第35話 2つの『オペレーション』(2/2)
「話を戻させていただく。
かくして驚くべきことに……そして遺憾なことに我々アメリカ合衆国は早晩、日本と戦闘状態に入ることが予想される。
長年同盟関係を結んだ相手と戦うのだ。むろん日本側になんら非があるわけではなく、我々が攻め入る側だ。
まったく、こんな不名誉なことはない……私はかつてオキナワで━━」
『元帥、今はその話は……』
「ああ、済まなかった、少将。
とにかく我が軍は日本へ侵攻することになる。
だが日本軍━━すなわち、彼らが言うところの
しかもその『
長年の同盟関係により我が米国製の兵器を大量に装備しているだけでなく、彼ら自身が整備した国産兵器の性能もきわめて高い」
説明資料のスライドが会議画面にポップアップする。
日本の最新戦車である32式戦車を筆頭とし、世界最大の通常導力型潜水艦である『たける』型やF-3ステルス戦闘機の説明が並んでいた。
「特に警戒すべきは彼らの誘導弾技術だ。
少なくとも防衛戦闘に関する限り、我々に匹敵するレベルへ達している。『ハイ・ハヴ』のような統合型汎用人工知能を介さない誘導システムとしては、間違いなく世界最優秀だろう」
資料は語る。
日本はかつての電子産業で米国と並ぶほどの能力を備えていた。
21世紀以降その面影はなくなっているが、商業競争と隔離された軍事技術においては脈々とそのDNAが受け継がれている。
対戦車・対艦・対空……それぞれの
「率直に言うが、日本侵攻作戦は相当な損害を伴う。
朝鮮半島のように人工知能任せで作戦を立てるなら━━おそらく2万近い死傷者が見込まれるだろう」
ヘンリー・デューイ戦時元帥は強い口調でそう言い切ると、リーズ国防長官を見た。
移民の両親を持つ50代の黒人である女性の国防長官は、神経質そうな顔で首を横に振る。
とても許容できない損害だ。そう言っているようだった。
「だが、軍はすでに人間の手によって最高の作戦を立案済みだ。
これは『ハイ・ハヴ』に任せるよりも少ない損害で、そして迅速に日本を攻略することができる。
ゆえに今回の日本侵攻作戦は……基本的に人間の手で実施することにしたい。
いかがか?」
リーズ国防長官は答えなかった。
そのかわり、リモートカメラの向こうにいるS・パーティ・リノイエを見た。
『人工知能システムの専門家であるレディ・リノイエに質問します。元帥の見立ては正確でしょうか?』
「国防長官にお答えします。
元帥は大きな誤解をなさっています。『ハイ・ハヴ』は━━国家戦略人工知能システムは同じ過ちを繰り返すことはありません。
すでに朝鮮半島でのイレギュラーを発生させた問題は完璧に対処済みです。日本侵攻作戦は日本人と日本列島の特性に合わせたスペシャルな最適化が施されることになります」
『ほう?』
「その
少なくとも人間に任せるよりも。
『ハイ・ハヴ』による日本侵攻作戦の立案は完了しており、そればかりでなく1日・1時間・1分ごと……状況の推移に合わせて細やかな最適化まで進んでいます。
我々が夜眠っている間も『ハイ・ハヴ』は……1人でも損害を少なくするために、1ドルでも損失を抑えるために、よりよき作戦をつくり上げているのです。
人間にこんなことができるでしょうか? 『ハイ・ハヴ』に日本侵攻作戦も任せれば、最高の結果が得られるはずです」
『なるほど……よくわかりました』
「国防長官! 朝鮮半島では一個師団壊滅に匹敵する人的損害が発生している!
それも数百名の犠牲で終わるという、甘い見積もりを覆して、だ!
次も人工知能が同じ失敗をするならば、我々は凄まじい大打撃を被る! 何千名ではなく、何万名もの若きアメリカ人が死ぬのです!
日本軍は統一朝鮮軍とは桁違いの相手なのですぞ! 軍が━━人間の力で最高の作戦を遂行して見せます!」
『元帥。あなたの言いたいことは理解しています』
激昂一歩手前の元帥に対して、リーズ国防長官はなだめるように温和な口調で言った。
『ですが、すでに『ハイ・ハヴ』が欧州作戦で圧倒的な成果を出したことも評価しなくてはなりません。
また……核の業火に国土を焼き尽くされ、隣国の属国に甘んじているという統一朝鮮の特殊性も考慮しなくてはなりません。これは人工知能にとっても予測しがたい相手だったのでしょう』
「ですが━━それを言うならば、日本こそきわめて特殊な国ですぞ……!
一歩間違えれば、我々は太平洋戦争のような総力戦に引き込まれる可能性すらある! 彼らはいざとなれば、パールハーバーやこの
『………………』
リーズ国防長官個人の立場としては、人工知能『推進派』でも『懐疑派』でもなかった。
彼女は若くてイラクの治安維持作戦に従事したこともあるれっきとした軍務経験者だったが、いわゆるエリート軍人ではない。
どちらかといえば民意と政治力学の妙によって。
そして『ハイ・ハヴ』による党派・思想・人種・性別の公正な配分によって、国防長官の地位を得た人間であった。
『最終決定は━━日本における国民投票結果が出た直後に大統領と副大統領もまじえて行いますが、暫定方針を申し上げます』
だが、彼女は無能な人物でもなかった。
当然である。この地位まで登り詰めた人間なのだから。『ハイ・ハヴ』によって地位に相応しいと判定される人間なのだから。
『日本侵攻作戦は人工知能による作戦と、人間による作戦……その双方を進めます。
どちらが優れているかは、両作戦の結果が示すでしょう。
もちろんそれは敵に与えた損害、こちらが受けた損害、遂行に生じたリソース……すべてを評価します』
「よろしい! 競争というわけですな?
成り上がりの人工知能など、我々米軍が血と汗で積み上げた経験値に遠く及ばぬことを示してみせます!」
「結構です。
人間がもはや手を伸ばすこともできない境地に人工知能があることを、改めて立証してみせましょう」
競争は進歩の源泉である。さらにはアメリカ合衆国を成長させてきた原動力でもあった。
リーズ国防長官はその基本に立ち返ったまでである。
そして━━3日後。
ワシントンに2036年4月13日の朝が来た。日本時間で4月13日の深夜が来た。
日本は国民投票の結果として、正式に国家戦略人工知能システムへの『接続』と『利用』を拒絶した。
大勢が判明した直後に大統領と副大統領をはじめとする米政府の高官、そして『人工知能推進派』の象徴たるS・パーティ・リノイエとハインリッヒ・フォン・ゲーデルも出席した最高会議で、日本侵攻作戦の発動が決定された。
米軍の『人工知能懐疑派』が立案した作戦は、オペレーション『
そして国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』の立案した作戦は、オペレーション『
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