第61話 隧道潜伏最新型戦車土砂崩れ行き(1/3)
━━2036年4月28日午後2時40分(東京・日本標準時)
━━2036年4月28日午前0時40分(ワシントン・アメリカ東部標準時)
北海道新幹線・新小樽駅からほど近い、
4月末の北海道はまだまだ寒い。トンネル内の空気もひんやりというよりは、ほんのりと暖かく感じるほどだ。
「ったくよぉ、なんだって俺らがこそこそ隠れなきゃならねえんだ!」
そんなトンネル内部で、陸上自衛隊の最新型である31式戦車の車長席にすわりながら、第7師団第72戦車連隊第2中隊長の
「なーにがM4ボーリガードじゃ、正面から撃破してくれるわ! おい、吉原3尉。お前もそう思うだろ?」
『中隊長、大声出すと敵の
「んなわけあるか、ボケぇ! ここは全長18kmの新幹線トンネルだぞ! お前は操縦手なんだから線路の上をうまく走ることでも考えてろ!」
『吉原よ、心配はないぞ。履帯でJR北海道の大事な部品を踏み潰しても、もっぱら怒られるのは中隊長殿だけだ』
「笹山副車長! そういう本当のことを言うのはやめるように。
……ええい、くそっ! あー! 俺も石狩湾に突っ込みたかったなぁぁぁぁぁー!!」
小樽。日本人なら誰もが知るほどの観光地であり、北海道開拓時代から華やかな歴史を誇っている。
かつては漁業による絶大な好況に賑わい、ニシン御殿と呼ばれる豪邸が建ち並んだものだった。
北海道のそこかしこに炭鉱があった時代には、あまりにも大量の石炭が運ばれてくるので、高架式の橋の上から貨車が海面の貨物船へ石炭をフリーフォールする設備が存在していたくらいである。
そして漁業や炭鉱が衰退しても、まだまだ北海道有数の観光地としての立ち位置は健在だ。
(そういう意味ではまったくしぶとい街だぜ、この小樽ってところはよ……)
だが、そんな小樽のあらたな顔である北海道新幹線・新小樽駅は在来線の位置を知っている者ならば、誰もが首をひねるほど山側に位置している。
歩いて港まで行ける好立地の在来線・小樽駅はなぜスルーされたのだろうか。
(へっ、なんのことはねえ。北海道横断道と同じで、小樽市街は開発され尽くして土地がなかっただけのことだ……)
何しろそれは高速道路である。
戦車だろうが、自走砲だろうが、補給トレーラーだろうが、およそあらゆる陸上車両が移動可能だ。
もちろん山の中を突っ切る線形であるから、トンネルも随所にあり隠れるには好都合だった。
(俺がはじめて乗った90式がフル装備で突っ走っても問題ねえ……小樽周辺で部隊を集中させて隠れるならここしかねえだろ、って場所だった)
その計画がすべてひっくり返ったのが、開戦初日に日本全国へ浴びせられた第1波巡航ミサイル攻撃である。
自衛隊は驚異的な防空戦闘を見せ、ほとんどのミサイル撃墜に成功したものの、札幌をはじめとした各所にばらまかれた
(ヨーロッパじゃドイツ軍のレオパルド3がFCSと砲安定装置だけ狙ってぶっ壊されたっていうが、間違いなく事実だろうな……)
目標のもっとも脆弱なポイントを完璧に狙撃する。それが
その対象は兵器に限らず、あらゆるインフラに及ぶ。
もちろん鉄道も道路も例外ではない。レールのポイントを破壊し、道路の掲示板を叩き落とし、橋の保安設備を攻撃し、トンネルの換気ファンを落下させるのだ。
さらに恐ろしいのは『潜伏型』と呼ばれるタイプだった。
まるで滑走路破壊爆弾が時間差で爆発するように、すぐに攻撃を行わず、価値の高い目標が見つかるまで電力を節約しながらゆっくりと待つのだ。
実際、初日の攻防が一段落し、これでもう安心だと━━千歳基地で偽装を解除された戦闘機があっという間に10数機撃破されているのだ。
(こっええ……熟練のマタギが何日でも山の中でヒグマを待ち続けるのと同じじゃねえか)
北海道横断道のトンネルを利用するつもりだった第7師団や他の部隊は大騒ぎになった。
本来ならば、戦車3個連隊と自走砲部隊が集結して、一挙に砲撃を浴びせるつもりだったのである。
わざわざ海上の目標を狙い撃つことに文句を言う者もいた。
だが、強襲揚陸艦や輸送艦が搭載している戦力が石狩湾に上陸すれば、海の上にいる場合よりも数倍、いや5倍10倍も厄介な相手となるのだ。ならば上陸しないうちに沈めてしまうにこしたことはない。
(ところがどっこい、横断道のトンネルなんかに隠れても間違いなく
冗談じゃねえ、こんな閉鎖空間じゃ砲弾一発やられただけでまとめて誘爆して全滅だぜ)
結局のところ、陸上自衛隊が出した結論は2つである。
まず1つ。十分な射程を持つ自走砲や榴弾砲は、南の羊蹄山まで後退して潜伏する。
そしてもう1つ、最前線へ投入される戦車は━━
「当初の予定を変えて、一個連隊のみ海上砲撃に投入!
残りは上陸された時に備えて予備に回す、だとよ!
くっそー! 予備に回ってれば上陸してきた戦車と撃ち合えるじゃねえか! 俺はそっちが良かったんだよぉぉぉぉぉぉぉー!!」
『隊長、隊長。トンネル内に声が響いてますよ。第3中隊から入電。「うるせえぞ
「んだとぉ、この第2中隊長様にそんなこと言ってるのはどいつだ。第3中隊長の
『相変わらずうちの中隊長はむちゃくちゃだあ……』
「けっ! 戦車乗りは無茶を通してなんぼ!!
こうなりゃ他の連隊に獲物は回さん!上陸前に全部沈めてくれるわ!」
べらんめえ調で
「始まったな」
『ですね……』
『いよいよか』
彼らは一斉に右腕の時計型個人用端末を見る。
10年前なら『スマートウォッチ』と呼ばれたであろうデバイスは、泥にまみれ汗を垂れ流す陸自の最前線隊員に選別して支給されている装備だ。
(戦車の中やら地面で匍匐前進してる状態じゃ、腕くらいしか見られんからな)
支援隊員が31式戦車に接続された給電ケーブルを取り外す。
まずモーターが静かな唸りをあげた。
そして、日本のお家芸でもある戦車用高出力ディーゼルエンジンが、巨人の足踏みのごとき重低音をかき鳴らす。
しかし、激しい震動は感じない。
90式戦車、10式戦車を経て、極限にまで達したエンジン懸架とサスペンション技術の集約であった。
もとより戦車にとってサスペンション性能とは地を駆け、傾斜でジャンプし、最高速度でスラロームしながら砲撃するという機動性にも影響する。
モトクロスバイクがダートを走っても、信じられないほど地形による震動が伝わってこないことと同じであった。
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