第8話 僕が僕であるために-8
千津子は、躊躇いながら訊ねた。
―――キノウ、ケンカシマセンデシタカ?
「したよ」
大島はあっけなく答えた。
「どうして知ってるの?あ、もしかしたら、知り合いだったの?悪いことしたね」
―――ワルイコトッテワカッテルノニ、ドウシテ、ケンカシタンデスカ?
「それはね……、ん……、どういえばわかってもらえるかな。話が長くなるかもしれないけど」
―――カマイマセン。オシエテクダサイ。
「何てかな、手っとり早く言うと、生活のため」
「エっ?」
「おれは、雇われ屋なんだ」
「ヤトワレ屋?」
「そう雇われて、ケンカの代理をするのが、商売でね」
淡々と答える仙貴に千津子は言葉を失いかけた。
「でも、……どうして」
「おれは、独りで生きてるから、食うためにゃ稼がなきゃなんない。中坊が働けるトコなんてない、まして身寄りだってないんだから」
「家は?家族はいないの?」
「両親はとっくに死んじまった。おれがまだ小さい頃だ。妹と孤児院に入れられたけど、別々にもらわれて、ばらばらさ」
「どこにいるの?」
「探してる」
「えっ?」
「今こうやって放浪しながら探してるんだ。だから、独り」
「でも、学校も行かないで、家もなしで……」
「いいんだ。こうしてるのも結構楽しいし」
「人を殴るのが楽しいんですか?」
「……金のためなんだ」
「お金のためだったら、人を殴ってもいいんですか。入院までさせて、もし、死んじゃったら……」
「ごめん、悪かった。あんたの友達、彼氏かな、とは知らなかったんだ。でも、手加減はしたし」
「手加減して、入院までさせるんですか?」
「そう」
「えっ?」
「じゃなきゃ、殺してる」
「……」
「あいにく、おれも修羅場を越えてるんでね」
「そんな…そんなにしてまで、お金が欲しいんですか?」
「そうだ」
「どうして?」
「妹と暮らすためだ」
「えっ?」
「妹を引き取って一緒に暮らしたいと思ってる」
「………そんな…」
「おれたちは、ガキだったから大人のいいように振り回されてばらばらにされた。おれは、もらいっ子で、結構、いじめられたさ、大人からも周りの子供からも。妹だって、幸せだったとは思っていない。きっと、辛いこともあったに違いない。おれももうすぐ中学卒業だ。そうすりゃ、働ける、金だって稼げる。きっと、妹を引き取ってやる。その時のために金が要るんだ」
「でも、そんなにお金が必要なの」
「妹は心臓に持病があったんだ。今も元気かどうかも心配でね。もし、悪かったら…」
「でも、妹さんが、元気で、今の家族と幸せに暮らしてたら」
「それなら、それでもいい。そのまま暮らしてくれれば」」
「じゃあ、ケガして病院送りになった人たちは一体どうなるの」
「…そうだな、そうかもしれない」
「今も病院で苦しんでいるのよ。その人たちは一体何だったの」
「……金が要るんだよ」
「そんなの、そんなのおかしい。お金のために、…そんな、大島さん、間違ってる!!」
絶叫にも近い訴えの前に、大島は口を噤んだ。千津子は泣いていた。大島の言うことは理解できた。それでも、大島を肯定できなかった。それは、千津子の正義感がそうさせたわけではなく、ヒーローがヒーローでなかったことが悔しかっただけだったかもしれなかった。
「……おかしいよ」
千津子はそう言いながら、大島に背を向けた。両手で涙の溢れる顔を覆いながら、学校へ歩を向けた。
大島は追うこともせず、じっと遠くの城跡の森を見ていた。
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