第25話 ……変態

「今ここで小戌ちゃんを殺したら、ずっと僕のことだけを見てくれるよね」


 言って、隈乃見は俺の汗だくの体にまとわり付いて、クローブヒッチ・キラーによってロープの材質をより鋭利なモノへと変えていく。キツく締め上げられて、首筋からは血が流れ始めた。


「カッコよかったからさ、昨日までと殺したい理由が変わったんだよん。今のキラキラのままでいて欲しい。もう、僕以外の誰のモノにもなってほしくない」


 エネルギーを使い切って、抵抗する力が湧いてこない。段々と、脳みそを巡る酸素が枯れていくのがわかる。苦しさの涙はゆっくりと流れて頬を伝う。聞こえるのは、再び激しく脈打つ心臓の音だけ。何度も押し付けられる彼女の唇の感触も、もう感じられなかった。


「ん……っ」


 意識がトびかけた時に喘ぐような声を聞いて、俺は首のロープを掴むワケでも逃げるワケでもなく、その体に寄りかかるように抱きしめて押し倒した。首の血がポタリと隈乃見の顔に垂れると、彼女は赤い雫を舐めて更に俺を求める。だから、口元に向いている意識を途切れさせないように唇を重ねて奪い、体操着の下から手を入れて上半身を探った。胸の下に、は見つからない。


「あふぁ……、イっ……」


 そして、次に腰から太ももへ。声が漏れて舌を絡ませてきた時に見つけた。左の内側に、ロープの結び目を。


「……っおえ、ゴッホゴッホ!」


 右手の指でそれを解き引き抜く様に立ち上がって離れると、首に巻き付く部分も既に普通の素材に戻っていた。


「今のは……ごっほ、マジでヤバかったな……おぇ……」


 口を拭い、血が止まらないから体操着を脱いで引きちぎり首に巻いて止血を施す。視界がぼやけている。水道に手をついて、咳き込みながら何度か深呼吸を繰り返した後にようやく涙が治まった。足元はおぼつかない。まだ、俺を殺そうとしてくるのか?その確認も出来ねえ。


 確かにやり方を変えろとは言ったが、頭のどこかでルールがあるから本当に殺される事は無いと高を括っていたのかもしれない。ここまでガチにりに来るとは思っていなかった。

 歌舞伎町から離れて、自分の生きる事への執着心が薄らいでいることに気がついた。そうだ、いつだって死と隣合わせなんだよな。


 忘れてたよ。


「やるじゃねえか」


 ……あれ。


「どうしたよ、だらしねぇ顔しやがって」

「え、えへへ。小戌ちゃん、もっと……。ファーストキス、あへぇ……」


 残念だが、俺のファーストキスは汚ぇおっさんのヤニと唾液まみれのヤツだし、相手をブチのめすために自分を売ったことだってある。人間は本気になれば、信念と童貞以外は捨てられるんだよ。


「つーか、なんでお前は倒れっぱなしなんだよ」

「た、立てなくて……」


 という事で、俺はさっきまで本気で俺を殺そうとしていた女を抱き抱えて病室棟へ向かった。腰が引けてるけど、まさかこいつ……。


「……変態」


 × × ×


「やっぱドクターってすげぇなぁ」


 隈乃見をベッドの上に置いて再びグラウンドに戻ってきた俺は、首を擦りながら思わずそう呟いていた。声帯まで届きかけていた傷が綺麗サッパリ無くなったからだ。おまけに愚痴も聞いて心まで癒やしてくれた。これもう実質神だろ。


 あの人よりも凄い医者がアメリカのファティマズ・アカデミーの附属病院にいるみたいだけど、これ以上どう凄くなるっていうんだろう。気になるな。


 閑話休題。


 俺がここに戻ってきたのは、ドロケイに参加するためだ。だいぶ疲れてるけど、参加枠の決まっているチーム競技をサボるわけにはいかない。それに、楽しみにしてたしな。


 グラウンドに入って、スポーツドリンクを飲みながら集まった生徒たちを眺める。ケーサツが40人、ドロボーが80人。チームは赤、白、青、黄で等分されている。


 ドロケイは、みんなが知っている子供の遊びを変異人類が本気でやるって競技だ。元々はFSUが実践訓練で行っていたトレーニングだったのだが、とある隊員がこれを教育プログラムに組み込むことを決めたらしい。


 フィールドは建物内を除いた学校の敷地全域。ドロボーは45分逃げ切れば、ケーサツは捕まえればポイントが入る。ただし、あくまでFSUの実践訓練がベースだからケーサツはドロボーを必要以上に傷付けてはいけないのがだ。それぞれの技能を上手く割り振り、且つ4チーム対抗のため他所よそにポイントを取られないようにする戦略が勝利の鍵を握っている。


 こういった訓練を積み上げていくことで、若い変異人類はチームワークや正義の心を培っていくのだ。……と、この前の授業で教わった。なるほどなぁ。


 1年1組は赤チーム。雪常と累木はドロボー、八光と俺はケーサツ。クラスが4組までだから、その単位で分けられてる。1クラス40人だったっけか。


 ……お、始まるみたいだ。


「それじゃあ、行って来るの」

「期待しててね」


 二人を見送ってから5分後、ケーサツの追跡が始まった。リーダーである3年の人研じんと先輩の指示はこうだ。


「青チームの柿崎かきざきが死ぬほど嫌いだから、あいつを殺すぞ」


 なるほど、たくさんの学びを得た3年らしく実に素晴らしい正義と指導力だ。


 まぁ動機はさておき、付け焼けばにもかかわらず人研先輩の戦略は分かりやすく大胆で合理的だった。うまく決まれば相手は付け入る隙もない、正義はないにしろ、今度こそ素晴らしい指導力なんじゃないだろうか。


「彼がケーサツである、という点を除けばですけどね」

「冗談だよ」


 貴重な時間を使って何を言うんだと思ったが、その後は人研先輩を司令塔に残してスリーマンセルでドロボーを狙うこととなった。


 チーム戦って初めてだな、面白くなってきたぞ。

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