第59話 バラバラにされていく心

「何をしてんだよ……お前ら………」

「マサくん。ごめん、心配したよね」

 

 マンションの出入口の端っこには、菜摘なつみ蓮琉はるだけではなく、明希乃あきの七種さえぐさ美芙優みふゆまでが揃っていた。他の三人が深刻そうな顔をする中、七種だけが平然と俺に目線を合わせる。

 この女、俺のギャルに何を吹き込みやがった?

 

「あら正義まさよしさん。怖い顔をされていますね」

「当たり前ですよ。彼女達の様子がどう見てもおかしい。あなたの仕業でしょ?」

「悪者みたいにおっしゃってますけど、私は誤解を正しただけですよ。強引に肉体関係を迫ったなんて、事実が捻じ曲げられてますから」

「は!? 突然何を言い出すんですか!?」

 

 七種の話によると、この場で仕事帰りの明希乃と出会でくわし、過去の件で軽い口論になっていたらしい。それを女子高生達が目撃し、全員の間違った認識を改めさせたと言う。

 俺は嘘を言ったつもりなどなく、この女が何を誤解だと言っているのかさっぱり分からない。

 

「ちょっと待ってくれ。俺は真実しか伝えていない。何が誤解だと言うんだ?」

 

 俺の声を聞いても、気まずそうな三人の様子は変化せず、明希乃だけがボソッと呟いた。

 

玖我くがくん。七種さんと関係を持ったのは、彼女から一方的にだって言ってたよね?」

「ん? あぁ。俺は七種さんと付き合う気は無いとハッキリ言ったぞ」

「じゃあ泣きついたっていうのは、どういう理由があったの?」

「それは……嘘ではないけど、俺もメンタル的にやられてたというか……」

「ご本人には言い難いでしょうから、私が詳しく説明しましょうか?」

 

 痛いところを突かれて言葉に詰まる俺を横目に、意気揚々と割り込んだのは七種である。

 黙ったまま俯く俺を見て了承と捉えたのか、勝手に明希乃達に向かって語り出した。

 

「正義さんは社長であるお父様を超える以上に、お母様に認めてもらおうと必死だったんです。しかし三年前にお母様を亡くして、大きな目的と生き甲斐を見失い、会社経営も半ばヤケクソでされていたんですよ」

「そ、そんなのどっちでもいいじゃん!

 マサくんは頑張ってたんだよきっと!!」

「菜摘さん……でしたっけ? 彼のお母様への執着心は生半可ではありません。褒めて欲しい一心で取り組んでた仕事は、悲しみを忘れる為の手段に変わり、彼の心身をボロボロに痛め付けていました」

「その弱みにあんたがつけ込んだの!?」

「それも違います。私はそんな彼を見ていられなかったんですよ。だから家を訪ねて無茶なやり方を止めようとしたら、彼が号泣しだしたので、優しく慰めたに過ぎません」

 

 その場の空気が凍り付き、冷たい冬の風が肌に容赦なく突き刺さる。

 七種の発言を否定しようにも、内容自体はほとんど誇張もされておらず、その主張については認めざるを得ない。

 唯一弁解の隙が有るとすれば、その時の彼女の下心が俺には金目的にしか思えなかった事だが、言い訳と捉えられればなおさら立場が悪くなる。

 やはり彼女を拒み切れなかった俺の弱さが、全ての元凶なのか。

 

「その頃私は仕事が忙しくて、玖我くんとメッセのやり取りくらいしかなかったけど、聞いてた話と少し違うかも……」

 

 沈黙の中で独り言の様に発せられた明希乃の言葉は、すでに不信感が漂っていた。当時の俺は七種から離れたい気持ちが強く、その辺りは細かく伝えていなかったかもしれない。

 

「七種さんの話は事実だよ。確かに流されて関係を持ってしまったけれど、やっぱ違うと思ったし、俺は彼女を恐れていたんだ」

「なんでその時私を頼ってくれなかったの? 先に私に助けを求めてくれれば、そんなおかしな事態にもならなかったよね?」

「え、明希乃? お前何言って……」

「ごめん。これ以上この件に巻き込まないで。これじゃ私の方が利用されてるみたい」

 

 突然不機嫌そうにマンションに入っていく明希乃を、呆然と見送るしか出来なかった。迷惑を掛けてる自覚はあるが、あの怒り方だと、まるであいつが嫉妬しているみたいではないか。

 そんな俺に構う事なく、今度は女子高生二人に目を向け、七種が語り出した。

 

「あなた達のどちらが正義さんの恋人かは知りませんが、今の彼を見ていて分かったでしょう? 彼は優しさを投げっ放しにする傾向があり、その後の配慮がとても苦手です」

「そんなことないし! あたしは助けてもらった後も、ちゃんと向き合ってもらえた!」

「あなたが本命なんですね。ではこちらのお友達の気持ちはどうなるんですか? 近くに居るだけでも辛いはずなのに、それでも優しくされ続けて、最終的に想いは叶わないんですよ?」

 

 俺達の間で折り合いがついてる関係を、今更崩されようとしている事には腹が立つ。

 しかし傍から見ればそう解釈したくなるのも分かるし、ここで俺が当人の気持ちを代弁するわけにもいかない。


 無言で様子を伺っていると、蓮琉は凛とした姿勢で自分の意見を述べる。

 

「私は確かに玖我さんに好意がありますけど、菜摘ちゃんとはお友達で、二人の事を応援すると決めてるんです! あなたに心配される言われはありません!」

「そうですか。あなたの中では割り切れてるんですね。では菜摘さんはどうでしょう? 恋人を想う友人がいつも側に居て、本気で不安が無いとでも?」

「そ、それは分かりませんが……」


「いい加減にしてくれ七種さん!!」

 

 なんだこれは。なんなんだよこの人は。俺達の築き上げたものを引っ掻き回して、崩壊させたいだけじゃないか。情に訴えるような言い方も、狡猾な精神攻撃に過ぎず、強引に推し潰そうとしているだけだ。

 俺を責めるならまだしも、大切な人達を傷付けられるのは我慢ならない。


 七種の指摘に蓮琉は俯き、隣に居る菜摘は拳を握り締めている。

 二人の悔しそうな姿を見ていたら、無意識に声を上げて止めに入っていた。

 振り返った七種は思惑通りと言わんばかりに、こちらを見て嘲笑っている。

 

「……何か言いたげですね、七種さん」

「ずいぶんご立腹な様子ですが、これは全て正義さんが撒いた種ですよ?」

「わかってますよ。だから標的は俺だけにして下さい。俺の彼女と友人は悪くない!」

「彼女……ですか。でははっきり申し上げますね。正義さんは菜摘さんを抱けるんですか?」

「は、はぁ!? 

 次から次へとなんなんですか!?」

 

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