第2話 鬼と剣

つけられた元号の意味とはうらはらに飢饉、反乱、怪異がひしめくこの時代において、朝廷がなす役割は大きい。その朝廷ではいま重臣が集まり閣議が行われていた。


「して、あの者たちはどうなった」

「だめでしょうな。二か月もたつのになんの音沙汰もない。これは全滅したとみるべきでしょう」

「ううむ、あの荒武者の呼び名も高く、先の反乱鎮圧の立役者でもダメとは」

「つけくわえるなら都の兵の多くを派遣して、じゃな」

「ええい、悪いことばかり挙げよって。誰かいないのか。あの鬼を討伐できるものは」

「…1人、おるにはおるんだがな」

「いかん。その者は絶対にいかん」

「そうは言うが、事がここまで大きくなってしまえば仕方なかろう」

「いかん。あの若造をこれ以上図に乗らせることになる」


そのとき、この部屋の入り口から異臭が漂ってくる。さらにガチャ、ガチャと妙な音が聞こえる。

そして異臭を漂わせ、妙な音を鳴らしながら人が姿をあらわした。

「おやおや、人のいないところで悪口とは。あなたがたの品位が落ちますぞ」

その人は線は細く一見しただけでは男女の判別はつかなかった。しかし口を開いてしゃべる声はいくらか高いものの、確かに男の声であった。

「源氏宗家筆頭、源雷光、ご命令でありました先の反乱の蛮東武者共の残党は一人残らず討滅いたしました」

「控えろ、帝の御前だぞ。おまけになんだその姿は。鎧を脱ぎもせず、血と汗のにおいを漂わせて」

「そうだぞ、お目見えには相応の礼儀があるだろうが」

「よい、朕がそう命じた。それに源氏は傍系とはいえ朕に連なる家柄。多少の無礼は許そう」

御簾の奥からしわがれた声が発せられた。それによって重臣たちも口をつぐむしかなくなる。

「ご苦労だったな雷光。して、戦果のほどは」

「は、先ほど申し上げました通り、反乱の徒は一切討滅いたしました。さらにため込んであった軍資金、および占領されていた地には金山をいくつか発見いたしました」

「ほう、それは重畳。ご苦労であった」

「ありがたき幸せでございます。しかし、ここへ向かう途中いささか空気が重く、さらにさきほど聞こえてきたことからしてまた事件でも起こったのですか」

「貴様には関係ないはなしだ」

「いや聞かせてやれ。都の守護の一翼を担うおぬしの耳にも入れておくべきだろう」

帝の言葉に重臣の一人がうなずく。

「は、かしこまりました。おぬしが討伐に出てすぐのはなしだ。この都で人さらいやら無残な殺され方をしたものが現れた。あまりにも多いので何かの前兆かと我ら直轄の術師に占わせたところ、洛外の西の果てにある大江山の酒天童子の仕業であった。しかし討伐に向かわせた軍はだれ一人帰らなんだ」

「まあそうでしょうな。いくら数を集めたところで烏合の衆に違いない」

「お主、言葉が過ぎるぞ」

「お気に障ったなら申しわけございません。しかし、いままで向かわせた者では実力不足なのは事実。陛下、なにとぞわたくしと我が配下にいかせてください。なんとしてでも酒天童子の首を御前に」

「なにを無茶なことを言いうのだ。都が誇る精鋭がダメだったのだぞ」

「多人数でダメなら方法を変えてまいります。そうですな神代に倣う、というのはいかがですかな」

「よかろう。源氏宗家筆頭、源雷光。汝に酒天童子討伐の命を下す」

「かしこまりました。この命に代えましても」



(ふん、まったくもってうっとおしい。化け物を斬り殺しに行くのにこんな手間をかけなきゃいけない。雑魚を何人もいかせるくらいなら最初から俺たちを行かせればいいものを。おまけにあのじじいめ。俺を傍系だと。俺のように神の血が目覚めているわけではないくせに。不愉快だ)

帝と重臣たちへ苛立ちながら雷光は屋敷から出る。門のそばにはそろって血と汗にまみれた4人の男がいた。通りがかるものは目を合わせないよう目線を下に向け、においのきつい4人から離れて足早に去っていく。雷光は4人に声をかけることなく歩いていく。4人も雷光に声をかけることなくついていく。

「次の仕事だ。酒天童子という鬼を斬りに行く。飯を食って支度したらすぐに出る」

「…」

「…」

「は」

「かしこまりました」

「おい、あと2人。返事ぐらいしたらどうだ。あぁ…そうか」

雷光は気づいた

「おい、もうしゃべっていいぞ。屋敷から離れた」

その途端4人のうちの一人である大男がしゃべりだす。

「ぷはー。ああ息苦しかった。棟梁、しゃべるなって命令はやめてくださいよ。息苦しくて死んじゃいます。屋敷の近くだからまさかりを振り回すこともできないし、誰も目をあわしてくれないし、お腹は減るし。きょうのご飯は何ですか。おれは鮭の塩焼きがいいです。それに冷ややっこでしょ、きんぴらごぼうでしょ、たくあんよりべったら漬けが俺は好みです。食べたら昼寝がしたいです」

「うるさい。黙れ金時」

つづけて優男がしゃべりだす

「しかし、棟梁。休みはくださいよ。ずーと男所帯だったんですよ。俺たち今すごく汚いから通りがかる女の子を口説けないし。そこから動くなって命令されるし」

「しるか、どうせお前は休みがあれば女遊びに行くんだろ。このあいだ女官に手を出したとき、もみ消すのにどれだけ手間がかかったか分かっているのか」

「いやー棟梁はなんだかんだ俺たちをかばってくれるから好きです」

「貴様らの為にかばっているんじゃない。つまらんことで足を引っ張られて仕事ができないのが嫌なんだ。特に貴様だぞ、綱。お前の女癖が悪いせいで仕事がよそに回されるんだ」

「いやー仕事が回されないのは棟梁のせいもあると思いますよ。刀握ったら止まらないですし。そのせいでやりすぎだって毎回文句を言われるんですよ」

「いちいちくちごたえするな。まったく、貴様らがもう少し無能なら俺自ら切り捨てるものを。少しは貞光と季武を見習え。俺様に忠実で口ごたえせず、仕事はできるし無駄口もたたかない」

「いえ、雷光様」

「我々は職務を全うしているだけでございます」

金時と綱の時とは違い、雷光は満足げに貞光と季武を見る。

「うわー、えこひいきだ」

「棟梁の戦闘狂」

金時と綱はわーわーと騒ぎ立てる。

「いい加減にしろ。俺に逆らえば飯は粗食にして一日中座禅させるぞ」

雷光の言葉にうるさい二人はぴたりと口を閉じた。

「それでいい。さっき言ったように飯を食って支度を済ませたるすぐに大江山に向かう。いいな」

「「「「御意」」」」


大江山に向かう道中にて野宿の最中焚火を囲んで4人は会話している


「ところで棟梁。これから行く大江山の酒吞童子ってどんな奴なんですか」

「金時、雷光様が屋敷で説明してくださっただろうが」

貞光は眼帯に隠れていない方の目を金時に向けて顔をしかめる。

「いやーすいません貞光さん。ちょっとほら、ど忘れってやつですよ」

「あきらめろ貞光。金時のとり頭は今更どうにもならん。もう一度説明してやれ」

「は、それでは僭越ながら。大江山は洛外の西の果てにある悪鬼はびこる魔の山だ。その首魁が酒吞童子。奴は女をさらったり、洛中のものを無差別に食らったりしている。それで力をつけたのか都の軍では歯が立たないらしい。おまけに名のある鬼を多数従えているという。特に右腕の茨城童子というのはさらうのも食うのも女だけだという」

「なんですって。貞光さん、茨城童子は女の敵なんですか」

「綱、お前も話を聞いてなかったのか」

「すいません、次の休みでどの女の子に会いに行こうか考えてました」

「貴様というやつは…。まあいい、そういうことだな」

「けしからん。すべての女の味方である俺が成敗してやる。そいつの相手は俺がします。手出し無用ですよ」

「まあ、やる気がでたならなんでもいい。金時、お前も分かったな」

「はいわかりました」

金時はあまりわかっていないようである

「なにやら心配だな。やっぱりお前は何も考えるな。いつも通り目の前の敵を切り伏せろ」

「わかりました、貞光さん。いつもどおりですね。それなら俺でも大丈夫です」

「若様、お気づきですか」

「若様はやめろといっているだろ、季武。俺はもう当主だ。そこに隠れているお前、さっさと出てこい」

雷光の言葉に周りの茂みから粗末な服の男たちが出てくる。

「へへ、なんとかっていう鬼のせいでもう人は来ねえと思っていたが、そうでもねえらしいな」

「おかしら、女はいねえですね。早く殺して身ぐるみ剥いじまいましょう」

「ふん、盗賊か。まあいい、かかってこい、刀の錆にしてくれる。お前らは手を出すなよ。俺の獲物だ」

「へっ、俺たちに一人で挑むっていうのか。野郎ども出てこい」

山賊の頭目が合図すると何人もの山賊が姿を見せた。ざっとみても10人はいるだろう。

「今更謝っても許さねえぞ。野郎どもやっちまえ」

あっという間だった。山賊の刀を、棍棒を、槍をかいくぐり、雷光は一太刀も受けぬまま山賊たちを切り捨てていく。

「ふん他愛ない。たかが山賊がいきがるからだ」

「お疲れ様でございます」

「疲れてなぞいない。季武、貴様の主を見損なうな」

「申し訳ございません」

「まあいい。で、だ。そこに隠れているやつ。さっさと出てこい。3度目はないぞ」

「え、棟梁何言ってるんですか。山賊は全員棟梁が切り殺したじゃないですか」

「気配をぎりぎりまで消している。俺くらいでないとわからないだろうな。金時、お前ももう少し腕を上げればわかる。お前も俺と同類だからな」

「いやー、気づかれたたか。なかなかやるね。私は非力だから山賊が怖いんだ。助太刀もしなくてごめんね」

木の陰から男が現れる。大陸風の衣装を身に纏い目の細い男だった。

「どの口が言うのやら。お前1人でもあいつらくらい倒せただろうに。それでなぜ都から俺たちをつけてきた。ご丁寧にギリギリ俺が気付けるようにだ」

「おっと、最初からバレてたんだ。まずは名乗ろうか。私の名前は晴明。安倍晴明だ。よろしく源雷光とその配下の四天王の皆さん。やはり噂にたがわず実力者ぞろいだ。純粋な人間としては最上級が二人、碓井貞光と卜部季武。その二人に匹敵する男、渡辺綱。そして神の末裔でありその血が覚醒した源雷光、坂田金時。それに雷光、君の持つ500の妖を斬り500の人の血を吸った妖刀」

「なるほど、貴様か。じじい共が占わせたという術師は。何でも知っているようだな」

「そうだよ。いやーあれは大変だった。あの酒吞童子ときたら鬼のくせに術を扱うんだからね。やつの術のせいで私は呪いを受けてしまったんだ。まあ、かわりに奴の居場所が分かったからいいかな」

「お前が呪いを受けようとどうでもいい。俺たちをつけてきた理由をさっさと言え」

「せっかちだなー。私は君たちに助太刀に来たんだよ」

「呪いを受けて全力でないお前などいらん。さっさと帰れ」

「いやいや、私は直接戦うわけじゃないよ。争いは苦手だからね。私は援助が本職さ。

まずは情報から。君たちが倒そうとしている酒吞童子はただの鬼じゃない。神だったものが転生した存在だ。神代に生まれた蛇が力を蓄え、村々の生贄を食らいついには神格となった。だがその最後はあっけないものだ。名もなき天津神の1柱に討伐され神威の結晶であるアマノムラクモノツルギを奪われた。その剣は今では帝が所有している」

「あのじじいが持っているのか。宝の持ち腐れもいいところだな」

「あれでも僕の上司だからね。悪口は言わないでおくよ。次は君たちの武具についてだ。私が君たちの武具に加護を施そう。それで勝率はぐんとあがるだろう。なにせ相手の鬼どもは全員酒吞童子の眷属になっているからね。能力が段違いに上がっているよ」

「わかった。やってくれ」

「おやおや、簡単に了承してくれるんだね。これからなだめすかして加護を受けてもらおうとしたのに」

「負け戦をするつもりはない。勝率が上がるのならどんな手でも使うさ」

「うん、素直なのはいいことだ。でも加護を与えるのは後回しだ。先にこれを渡そう。酒吞童子討伐の切り札になるよ」


大江山の近くの山道を人が歩いている。一人は先頭に立ち4人がみこしを担ぎ最後の一人はみこしに乗っている。みこしの上には人の他にもなにか載っているようでカチャカチャと音を立てている。

一行は歩き続け、ついには大江山の山頂にある酒吞童子の住まう羅生門に着く。

先頭の男が羅生門に向かって声をかけた。

「たのーみましょー」

「なんだ貴様らは人間か。なにをしに来た。わざわざ食われに来たのか」

「いえいえ、私どもは都からの使いの者でございます。偉大なる酒呑童子様に貢ぎ物を持って参りました。なにとぞお目通りを」

「そこでまっていろ」

しばらくして鬼が戻ってきた。

「喜べ、我らが偉大なる酒呑童子様は寛容であらせられる。この場で食い殺してもよいものをお会いになる。ついてこい」

驚くことに羅生門の屋内は荘厳な造りであった。

「驚きました。なんと豪華絢爛なのでしょう。これら全て皆様がおつくりになったのですか」

「俺たちのような鬼にこのような技術はない。酒呑童子様がいらっしゃるところがすなわち羅生門だ。無駄口はもう控えろ。もうすぐお目見えの間につく」

確かに大きな扉が見えてきた。さらに不思議なことに扉に近づくにつれ徐々に扉が開いていく。

一行は謁見の間に入り、奥に鎮座するものを見た。おそらくこの者が酒吞童子なのだろうがこれまでの所業に似合わず顔は名門貴族の当主のような美しい顔立ちをしており、その身に纏う風格も一つの軍を率いるににふさわしい。その周りには大小無数の鬼が、特に近くには周りの鬼とは一線を隔す妖気をまとった5人の鬼がいた。

「発言を許す。貴様らが朕に捧げものを持ってきたとな」

「酒吞童子様に拝謁できますことこの身に余る幸せにございます。捧げものはこちらに。ある名門貴族が一子、都でも一、二を争う美形でございます。さらにおまけ、といっては何ですが、さる貴族の秘蔵の銘酒をお持ちいたしました。どうぞご賞味のほどを」

「ふむ、貴様らは心掛けが良いな。特別に貴様らの縁者は襲わないでやろう」

「誠にありがとうございます。ささ、姫。酒吞童子様にお酌を」

その声に神輿に乗っていた者は瓶から酒を徳利に次ぎ、猪口と一緒にお盆にのせ酒吞童子の前に進んでいく

「今回は徳利と猪口にもこだわっております。都随一を誇る名人に焼かせた逸品にございます」

「重ね重ね朕を喜ばせるやつだ。褒美に都から奪った金をいくらか下賜しよう」

「ありがたき幸せにございます」

姫は猪口を酒吞童子に差し出し、酒吞童子もそれを受け取った。

「遠目にみても素晴らしかったが、いざこの手にすると格別の美しさだな」

姫がそれに応える。

「どうぞ一献」

「うむ、そこいらの姫が放つような耳に障る声ではないな。貴様も気に入ったぞ。酒もよい香りだな」

酒吞童子は心から満足した様子で姫が注いだ酒を飲む。しかし、一口飲んだその瞬間、酒吞童子の表情が憎々しげに変わる。

「女、貴様この儂に何をした」

叫びながらそばに立てかけてあった金棒を姫めがけて振り下ろす。

姫はふわりと金棒を避ける。

「バカでかい声で怒鳴るな。その酒は神便鬼毒酒といってな。人間はもちろん貴様のような化け物でも即死するような酒なんだがな」

姫はしゃべりながら衣を脱いだ。その下からは源雷光が現れた。

「きさま、よくも儂を謀ったな。おまけに香でだまされたがその匂い、憎きあいつの末裔か」

「神代の蛇龍が転生した姿がお前なんだってな。二度も同じ手に騙されるとか馬鹿だな」

「なぜそれを知っている」

「胡散臭くて腹が立つほど優秀なうちの術師から聞いた。おまけにお前を一度殺したのは俺の先祖なんだってな。どうだ同じ手で同じ一族に罠にはめられる気分は」

「ちょっと胡散臭いは余計だしあまり挑発しないで。誰も助けに行けないよ」

その言葉の通りすでに変装を解いた一行は鬼たちとの戦闘を始めていた。


「貴様が茨城童子か全ての女の代わりに貴様に天誅を下す」

「誰だお前。お前の恋人でも俺が食っちまったか」

「そうだ、全ての女は俺の恋人だ」

「…意味が分からん。俺の主義には反するが食い殺してやる」


「お前、見たところ純粋な人間じゃないな。なら俺たちはお仲間じゃねえか。俺は金童子っていうんだ。どうだ一緒に楽しくやらないか。」

「やめろ、そういうことを言うんじゃない。俺は馬鹿だからうっかり乗っちまうじゃないか。俺は貞光さんから目の前の敵を切り伏せろといわれているんだ」

「ちっ、馬鹿正直な奴だ。後悔しても知らねえぞ」


「きひひっ、なんだお前みたいなおいぼれが俺と戦うってのか。俺様の名前は虎熊童子。今ならまだ許してやる。ひざまずけば見逃してやるぞ」

「まったく、鬼というものは礼儀を知らんらしい。我が名は卜部季武。貴様を葬るものの名だ。冥土の土産にするがよい」


「見たところお主も弓を使うらしいな。何たる奇遇」

「おお、偶然だな。鬼にも弓を扱うものがいるとは。我が名は碓井貞光という」

「なんと、お主があの音に聞こえた碓井貞光殿とは。噂は聞き及んでいるぞ。なんでも並ぶもののない弓の名手。その眼帯の下の目は千里先の敵を射抜くとか」

「光栄だな、鬼にも我が武名が広まっているとは。しかしお主もただものじゃなかろう。右腕と聞いておったあの茨城童子よりもよっぽどお主のほうが恐ろしいわ」

「過分な評価痛み入る、ただ長生きしただけだ。そろそろ儂も名乗るとしよう。我が名は星熊童子。酒吞童子様に最古から使えるものだ」

「いざ尋常に」

「勝負」


「おいおい、周りはもうドンパチが始まってるぞ。まだ立てないのか」

「クソが、姑息な手段を使いおって」

「知るか、勝てば官軍という言葉を知らないのか」

「酒吞童子様。わたくしがこやつの相手をいたします」

「わかった。やれ熊童子。ただし殺すなよ。とどめは儂がやる」

「万事お任せを」

「やれやれ、こんな雑魚が相手とはな」

「黙れ人間風情が」

熊童子は雷光に向かって走り出す。むろんまっすぐ向かうのではなく、フェイントを入れながら。

そして雷光の目の前で存像を残し後ろから切りかかる。

しかし、高速で動き残像すら残す熊童子よりも早く雷光は振り返り熊童子を切り裂く。

「酒吞童子様。無念でございます」

「おそい、鬼といえど加護を受けた俺の敵ではないか」

「貴様、我が眷属をよくも」

「次はお前の番だ酒吞童子。こいつと同じようにしてやる」

「よかろう、貴様たちの死体を捧げ我が眷属たちの魂の平穏を祈るとしよう」


そこからの酒吞童子と雷光の戦いはまさに死闘といえるだろう。

しかし、わずかの差で上回ったのは雷光だった。

「くそが、なぜだ。なぜおれはまた人間に、神に破れるのだ」

「俺の知ったことか。お前は俺より弱かった。ただそれだけのことだ」

「なるほど、そうかそういう事か。力で事を成そうとしたのが間違いだったのだ」

「お前、何が言いたい」

「ふん、束の間の勝利に溺れるがいい。儂は貴様らの思いもよらぬ方法で復讐してくれる」

そう言い残すと酒吞童子の体は消え去った。

「逃げられたか、まあいい。致命傷は与えた。そう長くは持ちまい」

「雷光様、お怪我は」

「お前らか、かなりの傷は負ったが加護のせいだろうな。もう治り始めている。そっちはどうだ」

「は、我ら四天王傷こそ負いましたが茨城童子以下羅生門に巣くう鬼は全滅でございます」

「よくやった。ん」

雷光と貞光が話していると羅生門の様子が変である。豪華絢爛な室内がぼやけ、元の山に変わっていく。

「なるほど、あの鬼が言っていた酒吞童子がいるところが羅生門とは奴が術で作ったという事だったのか」

「そのようでございますな。では雷光様」

「ああ、いつも通り、奪われた金目のものはいくらかいただくぞ。賄賂やらいろいろなことに使うからな」

「「「「御意」」」」

「これにて一件落着だね」

 

 しかし、この時雷光たちは知らなかった。これから200年後酒吞童子は人の皇に転生し自らアマノムラクモノツルギを抱いて入水自殺することで悲願を達成。神宝を無くしたことで人心は荒れ王の権威は地に落ち群雄割拠の時代になり、多くの不幸なものが生まれることを。これによって数千年に及んだヤマタノオロチの復讐は幕を下ろした。


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