肆ノ妙 足踏みステップ
――右足を半歩前、左足を続いて半歩前……。
棗は頭の中で手順を整理するように唱える。
右足中心に半回転、半回転の一回転……。
――ん?ちょっと違ったか?
右後ろ、左後ろ、右後ろ、左右足の前……。
棗は自宅の自室で、あるステップの練習をしていた。
もちろん、学校での演劇で必要なわけでもなく、突如、ダンスに目覚めたわけでもない。彼女があの路地に入っていく前に必ず行う、謎めいた足さばきをマスターするためだ。
棗が一つのことにこれだけ懸命になったのは久方ぶりである。
基本、ほどほどに日々をすごしたいと思っているのに、どうも調子を乱される。
いつもなら、面倒事には手を出さない棗であったが、ここまで奇妙なことが続くと、納得できるところまでやらなければ、気が済まなくなってきている。
半ば、意地になっているのかもしれない。
棗が目覚めたのは病院のベットの上だった。
あの後、どうやら道端に倒れていたらしく、ちょっとしたお騒がせ者となったようだ。
それでも、次の日には熱も下がり、体調も良くなっていた。
神社の石段が棗の思い出せる最後の記憶だった。
後日、あの路地に行ってみたが、懐かしく温かみのある情景も、木々が
代わりにあるのは、整然と立ち並ぶ閑静な住宅街。
ただ、棗も、昨日、今日、ここに引っ越してきたわけではない。
よくよく考えてみれば、さほど大きくはないといえ、山があれば遠くからでも見えるだろうし、大体、地図にすら載っていない。
意識が
一つだけ確かなことは、彼女が、この場所で姿を消すということだ。
棗は、先回りしてこの路地を重点的に見張るようにした。
問題の路地はといえば、何度行っても家々が立ち並ぶ住宅地で、二度と鳥居のあるあの山の風景を見ることはできなかった。
ただ、度重なる観察で分かったことは、彼女が路地に入る――何処かへ消えていく?――前には、必ず、妙な足踏みをするということだ。
棗は、この足踏みのことを、足踏みステップと勝手に名付けることにした。
彼女が足踏みステップを踏むところをスマートフォンで録画し、そのステップに何かしら秘密がないか確かめてみることにした。
――ますます、犯罪色が濃くなってないかぁ。
棗は少し
要は盗撮だ。
録画した動画の彼女は、例の路地に自然体で立つと、両手の指を複雑に絡めて手印を結ぶ。
長い黒髪が柔らかな風を受けて、緩やかになびいている。
彼女は軽く息を吸うと、何らかの呪文を唱え始める。
リーン、チリーン。
鈴の音が響き渡る。
彼女は、手印を解くと、ゆったりと舞を舞うような所作で、何かしらの文様を地に
右足を半歩前、左足を続いて半歩前、右前、左を右足の後ろ、右足中心に半回転。
彼女の歩に呼応して、スカートの裾がひらりと
凛とした
半回転の一回転、右後ろ、左後ろ、右後ろ、左右足の前……。
彼女の髪がふわりとはためく。
彼女が一連の
そして、彼女は路地へと消えていくのだった。
リーン、チリーン。
リーン……。
ちなみに、木田にも記録した動画を見せてみた。
「映像がぼやけてて、何が写ってるのかよくわからないなぁー」
木田は、半ば想像通りとも言える発言を返してきた。
棗が見る限り動画の映像は鮮明で、ピントもしっかり合っている。
棗はネット検索を利用して、同じようなステップを踏んでいる動画がないかを、調べてみることにした。
まずは、検索ワードを「ステップ」として検索を試みる。
すると、同名の会社、小説、商品などがヒットし、ステップを踏むことすらしない映像ばりだった。
続いて、「ステップ 足踏み」で検索すると、ステップを踏んでいる映像があるにはあるが、「健康のためのステップ体操」というような動画ばかりだった。
ちなみに、棗は気晴らしのために、このステップ体操もマスターしていた。
次は、「ステップ 足踏み おまじない」としてみる。
検索結果としては、代わり映えしないものだったが、注意深くチェックしていくと「家内安全 鬼門封じ」という動画にたどり着いた。
そのサイトから、関連する怪しげなサイト――棗はそう思うのだが――をいくつか確認するうちに、ある神社の舞台で舞う巫女の動画を発見する。
棗は動画を見た瞬間から強く
足運びといい、身のこなしといい、その
――きっと、ここに何かある。
棗はさらに関連する内容がないか、すみずみまで調べ上げる。
「舞」「神楽」「神社」「陰陽道」次々にキーワード打ち込み検索する。
結果分かったことは、彼女の行う足さばきは、陰陽師などが邪気を払うために行う独特の足さばき――
とにかく、実際に足踏みステップを踏んでみることで、何かが起きるのか?起きないのか?まずは、そこから試してみることにした。
棗は、スマートフォンの動画を
スロー再生ができないのが辛いが、何度も繰り返し見ることによって、何とか一通りの手順だけは覚えることができた。
後は、繰り返し練習することによって彼女のようにテンポを乱さずステップが踏めればいい。
右足を半歩前、左足を続いて半歩前、右前、左を右足の後ろ……。
右足中心に半回転、半回転の一回転……。
右後ろ、左後ろ、右後ろ、ドテッ。
「痛ぅー」
足が絡まって転倒。
練習すること数十回、徐々に淀みない動きが出来るようになってきた。
右足を半歩前、左足を続いて半歩前、右前、左を右足の後ろ、右足中心に半回転、半回転の一回転、右後ろ、左後ろ、右後ろ、左右足の前……。
いつの間にか、時の経つのも忘れて夢中になってステップを踏んでいた。
夢中と言うよりは、無心と言ったほうが言い得ているかもしれない。
ふと、宙に浮いているかのような錯覚を感じるほどに体が軽くなる。
周りの喧騒などは消え失せ、様々な頭に渦巻く物事――雑念とでも言うのだろうか――が意識の末端に押し出される。
五感が光となって一点に集中し、強烈な光を放つ。
感覚が研ぎ澄まされ、棗以外の時間の流れが
次の瞬間、空間に
目の前の部屋の風景が、一瞬、ぐにゃっと
「んんっ!!」
異様な現象を目の当たりにし、驚愕のあまり足が止まる。
腰を落として座り込み、しばらくの間唖然となる。
――今のは、何だ?
――これも幻覚なのか?
棗は頭の中を整理しようとしたが、この理解不明な現象を整理することなど、到底出来るわけがないことに気付くだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます