第2話 聖女フェリス

「私が…聖女?」


 フェリスは我が耳を疑った。


 数年前に両親を事故で亡くし、今は祖父母の家で生活している。得意な事はと言えば、祖父に教わったパンを焼く事くらいしかない。


 …そんな私が、聖女⁉︎


「す、少し待ってください」


 フェリスは夜分遅くに訪れた聖教会の使者に、困惑の眼差しを向ける。


「聖女とは、どの聖女でしょうか?」


「我々の言う聖女は『聖女』以外にありませぬ」


「ではまさか、魔女が復活したのですか?」


 フェリスの問いに、使者はただ無言を貫いた。


「ま、待ってください! 私はパンを焼く以外に能のない女です。魔女と戦うなんて、とても…」


「それは問題ありません」


 使者の重く鋭い声が、狼狽えるフェリスの言葉を途中で遮る。


「聖剣が、魔女の邪悪な力から、御身を護ってくださいます。貴女はただ、魔女に向けて聖剣を振るえば良いだけです」


「ですが…」


「それに、年老いた祖父母のお二人を、楽にして差し上げる事が出来るのですよ?」


 使者のそのひと言に、フェリスはハッとした表情を浮かべた。


 そうなのだ。


 聖女が魔女を倒して勇者となった暁には、余生を家族と共に保障される。聖教会のお膝下、ロマール湖の中心に浮かぶ聖都で、一生を何不自由なく過ごせるのだ。


「フェリスや、ワシらは今以上の生活など望んでおらん。危ない事は止めておくれ」


 そのとき後方から響いた声に、フェリスは驚いて振り返る。そこには居間から顔を覗かせた、年老いた夫婦が立っていた。


 二人の姿を視界に収め、フェリスは澄んだ瞳で決意する。


「ううん、おじいちゃん、私やるよ。これは私にしか、出来ない事だから」


 そのとき魅せた彼女の表情は、まさに聖女と呼ぶに相応しい笑顔だった。

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