなるかな?Yesなら瞬きを2回しなさい」


「...」


「物分かりいいじゃないですか。それでは喋れるようにしてあげましょう」


奴ジャックの額に田中が手をかざす。


「田中! 一面接官が協会担当員の俺にこんな事してただで済むと思うなよ!」


「ただで済まないのはジャック君、あなたの方ですよ。私とのツーショットの写真、それに監視レベル5の本阿弥さんを異世界へみすみす転送させてしまった事がばれたら貴方の命は無いですね?貴方に選択権はない。あなたがやる事は簡単です。、それ以外は何も問題は発生していませんと報告しなさい。私がチクらない限りばれませんよ、それに転送酒使用の記録が無いから彼が異世界へ転送されてもしばらくは分からない」


「くそっ! くそっ! くそっ! 田中が死んだなんて上へ報告したら俺のミスにされて出世に響くじゃねーか?」


「出世の見込みがなければ転職すればいいじゃないですか?貴方は優秀だと思いますし違う職へ就いても成功できると思いますよ」


「うるさい! 転職なんかしたらまた一番下から始めなきゃいけないじゃないか。競争に負けた奴らが言い訳として‟転職”とい言う都合の良い言葉に置き換えただけじゃねーか!転職なんてしねーぞ俺は!」


「確かにあんたの言う通り俺みたいな転職活動している人間は負け犬かもしれないな。だけどな、皆、転職して今度こそ成功しようと必死なんだよ。勿論成功出来ない可能性の方が高いかもしれない。でも、それだけで自分の能力不足と決めつけるのは勿体無いじゃないか?自分に合った仕事内容、環境や周りの人間関係が良好になるだけで成功する奴だってたくさんいる。今まで負けた事がない奴がいかにも知ったような口を聞くんじゃない!」


俺はつい転職という言葉に反応して強い言葉が出てしまった。


こんな奴ジャックの心に響くとは思えないが...


「ほ...本阿さん... 異世界へ...頑張...ください... エミリさんへ...電話...もう... 聞こ...ないかも...が...」


田中がこちらに何かを喋っているが良く聞き取れない。


あれっ? 急に酔いが回ってきた...視界がどんどん暗くなっていく... どうなって...る...





BAR【異世界】に1人、赤髪の男がいた。彼は協会上層部へ報告しているところだった。


「こちら、ジャックです。BAR【異世界】の状況を報告します。田中は重度の怪我による失血死。それ以外は問題発生していません。ええ、その通りです、私の落ち度により彼は死亡しました。 はい、 えっ? はい、 承知しました、 あっ 私からも相談したい事があります。帰社したら伺いますが、 はい!私の後任について推薦したい者が...」

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