第32話 脱出

「いっつぅ……」


目を開くと、見知らぬ天井だった。

何処だここはと思いながら体を起こそうとすると、肩、太もも、頭に強い痛みが走る。


――その痛みで、自分のおかれた状況を思い出す。


「くそ……あの糞女め……」


頭がズキンズキンして吐き気までする。

左手で頭を押さえると、包帯が巻いてあった。

どうやら最低限の手当はしてくれている様だ。


「ん?何だこれ?」


左腕に腕輪が付けられている事に気づく。

見た事のない物だ。

腕輪は鈍い銀色をしていて、不思議な文様が所狭しと彫り込まれていた。


「いったい……どうやって付けたんだ?」


腕にきっちりと嵌められているそれに継ぎ目は見当たらず、手で触って確認しても開閉部分が分からない。


「それは魔法封じの腕輪だよ」


急に声をかけられ、痛む頭を押さえて視線を声のした方へと向ける。

そこには困り顔のチョビーが立っていた。


「君が魔法で暴れられない様に、ユーリ様からその腕輪を付ける様命じられてしまってね。悪いけど、気絶している間に付けさせて貰ったよ」


魔法を封じる腕輪……不味いなそりゃ。

魔法が使えなきゃ、俺なんて只の一般人だ。

何も出来やしない。


「しかし不味い事に成った。言いにくいんだが、君の立場はかなり際どい感じだよ。ユーリ様の言葉を信じるなら……だがね」


チョビーの反応で分かる。

どうやら俺をペイレス帝国のスパイとして、周りには伝えている様だ。

本当にふざけた女だ。


「どう見ても、間諜や工作員には見えないんだけどねぇ……」


「俺は只の、ピリエルからの密入国者です。確かにあの大きな木は俺が植えた物ですけど、貴族の家で盗んだ物を使ったらああなっただけです。この国への攻撃の意図なんてありません。信じてください」


このままでは、下手をすれば言い分がまるで通らず処刑されてしまいかねない。

少しでも真面な人間に仲介を頼まなければ……


「君の言葉を信じたいのは山々なんだが、彼女の命令は絶対なんだ。スマンが許してくれ」


そう言うとチョビーは俺に頭を下げた。


まあ仕方ないだろう。

軍人と言ったって人間だ。

あの女なら、逆らった人間を冗談抜きで闇に葬りかねない。

そういうヤバさを、俺は身をもって味わわされている。


「君の捕縛は本国には既に報告済みだ。身柄は、一両日中に引き渡す事に成る」


「村の皆は、どうなるんです?」


「彼らは君がスパイである事を知らなかった。だから直解放されるさ」


ユーリは村人も処刑されると言っていたが、解放されると聞いて安堵する。

どうやら只のハッタリだった様だ……


「あれ?怪我してません?」


よく見ると、チョビーの腕や足に包帯が巻かれている事に気づく。


「ああ、これかい?うちの女王様がちょっとご機嫌斜めだったみたいでね、八つ当たりされただけさ」


チョビーは力なく笑う。


だが俺は気づいた。

村の皆の事で、彼が頑張ってくれたのだと。

出なければ、俺を捕らえて上機嫌だったあの女が突然不機嫌になる筈がない。


「……ありがとうございます」


「別に礼を言われる様な事はしていないよ。私は当たり前の事をしただけだ。本当なら、君の事も何とかすべきなんだろうが」


「俺なら大丈夫です。スパイじゃありませんから。引き渡された先で、無罪潔白を主張します。ってまあ密入国者だから、潔白って事はないかもしれませんが」


俺は軽くお道化て見せた。

だがチョビーの表情は暗い。


まだ何かあるのだろうか?


「それなんだが……もし君がスパイでなくとも、恐らく証拠を捏造される可能性が高い」


「えぇっ!?」


「断言できる訳じゃないが、彼女は平気でそういう事をやってしまう人間だ……」


マジか。

本当にやりたい放題だな、あの女。


「残念ながら、私の力では君に何もしてやれそうにもない。本当にすまない」


「謝らないでください。俺なら大丈夫ですから」


再度頭を下げるチョビーに、俺は笑顔を向ける。

別に死ぬ覚悟が出来ている訳では無い。

単純にいつでも逃げられるからこその余裕だ。


腕輪で魔法を封じているとチョビーは言ったが、一応確認の為、会話の最中試しに回復魔法を使ってみたのだ。

結果問題なく魔法は発動し、俺の怪我は全快している。


つまり、この腕輪があっても俺は問題なく魔法が使えるという訳だ。


何故腕輪が機能していないのかは分からないが、タイミングをきちんと見計らえばこれなら問題なく脱出できるだろう。

何せ相手はもう、俺が魔法を使えないと思い込んでいる訳だからな。


後はどのタイミングでずらかるか、だ。

取り敢えず村の人間が解放されるのをまって……ん?


突然チョビーが両手を上げる。

まるで降参のポーズの様だ。


俺がそれを訝しげに眺めていると――


「勇人さん。助けに来ました」


この声は……ルーリだ。

間違いない。

姿が見えないのは、俺のかけた透明化の魔法がまだ持続しているからだろう。


「このちょび髭、さっさと始末するのです!」


どうやらリピアホもいる様だ。

リピの言葉にチョビーが顔を引きつらせ、懇願する様に此方を見てくる。


「リピ、あんま物騒な事言うな」


「えぇ!?でも神様に無礼を働いたこいつらは、さっさと滅びるべきですよ!」


別にチョビーに無礼を働かれた覚えはない。

寧ろ、頑張って気を使ってくれた方だ。


「その人は敵じゃないよ。危害を加えたらデコピンで吹っ飛ばすぞ」


「神様!それは酷いです!折角助けに来たのに!!」


気持ちは有難いが、タイミングが悪すぎる。

今俺が逃げ出したら、タラン村の人達の立場が危うくなってしまう。


「いいから、お前らは帰れ」


「な、何でですか!?」


「このままだと、タラン村の皆がやばくなるからだ。ここの指揮官はやばい女だからな。俺が逃げたら、皆がどんな目に合わされる事か」


「それでしたら問題ありません。村の皆さんと、捕らえられていた妖精達も一緒に脱出しますから」


「え!?」


どういう事?

どうやってあの人数をここから脱出させるって言うんだ?


そんな俺の疑問を吹き飛ばすかの様な轟音があたりに響き響き、地面が揺れる。


「爆発音!?」


一発だけではない。

それは断続的に続く。


「動き出したようです。急ぎましょう」


「ちょっ、ちょとまて!?一体何が?」


あて身を喰らわされたのか、チョビーはその場に崩れ落ちる。

そして慌てふためく俺の体が引っ張られた。


「エルフの皆が、ここを魔法で攻撃しているんです。今のうちに脱出を」


「エルフが!?何でここに!!」


「潜入前に、皆に魔法で報告してたんです」


話を聞いて、急いで加勢に来てくれたという事か。

里から結構な距離があったってのに、よくこの短時間で駆けて付けてくれたもんだ。


「さ、行きましょう」


ルーリが俺の手を強く引き、外に飛び出した。

そこら中から煙が上がり。

辺りでは兵士達が慌てふためき、逃げ惑っていた。


エルフすげぇ。

ていうか、大丈夫かこれ?

俺達の所にも魔法飛んで来るんじゃ?


「魔力で私達の位置は把握していますから、私達には当たりません。急ぎましょう」


及び腰の俺をルーリが力いっぱい引っ張る。

彼女の言う通り、魔法は俺達の付近には飛んで来ていない。

混乱する兵士達の間を、俺は彼女に手を引かれて素早く抜けていく。


これなら問題なく脱出できる。

そう思った。


――だが、世の中そう甘くは無かった様だ。


「どこへ行くつもりだい?」


今この世で最も会いたくない女が、俺達の前に立ちはだかる。

ユーリだ。

彼女は俺を見て、楽し気にニヤリと口元を歪める。


気は進まないが、どうやらやるしかない様だ。

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