第13話 妖精
「寒い!」
新年最初の俺の一言がこれだ。
超寒い。
魔法で気温を計ってみると、氷点下になっててげんなリしてしまう。
道理で寒いわけだ。
震える体を擦りながら、カイルの家を出る。
早朝だからか、空気が澄んでいてとても美味い。
だがそれ以上に冷たくて痛い。
俺はとっとと用を済ますべく、厠へと急ぐ。
糞尿は処理しやすい様一か所に集める都合上、厠は家の中ではなく村の中に数点存在する公衆便所を使う事になっている。
これが不便でしょうがない。
特に冬場の深夜早朝は本当にきつくて堪える。
因みに、小の方なら壺にしておいて、日が昇ってから厠に捨てに行っても良かったが――凍ってしまうが、魔法の炎で捨てる時溶かすせば問題ない――残念ながら今回はビッグダディの方なのでそうもいかなかった。
流石にデカい方を壺に収めるのは、心情的に躊躇われるからな。
「ん?」
便所へと向かう途中、空中に白いものが浮かんでいる事に気づいた。
最初は綿毛の様な物かとも思ったが、こんな真冬にそんな物が漂っている訳がない。近づいて見てみると、それは体を丸めた、羽を持つ小さな人型の生き物だった。
これはカイルから聞いた話だが。
この世界には妖精と呼ばれる特殊な種族が存在するらしい。
特徴はファンタジー物でよく出てくる、羽の付いた小人だそうだ。
つまりこいつは――
「妖精?」
見た所眠っている様に見える。
ていうか、本当に妖精?
恐る恐る手を伸ばして指先で突いてみた。
「冷たくは……ないな」
真っ白な色合いから雪の妖精か何かとも思ったが、特に冷たくはない。
まあ雪の妖精なら冷たいと考えるのは只の先入観でしかないので、冷たくないからと言って違うとは限らないが。
今度は手に取って眺めてみる。
じーっと見ていると、妖精?がゆっくりと目を開き――そして視線が俺と交差する。
次の瞬間。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
甲高い雄叫びがその口から放たれた。
その余りの大音量に、俺は思わず両手で耳を塞ぎ目を瞑る。
なんて声量だ。
激しい振動が体の芯にまで響き渡り、キーンと耳の奥が痛む。
やがて叫びが収まる。
俺は恐る恐る目を開けてみると、妖精は居なくなっていた。
どうやらどこかに行ってしまったらしい。
「くそっ、何だってんだ。耳どころか、全身キーンとしやがる……まったく」
はた迷惑な奴だ。
頭を軽く振って辺りを見渡すと、周りの家々から人影がちらほらと出て来る。
まああんな大音量が垂れ流されたんだ。
そら驚いて出てくるわな。
俺を見つけたサラが此方へと駆け寄ってきた。
そして開口一番――
「ねぇ!それって何!?」
そう言いながら俺の頭を指で差す。
何の事か分からずに頭に手をやると、むにゅっと柔らかい感触が手に触れる。
なんぞ?と思い掴んで剥がすと、それは先程の妖精だった。
どうやら逃げたのではなく、俺の頭にくっついていた様だ。
灯台下暗しとは正にこの事。
「はなせい!はなせぇい!」
妖精はバタバタと俺の手の中で暴れる。
何か悪い事をしている気分になったので手を放してやると、妖精は俺の顔の前に飛んで来て――
「リピちゃんキーーック!」
雄叫びと共に、俺に飛び蹴りをかましてきた。
どうやら可愛らしい見た目とは裏腹に、そこそこ好戦的なようだ。
まあ大して痛くも無かったから別にいいけど。
「ねぇねぇ!あなた妖精なの!?」
「ひゃっ!?」
俺が蹴られた事等歯牙にもかけず、サラは興味津々と言った様子で妖精へと声をかける。
すると妖精は驚いたのか、俺の頭の後ろ側へと逃げ込んでしまった。
因みに妖精が俺の頭の裏に逃げ込んだと分かったのは、後ろ髪が思いっきり掴まれているからだ。
「おいサラ、急に声を掛けたら妖精さんがびっくりするだろ」
「う、うん。ごめん」
まあ、急にひっつかんで驚かせた俺が言うセリフでは無いが。
とりあえず怯えている妖精を落ち着かせるべく、とりあえず驚かせた事を謝っておく。
「やあ、いきなり掴んでしまってすまなかった。まさか君が俺の頭にくっついているとは思わなかったんだ。謝るよ」
さっき言葉をしゃべっていたから、俺の言葉は通じている筈。
まあ言葉が通じる=許して貰えるではないが、兎に角、言葉が通じ合うならコミュニケーションは取れるはずだ。
「俺の名前は勇人って言うんだけど、君の名前を教えてはくれないか?」
「あたしはサラだよ!」
俺の名乗りに合わせて、サラも元気よく片手を上げて妖精へと挨拶をする。
サラは妖精が気になって気になって仕方がない様だ。
「あたしの名前は――リピだよ」
リピか。
そういやキックの時そう言う風に叫んでいたな。
「初めまして、リピ。所で君はどうしてこの村へ?」
カイルに妖精の話を聞いた時、自分は見た事がないと言っていた。
そしてサラのこの反応だ。
この村に定期的にやって来ている訳では無いのだろう。
「お腹が空いてて……それでこの村から良い匂いがしたんで、ふらふら~っと寄ってみたの。でもドアが閉まってて家の中には入れないし、夜中だから人間が起きるのを待ってたら寝ちゃって。で、気づいたらあんたの顔のドアップがあってつい叫んじゃったのよ。こっちこそ驚かせて悪かったわね」
要は人間に飯をたかりに偶々立ち寄ったという訳か。
と、いかんいかん。
たかりとか、妖精相手に考える言葉ではないな。
お里が知れるという奴だ。
「そっか!お腹が空いてるんだ!じゃあご飯一緒に食べよ!!」
サラが目をキラキラ輝かせている。
この年頃の女の子が妖精の様な生き物を好きなのは、どの世界でも共通の様だ。
「うーん、一緒には無理かなぁ。だって私達妖精は人間みたいに物を食べたりしないから」
「そうなのか?じゃあ何を食べてるんだ?」
「花とか樹のエネルギーかな。後は魔力とか」
そういうとリピはじっと俺を見つめる。
ひょっとして美味しそうな匂いって、俺の魔力の事か?
「植物はこの時期冬眠してるから、エネルギーがもらえなくて……」
「俺の魔力が欲しい、と?」
「うん。ていうかあまりにもお腹が空きすぎてて、さっきちょっと貰っちゃった。ごめんね」
ああ、それで俺の頭にへばり付いていた訳か。
リピは頭をかきながら、おどけた様子でぺろりと舌を出す。
それをみてサラが可愛い可愛いと騒ぎ立てた。
俺には少々あざとく見えたが、サラはその可愛らしい動きが琴線に触れた様だ。
「まあ少しぐらいなら構わないけど」
先程頭に張り付かれたときは何も感じなかった。
痛みや疲労感が伴わないなら、少しぐらい分けてやっても良いだろう。
「ほんとに!!」
そう叫びつつ、リピは俺の頭に豪快にしがみ付いた。
頭の上で「はぁ~生き返る~」と言っている事から魔力を吸い取っているのだろうが、やはり何も感じない。
一体どういう原理で俺の魔力を吸い取っているのか少し気にはなったが、まあ異世界で妖精だし、細かい事は気にしても仕方ないと割り切る事にしよう。
他人の詮索とか好きじゃないしな。
やがて俺の魔力を満足いくまで堪能できたのか、リピは俺の頭から離れた。
そして神妙な顔つきで、俺に声をかけてくる。
「あなた魔法を使えるんでしょ?凄い魔力だし」
「ん、ああ。まあ一応ね」
厄介事の予感。
「~さんって~できるんでしょう?」
こういう話の持って行き方は、大抵何らかの
「だったらお願い!私に力を貸して!!」
予感的中。
というか結論より先に過程を話せよ。
過程を。
頼みを聞くかどうかなんて、大抵内容次第だと言うのに。
世の中、それをすっ飛ばして答えを貰おうとする奴の多い事多い事。
どうやらそれは世界や種族が違えども同じらしい。
「とりあえず、話を聞かせてくれないか?」
話を聞いたら絶対断れなさそうな気もするが。
かといって話も聞かずにイエスと答えるのもあれなので、取り敢えず話を聞いて見る事にする。
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