【黒鉄孝之、浅尾真綾(2)】
ふかふかとやわらかい腐葉土の上を歩きながら、孝之はふと、きのうの旅館裏のブナ
付き合い始めて日の浅いふたりが手を繋いだのは、あれで何度目であったろう。孝之は奥手という訳ではないが、かといって、大勢の異性と交際してきた訳でもない。ただ、真綾とは真剣に、結婚も考えた交際をしたかった。
自分でもよくわからないが、運命を感じていた。事故の時に助けられたからではなく、何か見えない力でふたりは引き寄せられた──そう孝之は感じていたのだ。
もちろん真綾には話していないし、話したところで、不気味がられるか笑われるだけであろう。だが、今の真綾からは、その時に感じられた運命的な直感が揺らいでしまう。
そう考え事をしながら、孝之は何気に近くの灰白色の幹に手を添えて立ち止まる。
風が吹き、頭上ではブナの林冠がざわつき始め、その音で我に返った孝之は川を探して周囲を見渡すが、どこを見ても草木しか目に入らない。とても近くに飲み水があるとは思えなかった。
手に付いた
「真綾? どうかしたのか?」
「藤木さん、死んだわ」
「えっ!? なんだって!?」
藤木に近寄り手首を掴む。
首筋にも触れてみるが、脈や息はまったく無く、確かに藤木は死んでいた。
「孝之が居無くなってすぐに息が止まって、動かなくなったの」
「…………そうか」
なんとも表現し難い感情が、孝之の中でグルグルと渦巻いて大きくなっていく。
真綾はただ、そんな孝之のうしろ姿を静かに見つめ続けていた。
*
森の中では、藤木の
「優しいのね」
真綾の言葉に孝之は何も答えずに立ち上がる。そして今度は、孝之が黙々と先へと歩き始めた。
もちろん、森を抜ける出口など知りもしないが、それでも、今の孝之はじっとしていることが出来なかったのだ。
「ねえ、孝之……孝之ったら!」
無言で前へ進み続ける孝之に痺れを切らした真綾は、手を強く引っ張り制止する。その時、孝之は何か違和感を覚えたが、それを深く考えずに引っ張られるまま振り返った。
──ぴとっ。
不意打ちの人差し指が、孝之の頬に食い込む。
「へい! ばーか、ばーかぁ!」
真綾は笑いながら孝之を追い越して走って逃げる。我に返った孝之も「待てよ!」と叫んで走って後を追いかけた。
真綾は時折振り返っては、幼い少女のような笑顔で孝之を挑発する。自然と孝之の顔にも笑顔がこぼれていた。
「こっちだよー! 鬼さんこちら、お尻のほうへ!」
「なんだよそれ? おい、真綾……危ない!」
追いつかれそうになった真綾がつまずいて転びそうになったので、孝之はとっさに真綾の手を掴んで抱き寄せる。
(そうだ……硬いんだ……)
先ほどの違和感の答えは、真綾の手にあった。きのうは軟らかかった真綾の手のひらは、すっかり
「どうしたの孝之?」
気がつくと、真綾を抱き寄せて顔を近づけたままでいた。
「あっ、ごめん!」
慌てて離れようとする孝之に、真綾はさらに強く抱きつく。
「いいよ、別に。ねえ……孝之」
「な……なんだよ?」
戸惑う孝之に顔を近づけて、真綾が艶やかに囁く。そんな真綾に見つめられながら抱きつかれていると、孝之はなんだか自分が蛇に捕まった獲物のような錯覚に陥った。
「キスしようよ」
一瞬だけ躊躇われたが、真綾に誘われるまま、孝之はゆっくりと目を閉じて唇を重ねた。
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