第31話 失敗

「ふぅん。貴方が神様ね……」


「いやいや、神様なんて居ませんよ。妖精達が勝手に言ってるだけです」


「どうかしら。私は世界中の全てを知っている訳じゃないから、居ないと決めつける気は無いわ」


女――司令官であるユーリは俺を値踏みするかの様に、此方を具に観察してくる。


結構色っぽい美人なので、俺は思わず緊張してしまう。

しかしこれだけ綺麗だと人気が出そうな物だと言うのに、この美貌で下から嫌われているとなると、よっぽど性格があれなのだろう。


気を引き締めて行かないと。


「あの巨大な樹。世界樹を生み出したのは神様だって、妖精達は言っていたわよ。それにタラン村の人間は貴方の事を隠そうとしていたみたいだし、何もないって事はないんじゃないかしら?」


妖精は戯言で済ませる事も出来るが、タラン村の皆が俺の事を隠していた理由は必要だ。

当然、その辺りはちゃんと考えて来ている。


「俺、実は密入国者なんです。北のピリエルからの。彼らはミノタウロスの一件で俺に恩義を感じて黙ってくれていたんだと思います。それにあの樹は、国を出る時仕えていた貴族の家から盗み出した物がああなっただけです。俺が何かをしたという訳ではありません」


密入国は当然罪に当たる。

まあそこまで重い罪では無いらしいが、ほぼ確実に強制送還される罪状だ。

そこで国に戻りたくない俺をmタラン村の人達は恩義から庇ってくれた。


そういう筋書きで、此処でのやり取りを乗り切るつもりでいる。


因みにルーリやリピがこの場に居ないのは、その事の整合性が付く様に村人に伝えに行って貰っている――姿を消す魔法で潜入して貰っている――為だ。


「ピリエルからの密入国者ねぇ……それに盗んだものが勝手に育った……か。そんな話を、あたしが本気で信じるとでも?」


ユーリは嬉しそうに目を細めた。

それを見て、俺は背筋に寒気が走る。

凄く嫌な感じだ。


「本当です。信じてください」


「私はここの指揮官なのよ、坊や。その私が他人の話を鵜呑みにする訳ないでしょ?」


誰が坊やだ。

どう見ても同い年ぐらいだろうが。

俺は別に童顔じゃねーぞ。


「まあいいわ。密入国ってのは採用してあげる。流石に神様ってのは無理があるものね」


「がっ!?」


途端、右肩に激痛が走る。

ユーリが手にした鞭で俺の肩を打ち付けたのだ。

服が破れ、肩から血が滲む。


「な……何を……」


「密入国者なら、最悪死んでも問題ないのよ」


こいつ……まじか……。


とんでもないふざけた発言に、怒りがこみあげてくる。

だが怒りとは裏腹に、余りの痛みに脂汗が浮かび、俺は膝をついてしまう。

シャレにならない痛さだ。


鞭打ちの刑という物を耳にした事がある。

大した刑では無さそうだと思っていたが、撤回する。

それは大きな考え違いだった。


一発で吐き気がするほどの痛みだ。

こんな物何発も喰らったら、普通に死んでしまうぞ。


「村人は、解放してやってくれ……」


兎に角、村人を解放して貰わない事には話は進まない。

俺は痛みに歯を食い縛り、ユーリに懇願する。


「そうねぇ。あなたが素直に……いえ、あたしの望む形で答えを出してくれたら考えて上げるわ」


「……」


この女の望む形なんざ、雑多い碌な事にはならないだろう。


「あら、嫌なの?だったら、立場をもっと分からせてあげるしかないわねぇ」


ユーリが楽し気に鞭を引っ張る。

助け乞おうにも、チョビー達は下がっているので周りに人間はいない。

大声で助けを呼ぼうにも、きっとその前に鞭が飛んでくるのは目に見えていた。


シャレにならない状況だ。


一瞬目の前の女を殺す事も考えたが。

それをしたら、それこそタラン村の皆を巻き込んで引き返せない事態になる。

出来ればそれは避けたかった。


ここは素直に下手に出て機嫌を伺おう。


「どういう答えが……御望み何ですか?」


「あら、素直じゃないの」


「長生きしたいもんで」


「そうねぇ。今回の異常事態はペイレス帝国の差し金で、あんたはそのスパイだってのはどうかしら?」


森を吹き飛ばし、馬鹿でかい謎の樹を生み出して、更にはこの辺り一帯の気候を変動させた。

それをスパイとして行ったと言うなら、どう考えてもそれは死刑コースじゃないか?


まあ俺は逃げ出すから別に罪状は何でも構わないんだが、その場合タラン村の人間は……


「それって、匿った村の皆はどうなるんです?」


「勿論死罪よ。敵国の攻撃の手助けをした訳だもの。みーんな仲良く縛り首よ」


ユーリは楽しそうに笑う。


成程。

こりゃ部下からも嫌われるわけだ。

ふざけた事ほざきやがって。


「あたしは功績を立てたいのよ。でもここでの分だけじゃ全く足りなくってね。それに早く戦争もしたかったし、貴方が協力してくれれば正に一石二鳥よ」


こりゃ不味いな。

言われて初めて気づく。

仮にタラン村の人間を交渉で何とか守れたとしても、このままでは戦争の火種になり兼ねない。


俺のせいで戦争が始まって、多くの人間が死ぬなんて笑えないにも程がある。

何とか避けなければ。


「他の案は無いんですか?どっちみち死ぬのなら、俺にメリットがないんだ……っが!?」


再び鞭が振り下ろされる。

今度は左太ももだ。

俺はうめき声を上げてその場に倒れた。


「メリットならあるわよ。あたしに協力すれば楽に殺してあげる。でも拒むなら、地獄を味わってもらう事に成るわ。ね、いい話でしょ?」


何一つ良い事など無い。

唯一つ分かった事は、もはや穏便に済ますのは不可能だという事だけだ。

タラン村の皆には悪いが、流石に戦争を起こすわけには行かない。


力押しで村人を救出する。

後の事は後で考えよう。

少なくとも、この女との話し合いは時間の無駄だ。


「マッドマニピ!」


駐屯地の簡易的な床が砕け、土が俺に覆いかぶさる。

このまま地中を進み、脱出だ。

村人の救出にはエメラルドドラゴンの力を借りれば……


「逃がさないわ!」


「まじ……かよ……」


轟音と振動が響き、俺を包んでいた土砂が弾け飛んだ。


俺は我が目を疑う。

マッドマニピで固めた土はコンクリートよりも固いのだ。

にも拘らず、それをユーリが容易くぶち抜いて見せた事に。


――そして俺はここで大きなミスを犯してしまった。


驚きの余り、魔法を停止してしまったのだ。

魔法を上手く使えば逃げ切れる可能性は十分にあったというのに。

正に痛恨のミスだった。


マッドマニピ発動からまだ3秒も立っていない。

その為、今の俺は魔法が使えない状態だ。

そして目の前で残酷に微笑む女が、俺に猶予時間を与えてくれる分けもなく……


彼女の腕が動いたかと思った次の瞬間、頭に激しい衝撃が襲い掛かり、俺の意識は停止する。

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