第11話 / 疑念
「おかしい...何度も報告メールを送信しているのに管理担当者から返事が来ない...」
この店、BAR【異世界】のマスター、田中が呟く。
田中が呟くのも無理もない、異世界管理担当者から最後に返信が会ったのはエミリの異世界への転送許可の連絡があった時。それ以降、彼・の件について進捗報告を何度もしているにも関わらず返信が来ないからだった。報告をすると必ず30分以内には返信が来るので尚更だった。
田中の中で胸騒ぎがする。
何かがおかしい...
ピロリーン、
やっと返信があったようだ。田中は安堵して返信内容を見た。
BAR【異世界】
面接官担当 田中殿
ご苦労様です。管理担当 ジャックと申します。
今井宛の報告書受け取りました。
突然の連絡で申し訳ありませんが、一身上の都合により今井は退任しました。
後任として私、ジャックが担当する事になったのでお願いします。
早速ですが、今井宛に何度も報告があった‟本阿弥 緋色”の件についてこれ以上の詮索は止めて下さい。これは業務命令と捉えて貰えて結構です。
これ以上の詮索をするようであればそれ相応の処分がある事覚悟してください。
貴殿は面接官になって早5年が経とうとしています。故郷が懐かしい時期に来ていると思います。
ちょうどいいタイミングかと思いますので希望の異動先、ポジションを教えて下さい。
出来る限りご希望に添えるように配慮します。
回答期限は1週間とします。
早めのご回答お待ちしております。
以上、
異世界管理担当
ジャック
一方的な内容だった。
どうやら田中の嫌な予感が当たってしまったようだ。何より‟本阿弥 緋色”をこれ以上詮索するなとストレートに命令が出た事に驚いた。田中が面接官になってからこんな事は初めてだった。
彼にどんな秘密があるのか?明らかに上からの圧力が掛かっているのは間違いなかった。
恐らく管理担当今井も同じように命令を下されたのだろう。
今井に会った事は無かったが文面から芯の通った男だったと想像できる。
あまり想像したくないがその性格が逆に仇となっていなければよいが...
いずれにしても田中の面接官人生は後1週間で突然終わる事になってしまった。
カランッ
店のドアが開く音がした。入ってきたのはエミリだった。
「エミリさんお疲れ様でした。今日はどうでしたか?」
もちろん、本阿弥 緋色についての事だった。
エミリが一番奥の席に座り澄ました顔で答える。
「順調にいけば彼・はもうすぐここに来ると思います」
エミリが田中へ報告をする。
「さすがエミリさん、1週間の期限内にここまで段取りをしくれて助かりました。私が見込んだだけはあります。やらしいとは思いましたが遠隔監視システムでやり取りを拝見させて頂きました。迫真の演技でしたね。異世界へ行くのを止めて女優になったらどうですか?」
田中がエミリに向かって冗談を言う。
「冗談はやめてください!私は異世界へ行く事しか考えていないんです。その為に彼の性格、行動を研究して最善の計画をたてました。その結果、計画通り彼はここに来ようとしています」
「冗談抜きでエミリさんの計画はお見事でした。彼に見せるように喧嘩に巻き込まれたり、電話をわざと落としたりして拾わせたり。そして極めつけは膝枕。あの太股でされたらイチコロですよ」
エミリが田中を睨みつける。
「おほんっ、エミリさんご協力ありがとうございました。異世界への転送準備は出来ています。いつでも行けますがどうしますか?」
田中が真面目な顔で答える。
「...異世界へ行けるんですか?」エミリが半信半疑に聞く。
「私はあなたに合格を出しました。彼がここに来る来ないに関わらず最初からそのつもりでしたよ。いつまでもあなたを引き留めさせるわけにはいきませんし私も時間が残されてません」
田中の意外な言葉にエミリが驚いた。
「マスター。それはどういう意味ですか?時間が残されてないなんて?」
「エミリさんにはお手伝いして貰いましたし関係無い訳ではないので正直にお話しします。実は彼、本阿弥 緋色をこれ以上詮索するなと異世界管理担当者より連絡...いや、命令がありました。そして異動命令が私にありました。」
「どうしてですか? 緋色さんに何かあるんですか?」
エミリが疑問に思って田中へ聞く。
「それが分からないんです。分からないからこそ本阿弥さんをここに連れて来てもらうようにあなたにお願いしたんです。ですがそれも全て無駄になりましたが。」
「マスターはそれでいいんですか?私は... 緋色さんを調べていて... 色々と気になりました」
「恋ですか?」いつもの冗談で田中がエミリに聞く。
「違います! 彼を尾行した時に居酒屋で彼の気になる話を聞きました」
「気になる話?」
「はい。その居酒屋で彼の同僚が偶然居合わせて世間話をしてたんですが... 彼は6年前から仕事を1年間休職していました。彼が言うには復職してから5年以上前の記憶が曖昧みたいなんです。それだけじゃなく復職後、彼が別人のようになったとその同僚の女性が言ってました」
田中が真剣な顔で呟く。
「なるほど... 気になりますねその女性... !?」
エミリの殺気を感じ取り田中はそれ以上喋るのを止めた。
「マスター、どう思いますか?」エミリが真剣な顔で田中に聞く。
マスターはゆっくり人差し指を自分の口にあてた。
「これ以上彼の詮索は止めなさい。あなた迄、管理協会に目を付けられたらどうなるかわかりません。せっかくの異世界への切符が取り消される可能性もありますよ。それが無くても異世界で彼らから監視され続ける可能性もあります。彼の事は忘れなさい」
「...嫌です。私の性格上、途中で投げ出すのは嫌なんです。今までの事を無駄にしたくありません」
考え事をしてるのか田中は暫く黙っていた。
暫くして田中の口から思わぬ言葉が出た。
「わかりました。では彼が来るのを待ちましょう。彼がここにたどり着けたらの話ですが」
「どういう事ですか?」エミリが身を乗り出して田中へ聞き返す。
「その言葉通りです。2度と来ないように私は彼の記憶を消しました。もしかしたら波長が変わってしまっていてここへの入り口が見つからずに来れない可能性があります。エミリさんが一緒に連れてきたなら話は別でしたが...」
別れた場所からここへはそんなに時間が掛かるはずがなく、とっくに到着していてもおかしくない時間だった。
エミリは急いで店の電話を使って彼へ電話を掛けるが発信音だけが空しくなり続ける。
諦めずに何度も電話をするが応答は無かった...
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