第26話 パチッ
「……あれ」
「やぁ、また会ったな鷽月一年生」
俺が割り当てられたのは、先のレースで辛酸をプレゼントしてくれた美野里先輩のチームだった。もう一人の女子生徒は2位の波津先輩だ。
「安芸副会長から命を受けてな、だから君は私のチームメイトだ」
「命令を聞くだなんて、随分とあの人の事を買っているんですね」
「買っているとはおこがましい表現だが、副会長は私の遥か格上の存在だよ」
……なるほど。
「俺の技能を暴いて来いとでも言われたんですか?」
「概ねその通りだが……。ところで、君の後ろにいるその子は誰だ?」
「は、八光です」
「……なんで?」
振り向くと、そこには八光が立っていた。どうでもいいけど、体操着とその長い脚は不釣り合いだな。
「やっと二人きりになれると思ったのに。それに、また女の子ばかりで本当に仕方ないんですから」
「いや、お前が居なかったらお前のチームが困るだろ」
「問題ないです。グッド・フェローズが何とかしてくれます。虎にして置いてきました、喋れるし普通の変異人類よりよっぽど強いです」
シレっと虎に出来る事を知った、とんでもねぇな。
「つーか、それって今のお前は技能を持ってないって事?」
「そうです、だから守ってくださいね」
「八光一年生、技能がないなら私たちといても危険だ。ここから動かない方がいい。ドロボー側は容赦をしないぞ」
「……その、イヤです。小戌さんが、あ、あなたたちといるのが耐えられないので」
そう言えば、初めて会った時はこんなんだったな。友達だと思ってないヤツと話すときはこの調子なのかもしれない。
……じゃあ、あいつらの事は友達だと思ってるんじゃねえの?
「まぁ、仕方ないか。邪魔になるようならすぐに戻ってもらうからな」
「えっと、イヤです」
そして、俺の背中に隠れた。美野里先輩は「1年は言い出したら聞かない」という事を知っているって態度だ。ところであれを見てよ、ずっと横で聞いてる波津先輩の顔。心の底から呆れてるのが滲み出てる。ゴミを見るような目ですよ。
「それでは早速行こう。ただでさえ出遅れているから、巻きでな」
しかし、なぜ美野里先輩はマルホランド・ドライブで八光の記憶を操作して返さなかったんだろう。やはり、何か特殊な条件があるようだ。俺は俺で、彼女の技能に探りを入れておくのがいい。
もしかすると、いずれバトルする羽目になるかもしれないからな。
……それから、俺たちは美野里先輩をサポートする形でドロボーを5人捉えた。上々だ。
彼女の技能について分かったことは二つ。一つ目はマルホランド・ドライブはある程度の準備が必要であるというコト。接敵してすぐに効果を使えるワケではなかったからだ。
二つ目は、仕掛けても解除出来るパターンがあるというコト。あまりにも整合性のない記憶操作をしようとすると、そうなってしまうらしい。分かった理由は、彼女が俺に生徒会に入るように仕掛けて来たから。ドサクサに紛れて何してんだよ。
「ダメか、来てくれると思ったんだが」
「ダメに決まってるでしょう。俺はどこの組織にも属する気はありませんってば」
売店には所属してるけどな。
「残念だ、なぁ波津三年生」
言われ、波津先輩はコクリと頷いた。あの人、マジで一言も喋らないな。おまけに技能も目に見えない何らかの力だから、何をどうやってドロボーを足止めしているのかが分からない。こういうタイプが一番不気味だ。
「小戌さん、おんぶしてください」
「急に何だよ」
「疲れちゃいました。だって、あっちこっち走り回るんですもの。私、あまり運動は得意じゃないんですよ」
「なぁ、今俺たちが何やってるのか分かってる?」
「デートですよね、知らない人が二人いますけど」
「違うよ?」
しかし、背中に回り込むと勝手にしがみついておまけに首を噛んできたから、仕方なく体を支えることにした。ところで見てよ、波津先輩の顔。呆れを通り越して怒りが滲み出てる。親の仇を見る目ですよ。
「……あれ、この体操着なんですか?首のタグに名前がありませんよ?」
俺は自分の持ち物に名前を書いている。
「病室棟で借りた」
「なぜですか?」
「なぜって、あんだけボロボロになれば医者にかかるくらいするだろ。破れたから交換してもらったんだ」
あれは手直しして使うけどな。もったいないし。
「かわいそうです。でも、私だけでいいはずなのにあんなにカッコつけるからそういう目に合うんですよ?」
「おい、首を噛むな」
今日はやけに首を攻撃される日だ。さっきの血の気が引いていく感覚を思い出して、つい深く息を吸い込んでしまう。
「……ところで、美野里先輩。これはどこへ向かってるんですか?」
「まぁ、来ればわかるさ」
物事をスッパリと言い切る美野里先輩にしては不思議な言動だ。そう考えたと同時に、俺の脳裏にこの3ヶ月で身に起きたロクでもない事件の数々がフラッシュバックする。デジャヴにも似た危機の訪れを察知するこの感覚。あまり、心地の良いモノではない。
……パチッ。
考えた時、何かが弾けたような音が聞こえた。この音、前にもどこかで聞いたことがある。確か……。
「入学式……?」
瞬間、正面の建物の影から身に覚えた事もないような特大のプレッシャーが降り注ぐ。全身の毛が逆立つような冷気。自然と片脚を浮かせて半身になり、八光をなるべく影から遠ざける。
「……ッ!?」
そして、突如として俺を襲ったのは
「グ……オェェ……ェッ」
胃液が逆流して、俺は
「八光!離れとけッ!」
手を離して突き飛ばし、振り返った目の前の二人を見る。そして、足音。弾ける音。直視して現れたのは。
「大したことない」
挨拶の時にも聞いた、冷たすぎる声。銀髪の長い髪に切れ味の鋭い目。高い身長に白すぎる肌の、体のどこをみても一切の温度の感じられない、纏う空気でさえ凍りつかせるような女がそこにいた。
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