いやいや、俺は神様じゃないよ~30歳童貞。あれと引き換えに異世界で大賢者になる~適当に魔法を使ったせいで色々とやらかしたけど、何故か周りは俺を神と祭り上げてくる

まんじ

第1話 30歳童貞魔法使いになる

風が頬を撫で、胸いっぱいに草の柔らかな香りが広がる。

閉じていた瞼を開くと、目に鮮やかな緑が飛び込んできた。

顔を上げ、空を見上げると春の柔らかな日差しが目に眩しい。


その美しい牧歌的な風景は、まるで俺の心の底に堆積たいせきしたおりを洗い流してくれるかの様に清々しいものだった。


俺は目を細め、何処までも澄んだ青空を見つめて叫ぶ。

自らの魂の慟哭を――


「ここどこ!?」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


高田勇人30歳。

ゲームに夢中で気づかなかったが、いつの間にか日付が変わった事により20代の壁を突き破り、30代にこんにちはしていた事に気づく。


「あちゃー、遂に魔法使いに突入かぁ」


振り返れば人生30年。

女性にモテた事など一度もなく。

それどころか触れた事すらもない。


唯一のチャンスは小学校でのダンスだったが、男子が余り、自分は女子の列に入れられそれすらも叶わず今に至っている。


そしてこの度、晴れて魔法使い枠に突入する事となった訳だが――


「ま、別にいっか」


別に女にモテなくとも問題はない。

何故なら、俺は草食系男子だからだ。


故に恋愛など不要。

ゲームさえあれば生きていけるのだ。


「その潔よさや良し!!」


頭上からの急な大声に俺は跳ね起き、何事かと天井を見上げる。

だがそこに天井は無く、吹き抜けの様になった黒い空間に馬鹿でかい顔が浮かんでいた。


「ヒィッ!?」


俺はそのあり得ない光景に、間抜けな声を上げて尻餅をついた。

股間のあたりが暖かい。

三十路早々お漏らしなど、最悪の誕生日だ。


「恐れずともよい。我は神だ」


長い白髪と髭を蓄えた巨大な顔が、自らを神と名乗った。

だが巨大な頭の化け物にそんな事を言われても、到底信じられる訳もなく。

俺は逃げ出すため必死に床を這う。


部屋の扉から外へ――


「あ、あれ?」


扉がない。

いやそれどころか……ここは何処だ?

いつの間にか壁までなくなり、辺り一面真っ暗な空間に変わっていた。


「うわぁぁ!!」


突然の浮遊感に声を上げる。

それまであったはずの床の固い感触が消え、俺の体は黒い空間に放り出され落ちていく。


いや――落ちない!?


まるで無重力の様に、俺の体は何もない場所に漂う。


「な、なんだ!?どうなってる!?」


「ここは虚空。常世と神世との狭間じゃ。まあそう慌てなくともよい。別にお主を食ったりはせんから安心するがいい」


パニック状態の俺に、巨顔は優しく穏やかな声で語りかけてくる。

しかし人を丸飲み出来る程の大きな口で大丈夫と言われても、安心するなど土台無理な話だった。


俺は空中を泳ぐ様に手足をばたつかせ、再度その場からの逃走を計る。

だが体はゆらゆらと揺れるだけで、全く動く事が出来ない。


「悪いがお主の動きは制限させてもらった。ちょろちょろされては敵わんからのう」


暫く頑張って体を動かすが、どうやら相手の言う通り逃げる事は出来ない様だ。

だが何もできなくとも、せめてもの抵抗の意思を籠めて相手を睨みつけた。


そこで気づき、俺はぎょっとする。

いつの間にか巨顔に首から下が生えいたのだ。

いや、最初からあってパニックで気づかなかっただけかもしれないが、とにかくそれは途轍もない大きさの巨人だった。


巨人は白いゆったりとしたローブを身に纏い、右手には木製の杖を握っている。

顔だけの時は魔物にしか見えなかったが、体全体を眺めれば、確かに神様っぽい出で立ちと言えなくもない。


まさか本当に神様なのだろうか?


そう思い、恐る恐る顔を上げる。

よく見るとその瞳は美しく澄み、そのまなじりは優しげにしわを作っていた。


少なくとも、其処から敵意や悪意など感じられない。


「本当に……神様なんですか?」


「少しは信じてくれる気になったかの」


「もしあなたが本当に神だと言うのなら、一体俺に何の用があるというのです?」


もう俺は恐怖を感じてはいない。

不思議な事に、神と名乗る巨人の優しい瞳を見つめた瞬間恐怖が霧散し、今はとても心穏やかな気分で落ち着いていた。


先程までパニクッていた自分の慌て様が嘘の様だ。


「わしはお主の功績を称え、祝福を授けにきたのだ」


「功績?祝福?」


功績とは一体なんの事だろうか?

俺は無宗教だし、神様に認められる様な功績など成した覚えはない。

頭を捻って色々考えてみたが、やはり思い浮かばなった。


「わからんかね?君は未だ人類が成し遂げ得なかった偉業を成しし遂げたのだ」


「すいません。さっぱりわかりません」


今まで人類が成し遂げられなかった?

ますます分からない。


「ふむ、余り勿体つけるのもあれか。単刀直入に言うと、30まで清い体でいた事。わしはそれを祝福しにきたのじゃ」


「へ?あ?え?」


「人類初の偉業じゃ。誇るがよいぞ」


「いや、いやいやいやいやいや!」


思わず叫ぶ。


確かに俺は30まで童貞を貫いてきた。

だがそれが人類初の快挙などあり得ない。

30まで童貞の人間など腐る程……は言い過ぎかもしれないが、今までにだってきっといたはずだ。


え?いるよね?

まさか本当に俺だけ!?


混乱している俺に、神様が心を読んだかの様に疑問に答えてくれた。


「何か勘違いしておる様じゃから言っておくが、お主の考えておる童貞と清い体は別物じゃぞ」


「違うんですか?」


「違う。童貞は単に、異性との性交渉をおこなった事が無いだけの状態じゃろう。清らかな体とは、生まれてから一度も性器を異性に触れられていない状態の事を言うのじゃ。それはまさに真の童貞と言っていいじゃろう」


異性が一切触れていない……確かに女性に触れられたことはない。

だが童貞の大半はそうなのでは?


「触れると言うのは性的な物だけではなく、医療行為や偶々手が股間に当たった等も含まれるんじゃ。大抵の場合、赤ん坊の時期に母親の手が触れて汚れる事になる」


母親でもダメなのか……

確かにそれなら俺が人類初だとしても、それ程おかしくはないのかもしれない。


俺は帝王切開で生まれてきて、母は俺を生んだ際に亡くなったと聞いている。

それ以来父は誰の手も借りず、男手一つで俺を育てた。

オムツ替えだって、自営業だった父が全てしてくれていたのだ。


まさかそれが今回の祝福へと繋がろうとは……父には感謝しなければならないな。

神様から祝福を授かったら、頑張って親孝行をするとしよう。


但し孫を見せるとかいう方向性以外で。


誰かと結婚するなど30歳童貞には余りにも敷居が高すぎる。

そればっかりは諦めて貰うしかないだろう。


「納得したかね?」


「はい、それで……その、頂ける祝福っていうのはどういったものなんでしょうか?」


「君はもう知っているはずじゃよ。少々歪んではおるが、人間の世にも何故か広まっておるからな」


30を超えた童貞は魔法使いになる。

まことしやかに広がる都市伝説。

つまり俺は――


「魔法使いになれるって事ですか?」


「魔法使いと言うよりは、お主の認識で言う所の賢者じゃな」


賢者。

それは攻撃魔法だけ留まらず、回復魔法や召喚魔法なども行える魔法のプロフェッショナルだ。

そんな凄い存在に俺がなれるのかと思うと、嬉しくて小躍りしたくなる。


賢者の力を利用して金を稼ぎ、そしてゲーム三昧!

これで仕事から解放されて趣味に一生明け暮れる事が出来る!

俺の薔薇色の人生に乾杯!


「地味な薔薇色じゃのう」


どうやら、心の声が漏れ出てしまっていたようだ。

上がったテンションが一気に下がり、恥ずかしさから思わず俯いてしまう。


「まあ良い。それではお主の功績を称え、〓∪⇔〒☆の名において祝福を与えよう」


なんちゅう卑猥な名前だ。

俺の脳が神の名に拒否反応を起こし、只のノイズへと変換してしまう。

所謂いわゆる、18禁フィルターと言うやつだ。


そんなしょうもない事を考えていると、神の股間から虹色の光が洪水の様に溢れ出し、シャワーの様に俺に降り注ぐ。


「ぶわっ!?ぷっ……」


光なのに、触れると何故か俺の体が濡れる。


まさかこれって、カラフルなおしっこじゃないよな?


さっきお漏らしした事を思い出し、俺は顔を顰める。


やがて光は消え、それと同時に濡れた感触も急速に消えていった。

体が乾ききった後、念のため体を匂ってみが、アンモニアの様な匂いはしない。

どうやらおしっこではなかった様で、ほっと胸を撫で下ろした。


「さあ、これで今日からお主も賢者じゃ。その力で存分に人生を謳歌するが良い」


「神様。ありがとうございます」


俺は頭を下げる。

その顔はゲーム三昧の日々を妄想し、思わずニヤけていた。

明日朝市で職場に辞表を出すとにしよう。


グッバイ労働!

ハロー自堕落な日々!


「では人間の世界に戻そう。さらばじゃ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


だが神様に送られた先は、見た事もない場所だった。


「どこだ!ここはーー!?」


俺の雄叫びが草原に虚しく響く。

だが神様からの返事はない。


――こうして唐突に始まった。

――俺の異世界生活が。

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