帝魔とご対面
帝都には警報の鐘が鳴り響き、街を出歩いている一般人は見当たらない。
かといって遠巻きにオレを取り囲む兵士どもも、迂闊には手を出してこない。
おかげで帝都タワーとやらの真下まで、あっさりと辿り着くことが出来た。
夜空まで真っ直ぐに伸びた塔を見上げながら、一人言のように呟く。
「随分と慎重になったものだ」
「お兄さんが規格外過ぎるから、出方を窺ってるとかかなぁ?」
「おまえにしては的を射た意見だ。で、シエラはこの塔にいるんだったな?」
「うん、32階だってぇ。急がないとほんとに寝取られちゃうよ」
32階。
それはほぼ頂上に近い所じゃないのか。
登るのが面倒だ。
窓の並びからして、円柱形のタワーの外周に沿うよう部屋も配置されているんだろう。
各階層の継ぎ目もわかりやすい。
「ふむ……せっかくだ。もう少し規格外な所を見せといてやろうかな」
派手にやった方が、
ディオネを下がらせ、未だ二つに割れている舌で二重の詠唱を開始する。
「――“
詠唱しつつ、階層の継ぎ目を下から数えていく。
32階だから、一つ下の31階までか。
「“
派手に壊すだけではない。
正確無比な魔術というものを見せてやろう。
「“
これは一応、ルベンスのお抱え魔術師二人組が使った魔術の高位版になるか。
展開する術式は三層。
目標は帝都タワー31階と32階の継ぎ目。
「――“
斜め上に向けて手を薙いだ。
極限まで薄くなった水の膜が放射状に広がり、音もなく帝都タワーをスルンと通り抜ける。
「え、なに? 今なにしたの!?」
「
続けて地に手を振り落として叫べば、ぼこぼこと隆起した土の塊が、石畳を突き破ってどこまでも背丈を伸ばしていく。
「な――なにこれええええ!?」
周囲の土を次々に取り込みながら急成長し、帝都タワーとほぼ同じ高さに届いた頃には、立派な土の巨人となっていた。
恰幅が良く、不自然に拳のでかい巨人。
意思は無いから従順でお気に入りだ。
見上げると、パラパラ落ちてくる土が目に入る。
「32階から上を地面に置け。あ、下階は壊さないよう慎重にやるんだぞ」
命に従い、巨人はズシンズシンと塔に向かった。
重い振動が伝わって体が揺れる。
「す……っごぉい!! こんなの無敵じゃんお兄さん! 格好いい!」
「ほう、おまえにもわかるかディオネ。こいつの不恰好な良さが」
見た目にも気に入ってるわけだが、なんでいつも妙に手だけが大きくなるのだろうか。
無意識下で、たとえば殴り合いなどに自信がない己に劣等感でも抱いているのかな。
まあ、自己分析は今度でいい。
巨人が大きな手でタワーを鷲掴みにすると、周囲の兵士どもから悲鳴に似た声があがった。
案ずるな。
大量殺人などするつもりはない。
大事なのは、恐怖と敵意の均衡を保つことだ。
やり過ぎれば激しい憎悪が生まれてしまう。
巨人は右手で32階より上を持ち上げる。
スッパリ上階と切り離れてしまった下階は、窓から巨人の動向を見守る人でひしめいていた。
「さ、さっきの“斬った”って……もしかして、タワーを斬ってたの……?」
「他に何を斬るんだ。おい、口をぽかんと開けてると埃が入るぞ」
ディオネをたしなめ、巨人に上階をそっと地面に下ろすよう再度指示を出す。
さて、これで登らずして塔の攻略も完了だな。
「おっと。ついでに、窓がついてるところのちょっと下の壁をだな、順番に優しく破壊していってくれ」
巨人は指先を使って壁を崩していく。
砂山にトンネルを開通させるかのごとくだ。
繊細な動作も完璧である。
最後に崩れた壁の中に、どうやら目的の【帝魔】がいた。
寝室になっているようで、素っ裸で狼狽する男の後ろに、ベッドへ横たわっているシエラらしき女が見える。
「シエラ動かないよ!? き、気絶してるのかな?」
「あいつ、いつも犯されそうになってベッドで失神しているな」
実は男に対する免疫がまったく無いのでは?
指をパチンと鳴らせば、巨人は足元からぼろぼろ崩れていき、土に還っていく。
でっぷりと肥えた男は、裸のままで崩れた壁から外へと出てきた。
「な……なんだこれは。地震ではなかったのか? なぜ、ワシは地上にいるのだ!?」
混乱の最中であろう男に歩み寄る。
男もようやくオレを認識したようだ。
「だ、誰だ貴様! おい誰か! 兵どもは何をしている!?」
「お初にお目にかかる、クリムド伯グスターヴ殿。兵士なら周りにたくさんいるよ、今はただの観客と変わらんがな」
「貴様……魔術師か? 仮面を外せ! この狼藉、ワシを【帝魔】と知ってのことだろうな!」
「ああ知っている。だからオレも名乗ってやろう。オレは“九楼門”の【羊飼い】だ。今から少し痛い目に合ってもらうが、文句があるなら我が居城にて待っている」
「く、九楼門だと!? 居城とは……」
「“グリフェン城”だよ。ついでにそこの女も貰っていくぞ」
オレは不敵に笑って見せたが、そういえば仮面だから意味はなかった。
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