第34話 建国
「どうです!此処こそ神様の住処に、正に相応しい場所と言えましょう!」
妖精の長が唾を飛ばし大声で叫ぶ。
その手の先には広大な空間が広がっていた。
「どうぞ此処にお住み下さい!」
「うん、いや広すぎ」
今俺は世界樹の中に居る。
世界樹は山の様に巨大で、樹でありながら中は階層がいくつも分かれており、通路やドーム状の空間が無数に存在していた。
俺はその内の一つへと案内されてきた訳だが……
部屋として紹介されたその場所は、入り口から奥まで軽く数百メートルはあった。
上を見上げると、天井も確実に50メートル近くある。
ざっと見た感じ、東京ドーム位のサイズだ。
そこを個人の部屋として使えとか、落ち着かないにも程があるわ。
「もうちょっと……ていうか、この百分の一位で頼む」
「ええ!?そんな狭い場所に神様を押し込めるだなんて!!」
「この広さだと、便所行くのにも一苦労しそうだ。勘弁してくれ」
「そうですか……分かりました。ではこちらに」
長は渋々と言った感じで、別の場所へと誘導する。
俺はその後について行った。
いや、正確には付いて行くではなく。
立っていたが正解だが。
足元の樹が勝手に動いて俺を連れて行ってくれる。
天然のムービングウォークと言った所だろう。
どうも世界樹には意思があるらしく。
妖精達が頼めばこういった床移動や、階層間の上下移動にも対応してくれる様だった。
それ以外にも糞尿やゴミを分解したり、水を水道の様に出してくれるので、ちょっとしたマンション気分に浸れる構造になっている。
タラン村での田舎暮らしがまるで嘘の様だ。
「出来れば、タラン村の皆の近くで頼むよ」
俺は更に注文を付け加えた。
世界樹にはタラン村の皆も移住してきている。
――理由は例の一件のせいだ。
あの駐屯地には出来る限り穏便に済ますつもりで出向いたのだが、結果的に司令官を殺め、建物類もエルフ達の魔法攻撃で吹き飛ばされまくっている。
他に死人が出ていないとはいえ、国との間にごたごたが起きるのは目に見えていた。
最悪、俺にはこの国を出るという選択肢もあったが、村の皆はそうもいかない。
巻き込んでおいて何の対策も無しに村に戻せば、捕縛され酷い目に合わされるのは目に見えている。
だから世界樹に引っ越して貰ったのだ。
長が言うには、世界樹には高い防御機能が備わっていて人間の軍隊が来ても大丈夫らしい。
「そういや、なんで長は掴まったんだ?」
人間の軍隊が来ても大丈夫と豪語している割に、長達があっさり掴まっていた事を思い出して俺は尋ねた。
これはちゃんと確認しておかないと。
世界樹の防御機能が
「ああ。それは――」
長の話を聞いて、眩暈がして来た。
やって来た軍人どもに無警戒で近寄って掴まるとか。
それも世界樹の自慢をする為に、長が率先して向かって。
やはりこいつらは真正のアホだ。
「私とした事が、油断しておりました」
明かに油断の域を遥かに超えている。
こいつ等、今までよく人間に掴まったりせずやって来れたものだ。
「さ、ここです」
長が入口の所で止まり、中へと手を向ける。
どれどれと中を覗くと、これまた広い空間が広がっていた。
確かに先程の物よりかは狭いが、それでも立派な庭付き一戸建てが余裕で立つ広さだ。
「もうちょい狭いの無い?」
「これ以上の妥協はできません!神様には此処に住んで頂きます!!」
今度は梃でも動かない気のつもりだ。
入口の辺りにしがみ付き、首を振っていやいやしている。
お前は子供か?
相手にするのもめんどくさいし。
此方が妥協するとしよう。
「わかったよ。それで、村の皆やエルフ達はどの辺りに居るんだ?」
「この下の階層に大きめの空洞がいくつかあって、下僕共はそこで簡易キャンプの様な物を用意しています」
彼らは下僕ではない。
だが妖精には言っても無駄なので、適当に流しておく。
「ああ、そうなんだ」
しかし集団生活か……
スペースに空きがある様なら、俺もそこに混ぜて貰うとしよう。
こんな無駄に広いスペースで一人暮らしとか、堪ったもんじゃないからな。
「じゃあ皆の所に連れて行ってくれ」
「分かりました」
長が何か聞き取れない言葉を壁に向かって呟くと、光の柱の様な物が突然現れる。
これがこの世界樹の中を上下移動する為のエレベーターだ。
まあ正確には、転移装置と言った方が正解だが。
俺はその光の柱の中へと足を踏み入れる。
長が「では移動します」というと、光の幕が消え、タラン村の面々の姿が目に飛び込んで来た。
移動は一瞬だ。
「お兄ちゃん!ここ凄いよ!」
俺を見つけたサラが此方に駆け寄ってきて、興奮してぴょんぴょん飛び跳ねた。
「ほらあそこ見て!畑とか作れるんだよ!」
サラの指さす方を見ると、広範囲が囲いに囲われていた。
中には土が敷き詰められている。
自給自足様に用意されたスペースなのだろう。
「しかし不思議ですね。土もそうですけど。木の中だっていうのに、外と変わらない明るさなんですから。流石世界樹と言ったらいいんでしょうか」
此方へとやって来たカイルがサラに並ぶ。
「生活できそうですか?」
「ええ、ここなら十分やって行けそうです。魔物や肉食の獣の心配をしなくて言い分、此方の方が暮らしやすいぐらいですよ」
カイルは明るく笑う。
だが古巣を追い出されて、全く気にしていない訳がない。
それでも明るく振る舞うのは、俺に気を使ってくれているのだろう。
「すいません、俺のせいで」
俺は頭を下げた。
幾ら生活できるからと言っても、こんなよく分からない場所に引っ越しする事になったのは俺のせいだ。
彼らから故郷を奪う事になってしまった事を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「気にしないでください」
「けど、俺のせいで故郷を……」
「あの村はもうどっちにしろ駄目でした。勇人さんが手伝ってくれたから何とか冬は越えられそうでしたが、どちらにせよたった十三人じゃ村の維持なんて出来っこありませんから。遅かれ早かれ、村を捨ててどこかに移住する必要があったんです。だから本当に気にしないでください」
例えそうだったとしても、国まで敵に回してしまう最悪な状況を作ったのは俺だ。
やはりちゃんと謝らないと気が済まない。
「でも……」
「お兄ちゃんはあたしを助けてくれたじゃない!」
「そうそう。綺麗なエルフのおねぇさん方と知り合えたのは、あんたのお陰だしな」
いつの間にかライリーが傍にやって来ていた。
いや、彼だけじゃない。
村の皆が俺を取り囲む。
「あなたのお陰で、風邪を拗らせず元気な赤ちゃんを産む事が出来たのよ」
「冬だってのに快適に過ごせてる」
「大体国の奴らは横暴なんだよ。税を回収に来る役人どもも、態度がでかくて俺は昔っから気に入らなかったんだ」
「結局ミノタウロスの事だって、あんたが来てくれなきゃ国は放ったらかしだったろうし。あたしゃあんなのが近くにいたんじゃ、枕を高くして眠れたもんじゃないよ」
「あんたが来てくれて本当に良かったって、みんな思ってるよ」
皆誰も俺を責めず、口々に気にするなと言ってくれる。
本当に善い人達だ。
俺がこの世界に来て、最初に出会えたのが彼等で本当に良かった。
「ありがとう。皆。俺、絶対皆の事を守ってみせるよ」
「微力ながら、我々もお手伝いいたしますわ」
気づくと、いつの間にか現れたマーサさんが俺にしな垂れかかってくる。
一体どこから現れたんだこの人?
よく見ると他のエルフ達も集まって来ていた。
「すまない。頼むよ」
世界樹がいくら堅牢だろうと、国が本気で動き出せば守り切れる保証なんてない。
だから彼らの助力が得られるのは、大変ありがたかった。
「では!」
突然長が上を向いて声を張り上げる。
釣られて上を見ると、きらきらと輝く妖精達がひらひらと下りて来て、俺の頭上での舞い踊りだす。
それはとても幻想的な光景だった。
「神様から、建国の一言を頂きます!」
「へ?……建国?」
いきなり訳の分からない言葉をかけられ、脳がフリーズした。
そして困惑する俺の事などお構いなしに、周囲から拍手が巻き起こる。
ゆっくりと視線を辺りに這わせると、皆笑顔で手を叩いていた。
俺の方を見ながら。
「え?建国?え?」
「そうです!神様の支配する、神聖勇人神国です!さあ神様!有難い一言をどうぞ!」
何ちゅうネーミングだ。
幾らなんでもその名前は無いだろう。
いや、そんな事よりも――
「き……」
「「「き?」」」
皆が拍手を止め、固唾を飲んで俺の言葉に聞き入る。
「きいてねぇ!!!!!!」
こうして俺は建国の王に祭り上げられる。
やがてそれは世界を震撼させる大きな流れとなるのだが、今の俺はそれを知る由も無かった。
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