第15話 世界樹降誕

「あれが霊樹か……」


遠くに一本、雪の積もる平原にぽつんと立つ大きな木。

リピはそれを霊樹と言う。

正直ぱっと見は只の木にしか見えない。


「本当はもっとキラキラしてるんだけど、かなり弱ってるみたい。ねぇ、早く魔物を追っ払ってよ」


リピは俺の袖を引いて急かしてくる。


樹に集っている魔物の種類は2種類。

ぱっと見カブトムシの様に見える魔物――地獄の鎧ヘルスケイルが樹皮にかじり付き、ネコ型の大型獣サーベルタイガーが根元を掘り返していた。

数は全部で20体程度と言った所だ。


しかしサーベルタイガーはともかく、この糞寒い中ヘルスケイルは平気なのだろうか?

どう考えても寒さに弱そうな見た目をしているのだが。


「霊樹の周りはポカポカして温かいのよ」


俺の心中を察してか、リピが答えを教えてくれる。


「成程」


確かに霊樹には雪が積もっていない。

サーベルタイガーの掘り起こしている地面も同様だ。

暖かいと言うのなら、俺もさっさと魔物を始末して霊樹の傍に行きたいものである。


「魔法ぶっぱが一番楽なんだが」


ミノタウロスと比べると、遥かに小物な魔物達だ。

正直退治するだけならそれほど難しくはないと言える。

問題はその全てが、霊樹に張り付いている点だった。


俺の死の破壊デスカタストロフに耐えた程の樹だ。

元気な状態なら、何も気兼ねする必要は無かっただろう。

だが今はリピの説明にあった様に、相当弱っている。

下手に魔法を打ち込めば霊樹自体が吹き飛びかねない。


「そういや、リピの仲間は何処に居るんだ?霊樹の中か?」


「ううん、ほんの少し前に念話で魔物退治をするからって伝えたの。そしたら皆、一応念の為南の方に退避するって言ってた」


戦闘に巻き込まれるのを恐れて、他の妖精達は退避済みという訳か。

だとしたら、ちょっとぐらい霊樹を傷つけても大丈夫だったりするかもしれない。


「魔法で幹とか吹き飛ばしたら不味いか?」


「だ、駄目よ!そんな事したら霊樹が死んじゃう!?」


「駄目かぁ……」


リピが慌ててダメダメと両手を振る。

やはり霊樹を下手に傷つけるわけには行かない様だ。

かと言って、近づいて一匹一匹低威力の魔法で始末していくのは余りにもリスクが高すぎる。


――攻撃したら、間違いなく魔物は俺に向かって来るだろうからな。


魔法を使えるとはいえ、俺は決して超人ではないのだ。

それ以外が普通の人間と変わりない以上、襲われれば簡単に命を落とす事になってしまう。

だから反撃を受ける可能性がある相手の接近は、出来るだけ避けたかった。


腕を組んで、何か名案はない物かと頭を捻る。

樹を傷つけずに魔法で確実に仕留める為には、どうすればいいか。

残念ながらそんな都合の良い方法は、いくら考えても頭に浮かんでこなかった。


困ったな。

ん?

困った?


困ったという単語から、昔好きだったゲームの中のセリフを唐突に思い出す。


「困った時には、発想を逆転させろ。だったっけか?」


困った時は、物事を只道順に沿って考えるだけではなく、逆転させる様な柔軟な発想を持って当たる事で、より良い結果が導かれる事がある。

そうゲームの中で、誰かが言っていた筈。


あれ言ってたのってどのキャラだったっけか?

うーん、思い出せん。


まあ誰が言ってたかは、この際どうでもいいだろう。

兎に角、実践してみよう。


今の俺は、樹を傷つけずに攻撃したいと考えている。

これを逆転させる。

どうすれば樹を傷つけても、問題なく攻撃出来るようになるのか、と。


「よし、霊樹を回復させてみよう」


パッと答えが頭に閃き、口にする。

弱っているからダメージを与えられないのだ。

ならば元気にしてやれば、多少のダメージは気にせず攻撃できるというもの。


「え!?そんな事出来るの!?」


「分からん。が、調べてみる」


回復魔法はあるが、植物には効果がない可能性もある。

そこで俺は植物のダメージや力を回復、ないし、増大する専門の魔法を調べてみた。


「ええ!?調べるってどうやって?」


頭の中の図書館にアクセスすれば、答えは簡単に出てくるだろう。

まあそれを一々リピに教えるつもりはない。

自分の情報を垂れ流しても、良い事など何も無いからな。


「気にするな」


「ええ!?気になるわよ!教えてよ!!」


俺は口元に人差し指を立てて、黙る様にジェスチャーする。

彼女が五月蠅いと気が散ってしまう。

それでなくとも、寒くてさっきからぶるぶると体が震えているのだ。

邪魔をしないで貰いたい。


「これだな」


魔法を見つけ俺は呟いた。


見つけた魔法の名はビオトープ。

それは植物に環境適応能力を与え、その上で成長や回復を促す魔法だった。

これなら弱った霊樹を回復させる事が出来るはず。


問題はどの程度魔力を込めるかだが……


普通に考えれば、とりあえず弱めで試して様子を見るべきなのだろう。

だが魔法を使えば当然魔物に気づかれてしまう。

そうなれば魔物が俺に襲い掛かってくる可能性は高い。


サーベルタイガー辺りには、冬場の良い餌だろうしな。


その際、回復が今一で魔物を一掃できないとなったらシャレにならない事に成る。

そう考えると、試打ちは無しで魔力を多めに込めて一発本番を狙うしかなかった。


変な事には……ならないよな?


まあゲーム等でも、回復魔法はオーバーした分は切り捨てられるのが基本だ。

これも回復魔法の様な物なのだから、魔力を多めに込めても問題は無いだろう。


……たぶん。


霊樹や妖精をこんな状況に追い込んだのは自分なので、なんとかしたい気持ちはある。

だがその為に自分の命を危険に晒す気は、申し訳ないが更々無かった。

他に手も浮かばないので、俺は見切り発車気味に魔法を発動させる。


「ビオトープ!」


魔法を使うと、俺の右手の上に青い光りの玉が浮き上がる。

それは強い日差しの様な強烈な物ではなく、強く輝いているにもかかわらず、眩しい所か優しくすら感じる温かい光だった。


その柔らかな輝き、それはまるで生命の源の様だ。


「うわ!綺麗!!なにこれ!すごいすごい!」


リピがクルクルと、光の周りをうっとりした表情で飛び回る。

どうやら彼女もこの優しい光が気に入った様だ。


「これで霊樹を回復させる」


「そうなんだ!?でもこれなら確かに霊樹も元気になりそう!」


リピから太鼓判を頂く。

この光が霊樹を傷つける事はないだろうと、俺も確信している。

きっと上手く行くはずだ。


「じゃあ行くぞ」


宣言した俺は、魔法を勢いよく投げつけた。

ここは樹からは100メートル近く離れている。

俺の肩じゃ普通に物を投げても絶対に届かない距離だ。


だがビオトープの魔法は摩擦や重力など知った事かと言わんばかりに真っ直ぐに飛び、そして霊樹へと触れた途端、その内側へと吸い込まれて消えていった。


「……何も起きないな」


魔法を受けたにもかかわらず、霊樹に変化は見当たらない。

まさか魔力不足だったのだろうか?

自分で言うのもなんだが、ビオトープには少々過剰な位魔力を込めたつもりなのだが。


「ううん、凄い!凄いよ!」


凄い凄いとはしゃぐリピの言葉に首を捻る。

俺には何も変化が無いように感じるのだが……とりあえずもう一度霊樹に目を凝らしてみた。


「なんだ?魔物達が……」


霊樹に取り付いていた魔物達が樹から離れ、一斉に散っていく。

俺を見つけて向かって来るという感じではない。

その様は、まるで危険な物から逃げ出すかの様だ。


見た目的には変化がなくとも、どうやら内部では順調に回復が進んで……ん?


「あれ?でかくなってね?」


俺の呟きに応えるかの様に、めきめきと大地を揺するかの様な振動と鈍い音が辺りに響く。


霊樹は震えていた。

どうやら見間違いではない様だ。

間違いなく大きくなっている。


辺りを揺るがす振動と音は、大地を突き破り霊樹が根を張る影響だろう。

その成長速度は凄まじく、見る間に太くなっていく幹が地響きを立てながら此方へと迫って来た。


「エアフライ!」


俺は咄嗟にリピを鷲掴みにし、その場を離れた。


「ちょ?何を!?」


「何をも糞も、このままじゃ巻き込まれるだろうが!!」


霊樹は信じられない成長速度で大きくなり続けている。

このまま成長したら10秒もしないうちに、木の幹に吹き飛ばされていた筈だ。


その予想通り――霊樹は更にそのサイズを拡大し続ける。


「でっか……」


霊樹がやっとその成長を止めた時、その威容は天を突く程の巨大な姿に変わっていた。


過ぎたるは及ばざるが如しというが、正にその通りだと痛感させられる。

まあやってしまったものは仕方ない、次からは気を付けるとしよう。



後にこの木は世界樹と呼ばれるようになる。

そして世界樹は聖なる樹としてエルフや妖精達の拠点ホームとなり、同時に彼らの心の拠り所として、未来永劫称え続けられる事となるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る