第46話 来客時を狙われた気分です

 木の葉が紅葉を始め、深まる秋と季節の移ろいを感じる十月中旬。ゆったりした時の流れを、我が子のように思い始めた幼児と共に過ごすのも、そんなに悪くない気分である。

 今日俺の家に来ているのは、珍しく悠太ゆうた一人なのだ。別に寂しくなんかないぞ。


 バイトを辞め、時間的にも体力的にも余裕が生まれた菜摘なつみは、蓮琉はる以外の友人とも交流する機会が増えた。だからこの日は四人でだべってくると言い、仕事前の麗奈れいなさんから息子だけ預かって、俺は自宅待機を決行中。本当に寂しくないぞ。

 

「おったん! こえ、ねーね?」

「ん? あ、本当だ。菜摘から電話か」

 

 窓からぼけーっと薄暗い空を眺めていると、鳴り響く着信音に幼児がいち早く反応した。画面に表示されたアプリのアイコンは、菜摘がお気に入りのマスコットの写真なので、覗き込んだ悠太も姉からだと気付いたらしい。いつの間にやら賢くなったなこの子も。

 

「もしもし? どうした菜摘?」

「あー、ゆうちゃんダイジョブそう?」

「おう。今の所なんの問題も無いぞ」

「そっか。もうそろそろ晩ご飯作りに帰ろうかなって思うんだけどさー……」

 

 夕飯なら作り置きもあるし、気にせず楽しんできてくれと、放課後になってすぐに伝えたのに。まだ一時間ちょいしか遊べていないはずだし、もう帰らせるのはさすがに可哀想だぞ。

 

「ゆっくりしてきなよ。こっちは平気だから」

「いやそれがさ、アイちゃん達があたしのご飯食べたいって言ってるんだよねー」

「……君ん家に招待すれば?」

「そんなのヤダ! マサくんハブにして、他の子だけにご飯とか作れないし!」

「うちに呼ぶの?」

「やっぱダメかな?」

「……君がいいならいいよ」

 

 そのアイちゃん達とやらは、一時期疎遠になっていた友達だろう。俺についても軽く話しているみたいだし、菜摘が仲良くしてる子達なら、あまり邪険にはしたくない。もちろん菜摘の気持ちは嬉しいし。


 そんな思いで許可を出し、ハラハラしながら幼児の遊び相手をしていると、二十分程で玄関の開く音が聞こえてきた。そして聞き慣れない高い声が、いっぱい近付いてくる。

 

「やばっ! 合い鍵まで持ってんの!?」

「うん。毎日まいんち来てるからねー」

「ガチで!? どんだけラブいんだよ!」

「んー、フツーよりは仲良いかな?」

「ほとんど夫婦みたいな関係だよ」

「ハルちゃんにそこまで言わせるとか、菜摘ガチ惚れなんだ! 変わったね!」

 

 聞き耳を立てるまでもなく、丸聞こえな会話に恥ずかしさを覚えている頃、リビングのドアが開かれた。金髪ギャルと黒髪少女に続き、初見の二人は茶髪と黒髪で、明らかに陽キャの雰囲気が漂っている。と言うか菜摘よりギャル感強いし、茶髪の子は随分ケバいな。

 

「あ、お邪魔しまーす」

「マサくんただいま! 

 あたしらの友達の、愛華あいか陽菜ひなだよ」

 

 アイちゃんと呼ばれてたのが、茶髪で若干ヤンキー臭を感じる子か。陽菜という子は髪こそ染めていないが、蓮琉に比べるとカラコンやらピアスやらで、キャラが濃い。この四人が揃うと、蓮琉の素朴さが際立つなぁ。

 しかし思いのほか礼儀正しく、ちゃんと自己紹介もするし、俺の許可が降りるまで座りもしなかった。やはり菜摘達が気を許すだけはある。

 

「マサくんさんは、こんな広い家に一人暮らしなんですか?」

「マサくんさんって……。

 まぁ最近では四十崎あいさき姉弟や蓮琉ちゃんが来るから、一人でいる時間も減ったけどね」

「聞いてた通り優しいっすねー!

 うちもそんな彼氏欲しいわぁー」

「ちょっとアイちゃん! 

 マサくんは譲らないからね!?」

「菜摘の彼氏とるわけないっしょ」

「うわー、弟のゆうちゃんこんなにちっちゃかったんだ。あたしの兄貴と交換してよ」

「ヒナちゃんまで何言ってんの?

 ゆうちゃんあげるわけないし!」

 

 菜摘と蓮琉がキッチンにいる分、必然的に女子高生達の会話のボリュームがデカい。内容こそ微笑ましいが、居心地が悪いぞこれは。

 

「食卓の方を使っていいからさ、みんなもう少し小さめの声で喋ってくれるかな?」

「あ、すいません。うち声デカいっすよね」

「あれ? 玖我くがさんはどこに行くんですか?」

「邪魔になりそうだから、書斎に居るよ」

「わかりました。ご飯できたら呼びますね」

 

 和気あいあいとしながらも、俺の挙動を気にかける蓮琉は、馴染みきれてはいないのだろうか。女子トークには参加出来てるし、心配する事も無いか。


 夕食の支度が終わり、全員で食事をしている中、ポケットのスマホに何件かの通知が入る。よりにもよってメッセージの送り主は明希乃あきのだし、俺が自宅に居るかをしつこく確認する内容だ。一体なんの用だよ。

 

「どしたのマサくん?」

「いや、ちょっとメッセの返信を」

 

『家に居る』とだけ返すと、一分と経たずにインターホンが鳴った。あいつ、エレベーターで移動しながら送ってきやがったな。

 

「ごめん、ちょっと応対してくる」

「だれ? 明希乃さん?」

「菜摘のお察しの通りだよ」

 

 若者達には気にせず食事を続けてもらい、玄関を解錠すると、俺がドアノブを掴む前に扉が開いた。そこに立つ見た目だけ小綺麗な女は、なぜか不機嫌そうな表情をしており、視線を俺から床へと移す。本当に何しに来たんだコイツは。

 

「ちょっと玖我くん。

 なんでローファーが四足もあるわけ?」

「菜摘の友人が来てるからだけど」

「はぁ!? 君、菜摘ちゃんとの関係言いふらしてんの!?」

「人聞きの悪い言い方すんな!

 菜摘が親しい子にだけ伝えてるんだよ」

「ふーん。私どうなっても知ーらない。

 あ、菜摘ちゃん久しぶりー」

「お久しぶりです、明希乃さん」

 

 背後から様子を見に来たギャルは、以前とは違う丁寧な態度で、俺の悪友と接している。

 それにしてもこの女の様子からして、また厄介事になる前兆としか思えないのだが。

 

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