異世界で万屋始めます!~魔族で賢者になったら女神な妹が出来ました?!~
PeaXe
序章
第1話 from エピローグ
僕の人生は、波乱万丈の一言に尽きる。
魔王の十三番目の子に生まれ、魔族として育って。
他の魔族と違う特性を持っていた僕は、魔族にも、ヒト族にもなりきれなかったけれど。
世界の果てで、勇者と出会って。
世界を脅かす魔王を倒すため、勇者のパーティに入って。
個性豊かな仲間と、苦楽を共にした。
世界一の親不孝と言われても、勇者を── ユーリを傷付けるなら、親でも敵だ。
僕に名前を付けず、僕を捨てるまで放ったらかしにしていた魔王より、僕に名前を付けてくれたユーリの方が大事なんだから。
だから。
「これで、良いんだよ、ユーリ」
喉をせり上がる不快感を、そのまま外へと垂れ流す。僅かにユーリの顔にかかったそれは、生暖かくて、深い赤色をしていた。
魔族とヒト族でも、こういうところは同じらしい。
「これで、魔王を倒せる。これで良いんだ」
そう言って、僕は笑う。
── ユーリの聖剣に、胸を一突きにされながら。
大聖堂の地下深く。
壁、床、天井。椅子や棚までありとあらゆる物が大理石で出来た空間は、見るも無惨な有り様になっていた。
僕とユーリが戦い、破壊しまくったためである。
それでも天井にはめこまれた光の魔水晶は無事のようで、今も僕達を照らしていた。
あの水晶も壊していれば、ユーリは僕の姿を見ないで済んだのだろうか。
あるいは、僕が彼の顔を見ずに済んだのだろうか。
けれどそれは今更で、ユーリは僕の笑顔を目に焼き付けてしまっている。出来れば口許から溢れる分だけでも拭いたいけれど、魔族としては弱い部類の僕は、既に体力の限界だった。
だから、せめて笑うのだ。
「聖剣で、僕が倒されれば。僕の『特性』が魔王に渡る事は無い……これで良かったんだ、ユーリ」
「っ、そんなわけ無いだろう?! どうしてこうなって……何で、こんな事に……っ」
「魔族は……たとえ、魔王の子でも。祖たる魔王の命令には逆らえない……分かっていた事でしょ?」
ぼろぼろと大粒の雫を溢れさせたユーリに手を伸ばすけれど、手は上がる事無く震えるだけだった。
聖剣。
屈強な魔族が苦手とする聖属性の力が込められた、ヒト族の最後の希望。
魔王城へ向かっていた僕達は、伝説の秘薬を求めてここへ来た。
しかし、そこにあったのは大きな鏡だけ。それも周りの白さから完全に浮いた、禍々しい装飾の施された悪趣味としか言い様の無い鏡だ。
どういう事かと勘ぐる前に、鏡に僕とそっくりな容姿の魔王が映し出され──
『勇者を殺せ』
笑みを浮かべてそう告げると、鏡ごと粉々に割れた。
魔王を祖とする魔族は、魔王には逆らえない。それは本能であり、習性であり、呪いである。
あの言葉が聞こえた瞬間、思考に靄がかかったように何も考えられなくなった。
そして── 僕は、初めて、勇者と敵対したのだ。
思考は朦朧としながら、何が起きていたかは分かっていた。
これでも魔王の息子だし、魔法適正だけは高い。けど、他の魔族と混同視されたくなくて熟練度を上げておらず、他の魔族に比べて攻撃力は低かった。たとえ、固い石材を容易く塵に出来たとしても。
炎が。
水が。
ありとあらゆる自然現象が。
回復魔法用の攻撃補正なんて皆無な杖から放たれる。
ユーリも、聖剣で僕の魔法をいなし、切り裂き、あるいは受ける。
豊富な魔力が底を尽き、豊富な生命力までもを使いだした僕は、そこでようやく、魔王の真の目的に気が付いた。
死んだ魔族は、その代で培った力を魔王に還元する。
眷属が死ねば死ぬほど、勇者には不利になっていくのだ。
例外の無いそのシステムに囚われるのは、かなりまずい状況だった。
僕の、他の魔族と違う特性。
それは、聖属性への耐性と適性がある事。
普通の魔族は、邪属性の塊である『破壊の因子』のせいで、聖属性である回復魔法や、光の魔法の一部が扱えない。適性が無いからだ。また耐性も無く、聖水をかければ倒せる魔族もいる。
これは魔王も例外ではない。
僕が死んで、その魂が、その力が取り込まれれてしまうと、聖剣が魔王に効かなくなる可能性が浮上してしまう。
だから。
「ユーリ……遅かれ早かれ、こうなったよ」
「っでも!!」
「ユーリと……勇者と共に、魔王を倒すなら、この可能性がある事くらい……分かってた。だから、せめて、君に……ユーリの手にかけられたかった」
「……!」
最後。
あくまで瀕死に追い込むだけにしようとしていたユーリに、自ら飛び込んだのは僕だ。
僕の、意思なんだ。
明確な言葉にはせずとも、ユーリはそれを察して閉口した。
ひどく、青ざめた顔をしている。
「聖剣は、こちらが望めば魂をも破壊して、魔王に力を還元出来ないようにしてくれる……それを、利用させてもらったんだ」
「だからって、こんな」
「魔王に操られたままじゃ、出来なかった。だから最後に、身体の主導権が戻った瞬間、自分から刺されに行ったんだ」
ごめんね、と謝ればユーリは更にぼろぼろと雫を溢れさせる。
目が溶けそうなほど泣いていて、やっぱり拭ってあげたくても、震える事すら出来なくなりつつある腕はやはり上がらない。
今なお胸に刺さる聖剣は、着実に僕の魂を壊しているのだろう。肉体の損傷に対して、体力と気力が削れるのが早い。
魔族の頑強さは、こんなひょろっちい僕でも大人に負けないほどなのに。
「ねぇ、ユーリ」
「……何だよ」
視界も霞んできて、色くらいしか判別出来ない。
ユーリの甘い桃色がかった金髪も。新緑色の瞳も見えなくなってきている。それでも、何とか視線を合わせて、僕は笑った。
「僕の名前を、呼んで?」
嗚咽が、一瞬だけ止む。
僕の名前はユーリがくれたものだ。
ユーリがくれた、僕だけのもの。
僕だけの、大切で大事な宝物。
この世界に生まれる前、ユーリは違う世界にいたらしい。その世界の話をよくしては、いつか僕に見せたいのだと笑っていた。
ああ、そうか。それも出来なくなるんだ。
僕の名前は、ユーリの魂の故郷に由来するものらしく、懐かしそうに目を潤ませていたのをよく覚えている。
不思議な事に、僕以外の誰にも教えた事が無いのだという秘密だ。
特別な響きを持つその名前に、ユーリが、どんな意味を込めたのか。それは分からないけれど、呼ぶ度にユーリは笑顔になったし、呼ばれる度に僕も笑顔になった。
だから、最期も呼んでほしかったんだ。
聖剣で破壊された魂は、神にも嫌われたと見なされ、再生は叶わない。
だから、本当にこれが最後。
「……ユーリ、おね、がい」
「…………ッ」
いよいよ意識が消えかけている。
刺された痛みも、傷の熱さも、血を失った故の寒さももうとっくの昔に消えた。
いつだったかな、ユーリが教えてくれた、死ぬ間際に最後まで残るのは聴覚だ、っていうのは本当なんだね。
握ってくれる手の温かさも、もう、感じられないんだ。
ユーリに名前を呼ばれるのが好きだった。
この世界ではめったに無い響きは、どこにいても聞こえるから。
楽しそうに、嬉しそうに呼んでくれるのが好きで。
呼ばれる度に、胸の辺りが温かくなって、視界の彩度が上がるんだ。
だから。
だから、ユーリ。
お願い。
「── ……ごめん、千尋……ありがとう」
「──……」
ねぇ、ユーリ。
僕は今、笑顔でいられてるかな?
こんなに嬉しいんだもの。
最後の表情くらい、えがお、で──
目を覚ますと、そこに女神様がいました。
「助けてくださいお兄様!!」
「何て???」
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