第10章 誓い

第25話

 時は過ぎ、3月12日。

 和樹の父の裕樹の月命日である。

 この日の午前、宇野笙慶さんがお参りに神無代かみむしろ家を訪れた。

 母の沙々子と和樹は、並んで仏壇の前に座り、笙慶さんの背中を前にお経を聞く。

 父の遺影を眺め、和樹は複雑な思いにふける。


 

 高校入試は今月初めに行われ、和樹は『桜南高校』に合格した。

 一戸・久住さん・蓬莱さんも合格。

 上野も、本人いわく『ミラクルな合格』だった。

 仲良しの大沢さんは、市外の農業高校に進学し、春から寮生活を始める。

 彼女とは別の道を歩むが、連絡は取り合えるし、夏休みや冬休みには会える。

 秋には、彼女の高校で作ったチーズやジュースを、生徒たち自らが市内の催事場で販売する。蕎麦打ち体験会もある。

 久住さんは「シソのジュースが好きだから、いっぱい買うね」と約束した。

 そして、みんなで蕎麦打ち体験をすると誓った。

 

 

 かくして昨日は、上野宅に六人が集まり、『大沢さんを送る会』を開いた。

 一戸はフルーツタルトのホールを持参し、和やかな楽しいひと時を過ごした。

 だが受験期間が終わり、『悪霊』が動き出すのは間違いない。

 油断は禁物だが……

 和樹は、ニコニコと語り合っている女の子たちを見た。

 蓬莱さんも、今のところは『悪霊』に狙われている自覚は無さそうだ。

 出来れば、彼女に気付かれぬまま、闘いを終えたい……。




「合格おめでとう。和樹くん。これからも、れんをよろしく」

 読経の後、リビングに移動した笙慶さんはとお茶を前に頭を下げる。

「入学に必要な品物は、揃えたんですか?」

「高校からの書類は届きました。教科書は指定の書店で購入します。制服やジャージも揃えないと。これから入学式までが、忙しいんですけれど……」

 沙々子は、我が子を自慢気に見た。

「最近、急に大人びて来たみたい。夫にも似て来たし」


「お子さんの成長は早いものですね」

 笙慶さんも嬉しそうに頷くが、和樹は落ち着かない。

 笙慶さんは、自分の密かな闘いを知っている。

 父の裕樹の幽霊のことも知っている。

 そして、母を好いている(らしい)。


 この微妙な関係は、悩みのタネだ。

 笙慶さんは良い人だし、母がその気なら再婚しても構わない。

 だが、父の幽霊が我が家に現れる間は……反対だ。


(この闘いが終われば、父さんは……もう来ないだろうな)

 和樹は、視線を落とす。

 なまじ父の幽霊と再会したせいで、別れの辛さと喪失感そうしつかんは大きいだろう。

(その時は……父さんも、母さんの再婚に賛成するだろうし……)


 和樹は複雑な思いを抱えつつ、母と共に玄関で笙慶さんを見送る。

「和樹、今夜は早目にお風呂に入るからね。マキナくんたちの生配信があるから」

「はーい」


 生返事をし、リビングの窓から、蓬莱さんの住む斜め向かいのマンションを見た。

 すると……

(げっ…!)

 和樹は、口元を押さえる。

 マンションの外壁を、巨大な杖が真横につらぬいている。

 方丈さまや僧侶が持つ『錫杖しゃくじょう』のようだが、何とも奇妙な光景だ。

(出やがった! 上野と一戸に連絡しないと! ミゾレは……まあ、いいか)

 和樹は自室に戻り、スマホを手に取ると……メールが入っていた。

 相手は、岸松おじさんだ。


【明日の昼、そちらに行く。沙々子は仕事で不在だな? 出来れば、上野君と一戸君も同席して欲しい】


 当然、素早く了承を伝えるメールを返す。

 上野と一戸の件は、すでに岸松おじさんには伝えてあるが、彼らも呼べと言うのは重大な話なのだろう。

 今夜は、家にあるだけの醤油さしに、湯を入れて置こう。

 上野と一戸にも、今夜の入浴時間を伝えなくてはならない。

 受験期間が終わり、とうとう敵も動き出したようだ。

 敵が、教師や生徒に取り憑いていないことを祈りつつ、窓に背を向ける。


 すると、母が近寄って来た。

「ねえ、和樹。向かいのマンションだけど……」

「は?」

「いえ……いつもより、暗く見えるような気がするから。気のせいね、きっと」

 言い残してキッチンに向かったが、和樹は心臓がバクバクする。

 やはり、母は少なからず霊感がある。

 異変に勘付かれた。

 マンションを貫く巨大な杖は見えずとも、霊現象を感じている。

 一人息子が幽体離脱をして『魔窟』で闘ってるなど、絶対に知られたくない。

 明日は岸松おじさんが来るから、まずは相談するしかない。

 

 


 

 

 そして夜。

 アイドルの生配信開始の15分前に、和樹は風呂に入った。

 適当に体と髪を洗い、浴槽に浸かると父の裕樹が現れた。

「父さん、待ってたよ。また、敵が…」

「そのようだな。行けるか?」

「うん!」


 和樹は頷き、まぶたを閉じた。

 額に七色の光が集まり、張り詰めた糸が震えたような衝撃が体内を貫く。

 和樹の霊体は分離し、水底の奥深い場所を目指す。

 そして、潜りながら考える。

 父とは、母の再婚について話せていない。

 あれこれと悩んでいる間に、和樹は『魔窟』に着地した。

 


 いつものように、『魔窟』の山門の前で和樹たちは集合する。

「ねーねー、そのワンちゃん、あたしも抱きたーい」

 上野の返事を聞くより先に、フランチェスカはチロを抱き上げる。

「猫が犬を抱くんかい。いいけどよ」

 上野は鼻の頭をく。

「でも……方丈さま。同じアニマルなのに、チロとフランチェスカと白炎の能力差が在るのは何故ですか? 白炎は、チロみたくテレパシーで話しかけて来ないみたいですし」

「生きてるか、死んでるか、の差もあろうが……」


 方丈老人は、白炎の前足を撫でる。

「お主の犬は、お主の家に居ついた霊じゃ。生前の姿のままで、ここに来た。お主を護る意思が強い。守護霊と思えば良い。猫は『三途の川』の水を舐め、お主ら同様の能力を得た。猫の姿で闘うよりも、人間の姿の方が有利なのやも知れぬ。馬は、雨月うづきとやらの愛馬だったんじゃろう。雨月の……オプションとでも言えば良いかのう」


「……大切なパートナーです」

 一戸は不満気に呟き、白炎の背を撫でる。

 『オプション』呼ばわりされ、ご機嫌ななめの様子だ。

 老人は鼻で笑い、一戸に言った。

「おい、ワシを馬の背に乗せい。老人は大切にしろと教わったじゃろうに」

「……どうぞ」

 一戸は老人を持ち上げ、白炎の背に乗せる。


 そして、一行は山門をくぐり抜けた。

 山門が閉じると、闇夜の風景は一変する。


 夜空は暗く、そして巨大な月も頭上にある。

 しかし、すぐ傍には大木の如き仏像がそびえ立っている。

 高さは、三階建ての校舎よりも高いだろうか。

 青銅色で、ところどころに赤錆あかさびが付着している。

 作られてから雨風に晒された様子で、相当の年月が経っているように見える。

 さらに、遠くには何かが立ち並んでいるが、暗くて見えない。

 


 上野は、手前の像を見上げた。

 こちらも、細部は良く見えない。

 だが、右手には剣を掲げ、左手にも何か持っているのは分かる。

「これ……仏像か?」 

「おそらく……『羅刹女らせつにょ』だな」

 一戸は、目を細めて仏像を観察する。

「『羅刹らせつ』は人を食う鬼だったが、仏教に取り入れられてからは守護天になった。『羅刹女』は、それの女性バージョンで、外見は美しいとか」

「さすが、仏像にも詳しいねえ。でも、何で分かる?」

「この仏像は、十二単じゅうにひとえの上に袈裟を着ている。十二単姿の仏は、『羅刹女』だけだと思う」


「でもさ……こいつ、絶対に動いて襲って来るよな」

 上野は振り向き、遠回りにこちらを囲む物体を眺める。

「しかも何か囲まれてるし。あれも絶対、動くよな」

「あたしが全部ブチ壊す!」

 フランチェスカはチロを上野に預け、腰を落として、前後に足を開いて身構える。

 が、老人は飄々ひょうひょういさめる。

「ありゃ、『地蔵さま』じゃぞい。『かさ地蔵』の話は知っとるじゃろ?」

「地蔵だろうが羅刹だろうが、攻撃されたら返す!」


「待って……仏像の手の上に何か居る!」

 和樹が、斜め前の羅刹女像を見上げた。

 『羅刹女』の左手のひらに、人影がある。

 するとスポットライトの如く、月光が『羅刹女』に降り注ぎ、人影を照らした。

 

「ウニョさま!?」

「叔父上…!?」

 和樹と一戸が同時に叫ぶ。

 羅刹像の手のひらの巻物の上に、笙慶さんが立っていた。

 普段の穏やかな表情とは真逆の、鬼の能面の如き強面こわおもてだ。

「みんな、合格おめでとう。はっはっはっはっはっ! 悔いなく、羅刹女さまの御膳ごぜんになりたまえ! 若い男の尻の肉は、さぞ美味だろう! はっはっはっはっはっ!」


「どうりで、マンションが錫杖しゃくじょうで串刺しにされてた訳だ……」

 和樹は納得し、『白鳥しろとりの太刀』を抜いた。

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