とある宿の覗き魔
シエラと二人。
岩礁洞窟の近くにある『小雨亭』という宿屋にやってきた。
今日は店名に恥じぬ曇り空で、到着して間もなくパラパラと雨が降ってくる。
「うげ……また雨……」
「中に水着を着ているだろうが。ローブが濡れるのが嫌なら水着姿でいたらどうだ?」
周囲から奇異の目で見られたとしても、シエラの評判など今でもろくなものじゃないだろう。
オレも人のことは言えないが……
「そんなこと言って、あの手この手でアタシのローブを脱がそうとしてませんか? アタシの肌が見たいならそう言えばいいのにムッツリ魔術師♡」
「最近のおまえは憎まれ口を叩いてるのか、オレに気があるのかわからんな」
「だっ!? だれが惚れてなんかッ!!」
相変わらず平常心が五秒と保たない女だ。
騒ぎ立てるシエラを無視して、宿に入った。
「やあやあようこそ『小雨亭』へ。本日はお食事ですか? それともご宿泊?」
丸々と肥えた人の良さそうな主人が、揉み手をしながら微笑んでいる。
店内は広さはさほどないものの、シックな色使いの椅子やテーブルには小洒落た感じを受ける。
カウンターの後ろにはやたら豊富な酒瓶が並んでいて、隠れ家のようにリピートする客が多そうな店だった。
「へぇ……悪くないじゃないですか」
シエラは値踏みするように目を細め、店内のインテリアを間近で眺めたり指先で撫でたりしている。
金や物欲にがめつ過ぎて忘れそうになるが、一応シエラも名家の出だったな。
だがこいつが本当に物の価値を把握しているかは怪しいものだ。
「一泊したい、一部屋でいい。食事もつけてくれ」
「ありがとうございます。すぐお食事になさいますか?」
「弟子と少し話があるのでな。先に部屋へ行っても?」
「ええ、もちろんです。お部屋は二階になりますので、お食事の際はまたお声をかけてください。――おいクラウド! お客様をご案内」
店主が呼びかけると、店の奥から小太りな男が顔を覗かせた。
「客? めんどくせ……こっちだよ」
目つきが悪く無愛想なこの男が案内してくれるらしい。
男は先んじて階段を上がっていく。
「はは、申し訳ありません、不肖の息子でして。本当、誰に似たんだか……」
親子か。
店主と似ているのは体型くらいだな。
愛想の無さや眼光についてはオレもとやかく言えた義理じゃないので、特に気にしない。
案内された二階の角部屋に入り、一息をつく。
ベッドに申し分程度の棚と作業机。
小綺麗だが、特筆すべきことのない部屋だ。
ベッドの枕元のすぐ上には、壁に取りつけられた感応クリスタル。
指で弾けば明かりがつく代物で、なるほどこれなら横になって読書もできるだろう。
「はぁ~あ。アタシ、お腹すいたんですけど」
なんだかんだ喚いてたくせにすぐローブを脱いだシエラは、一つしかないベッドに水着の尻をギシリと落とした。
ブーツも乱雑に脱ぎ捨てると、師であるオレより先にベッドへ足を上げてくつろいでいる。
「てか話ってなんですか? もしかして、食事の前にこのベッドで一戦交えようとか考えてんじゃ――い……イヤらしい……っ!」
「おまえの脳内はいつも発情期の獣並みだな。……いいか、今回おまえは水魔術のみでケルピーの相手をしろ」
「は? 師匠ぉ魔獣の特性も知らないんですか? ケルピーって水魔術を使う魔獣ですよ。同じ魔術で対抗してどうすんですか勉強不足ですね!」
「その勝ち誇った顔をやめろ。当然そんなことは理解している。ときに聞くが、おまえは自分と同じ魔術師と戦った経験はあるか?」
「あ、ありますよそんくらい! ほら、海でマリーとかいう女と!」
「あれはマガヤドガニ退治だろう。そうではなく、直接魔術を撃ち合った経験はあるかと聞いている」
「それは……ない、です、けどっ?」
何が悔しいのか、シエラは眉間にシワを寄せながらそっぽを向いた。
「魔術師同士の戦いは、足を止めての撃ち合いになることが多い。戦い方としては四大属性を意識した戦略を練る必要がある。属性の相性はわかるか?」
「んなの、火>風>土>水>火。でしょ! 常識ですよ常識!」
常識という割には、こいつは海でヤドガニに火の魔術を放っていたが。
水場なら土の方が効率がいい。
……まあいい。
「そうだ。基本はその相性通りに、相手の魔術に相性のいい魔術をぶつけて相殺を狙う。だが魔術師によっては、例えばおまえが水と風の魔術を得意とするように得手不得手の属性がある」
「ふんふん。……だから?」
「得意な属性なら、反属性をぶつけるより同属性をぶつけた方が有効な場合もあるのだ。選択の幅も増えるし、相手の虚をつける可能性も上がる。対魔術師を想定するなら覚えておけ」
ここら辺は実際に経験した方が早い。
そのためにケルピー戦での水魔術縛りだ。
「ふぅん……
「おまえに遅れを取るようなことがあれば魔術師は廃業だよ」
「くっ……! 紋様でアタシが逆らえないからって偉そうに! あっ!? ちが――ウソウソ――んんぅ――~~~~っ♡」
背中をのけぞり足裏でシーツを引き伸ばし、一人悶絶するシエラ。
火山でこいつのパーティーに遅れを取ったことが本当に恥ずかしく思えてくる。
「先に下りて食事をしているぞ」
一階に下りて食事を取っていると、シエラがぜえぜえと息を切らしつつ席に加わった。
最近は粗末なものしか食べていなかったので、ことさらに旨く感じる夕食だった。
二階へ戻ったオレとシエラは、何を語るでもなくベッドへ寝転がる。
照明も落とした。
部屋が静かなせいか、雨が窓を打つ音がポツポツと響いている。
「……おいしかったですね」
「ああ。そう思うんなら少しは料理の腕を磨いたらどうだ」
「アタシは生粋の魔術師ですから」
「よく言う。口だけは達者だな」
「火山で師匠にさえ出会わなければ、今頃いい線いってたんですよ。みんなにチヤホヤされて、輝かしい未来が」
「火山といえば、おまえに顔を踏まれたことを忘れてないぞ」
シエラがもぞもぞと寝返りを打ち、オレの方を向いた。
「あは。痛かったですか?」
オレはブランケットの中に手を入れると、シエラの膝裏を持ち上げる。
「あっ……!?」
「この足に踏まれたんだったな」
「師匠って……絶対アタシの足好きですよね? めちゃくちゃ変態ですよね?」
息を荒げたシエラは、枕元のクリスタルを弾いて照明を灯した。
「おい、なぜ明かりをつける」
「イヤ……だって……この方が、なんか興奮しません?」
「どう考えてもおまえの方が変態だろうが」
大きく息を吐き、体を起こす。
シエラが何事かとオレの動向を見守っているが、食事を終えて部屋に戻ってからずっと
「どうやら、覗かれているみたいだな」
「は!? 覗き!?」
跳ね起きたシエラに、指をさして指示を出す。
「壁の辺りだ。調べてみろ」
言った通りに壁を確かめにいったシエラが、あっと声をあげる。
「ここ! 壁になんか切れ込みがありますよ!」
「開けろ」
開けろと命じたのだが、シエラは壁を思い切り蹴り倒した。
舞う土煙を払いながら壁の中へ踏み入ると、ごく狭い暗室になっているようだ。
「ち、ち、違うんだ! 僕はただ、絵を……」
暗室の隅で尻餅をついているのは、クラウドとかいうこの宿の息子だった。
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