第5話
放課後になり、私は真っ先に昇降口に向かった。
昇降口の隅っこで待つこと二分弱。スクールバッグ片手に早坂くんが現れた。
私は、彼が上履きからスニーカーに履き替えるのを確認してから、声を掛ける。
あくまで自然に、さりげなく。
「あ、偶然だね早坂くん」
「‥‥‥そうだな」
早坂くんは私を一瞥すると、そそくさと私の横を通り過ぎていった。
私は額に青筋を立てるが、すぐに感情を殺し早坂くんの隣をキープする。
「あー、もう置いてかないでよ一緒に帰ろ」
「帰る方向同じなのか?」
「早坂くんは電車通学?」
「そうだけど」
「そうなんだっ。私もだよ」
「じゃあ一緒だな‥‥‥あ、そうだ、一ついいか?」
早坂くんは私の目を見ると、蔑むような表情で。
「昨日の告白の返事、取り消させてくれないか。都合いいとは思うんだけど、やっぱり付き合いたい」
「──えっ」
突然の変わりように、私は驚愕する。
なんで、二次元しか興味ないんじゃないの? 気が変わるにしても、早すぎない?
いや、でもやった。やったやったやった!
私は心の中でガッツポーズを決める。やっぱり、私と付き合えるチャンスを無駄にしたくないよね普通!
でも一つ妙なのは、早坂くんの表情だ。
なんだか作業的というか、面倒臭さが前面に押し出されている。
はっきり言って、告白の返事をする人間の顔じゃない。
まぁ、そんなこと考えても仕方ないか。
考えるべきは、早坂くんを振るタイミング。それを間違えると全部が台無しになる。
「別に無理なら、付き合わなくて全然いいんだけど」
「う、ううん。全然大丈夫! 付き合おっ。うん!」
「わかった。じゃあ、‥‥‥よろしく」
「よろしくねっ」
なんだこの男。私と付き合えるというのにテンションが低すぎる。
もはや今が絶望状態じゃないか。そんな顔するなら、私が振った時にしてほしい。
「え、えっとテンション低くない? もしかして体調悪い? 保健室行く?」
「いやそんな事はない。それじゃあ帰ろうか」
早坂くんは小さくため息を吐くと、正門へと歩を進める。
私は今ひとつ釈然としないまま、彼の後を追った。
これまでの経験上、私と付き合った陰キャラはもれなく手を繋ごうとしたり、キスしようとしたりと、童貞丸出しの反応を示してきた。
けど、早坂くんは違う。
全くそういう素振りが見られない。手はポケットに突っ込んでるし、私と若干距離を置いて歩いている。
いや、手も繋ぎたくないしキスもしたくないけど‥‥‥でも、全く関心を持たれないとそれはそれでムカつく!
仕方ない。このままじゃ、振った時の反応も期待できないし、ここは人肌脱いで──
「あ、あのさ早坂くん。‥‥‥手、繋ご?」
「寒いのか?」
はぁ?
せっかく私から誘ったのに、なんだその返しは!
たしかに最近寒くなってきたけど、それが理由で手が繋ぎたいわけじゃないわよ。恋人!一応私たち恋人だよ⁉︎
‥‥‥まぁこの際、寒いが理由でもいっか。
「そ、そうなんだぁー。手が寒くてさ。だから、いいかな?」
「じゃあ、これやるよ」
早坂くんは私と手を繋ぐ──ことはせず、ポケットからホッカイロを取り出すと、それを私に向かって投げてきた。
な、なんで私の手を繋げる権利を捨ててんだ!
なに考えてんのこの男は⁉︎
普通付き合ったら手を繋ぎたくなるもんじゃないの⁉︎ ちゃんと誰かと付き合ったことないから知らないけど!
「ア、アリガトー」
「どういたしまして」
私の棒読みのお礼に、早坂くんは形式的に答えてくる。
どうしよう‥‥‥。
このまま振ったところで、私の期待通りの反応をしてくれるとは思えない。
もっと、私に惚れさせた状態にしないと‥‥‥。あ、そうだ! いいこと考えた。
「ねぇ、早坂くんって二次元の女の子が好きなんだよね?」
「ああ」
「二次元だとどんな子が好きなの? 具体的に教えてくれないかな?」
「どんな子って言っても上手く説明ができないが」
「そのバッグについてるキーホルダーの子とか?」
「ん、あぁまぁそうだな」
「名前はなんて言うの?」
「リリスだ。天之川リリス」
ハーフなのかな? 見た感じ、日本人キャラっぽいけど。
まぁなんでもいいや。
このリリスちゃんが早坂くんの好みのキャラならば、私がそれに合わせればいい。
天之川リリス‥‥‥よし覚えた。あとは、ネットで調べれば、どんなキャラクターか分かるはずだ。
「ごめん、急用思い出したから先に帰るねっ。じゃまた明日ー」
「え? お、おう。じゃあな」
私が急用を理由に駆け出す。絶対、私に惚れさせてやるんだから!
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