もう一人のバイトスタッフである飯塚さんと二人で今日は閉店作業を行っていた。

「柴田さんって本が本当に好きですよねえ」

 いつものように掃除をしながら本棚を見つめていると彼女が話しかけてくる。

「うん。大好き」

「いいなあ。夢中になれるモノがあって。他に何か好きなモノってありますかあ?」

「犬が好き」

「犬! 犬って可愛いですよねえ。動物園とか行く感じですかあ?」

「動物園は行かないかな。家で飼っている犬が好き」

 私たちはレジカウンターに戻って、二台あるレジの売り上げのチェックを二人で始めながらまだ話は続く。

「なるほどです。あとの趣味は? ありますかあ?」

「ないね」

 考えもせずに間髪入れず言ったことに、彼女は少し戸惑い気味だった。

「え? マジですかあ」

「うん」

「洋服とかは興味ないんですかあ?」

「ないね」

「じゃあ、遊園地とかはあ?」

「行ったことない」

「嘘!? 人生で一回も? じゃあ、彼氏とかはあ? いないんですかあ?」

「いない。というより、いたことがない」

「えええ?」

 彼女は驚いて小銭を床に落としてしまった。すかさず、一緒に落ちた小銭を拾う。

「ごめんなさい。ありがとうございます。あれですか、ぶっちゃけ、男に対して嫌な思いしてきたとかですかあ? 殴られたとか、騙されたとか」

「ないない。何もない」

 床に落ちた小銭をすべて拾って、またお金を数え始める。

「じゃあ、どうして付き合ったことないんですかあ?」

「そう言われても、、、」

 単純に必要がない。興味がないからだ。他に何もない。

「もしかして、ちょっとした性的な病気とかあ?」

「そうなのかな」

 笑って見せたが、この言葉には少し不愉快になった。

「そういう、飯塚さんは恋人いた経験あるの?」

「それはもう。ありますよお。何なら今もいますよお」

「へえ、誰? もしかして柿本さん?」

「柿本さん!! 冗談よしてくださいよ」

 別に冗談で言ったわけではないのだけれどもと思いながら彼女の話を黙って聞く。

「大学の同じ学部の先輩ですよお」

 なるほど。彼女は大学生でこの本屋でのバイトをしている。

「そうか。柴田さんは大学行っていないから出会いがなかったんですねえ。可愛そう。大学ってぶっちゃけ、出会うだけの場所なのに」

 可愛そう?  出会いがないことは可愛そうなことなのだろうか。

「ねえ。飯塚さんは大学は恋をするために行くものなの?」

「ええ? みんなそうなんじゃないですかあ? 私、勉強好きじゃないし」

 勉強が好きじゃないのに、大学へ行ってより深くその学問を学ぶのか。何だか矛盾しているが、恋愛目的だけに大学へ通っている主人公を描いた小説を読んだことがあり、彼女もそれなのだろうと無理やり納得させる。

「じゃあ、じゃあ。柴田さんはバイト以外何をしているんですかあ?」

「それは読書と犬と遊ぶこと」

「本当にそれだけ? それって人生楽しいですかあ?」

「うん」

 彼女は話さなくなった。話がかみ合わないとも思ったのだろうか。

「でもね、最近、このままでいいのかなとも思うんだよね」

 その言葉に彼女がこちらを向き、何かが復活する。

「ですよね。ですよね。そうそう。自分を偽ってはいけないですよお。今までは偶然出会いがなかったの。そう。きっとそう。だって、柴田さん綺麗だもん」

 自分を偽る。

 何か違う気がした。ワンコのことで変わらないといけないとは思っているが、今までが自分を偽って生きてきたのだろうかというと違う気がする。

 何かまくし立てるように早口で話す彼女に圧倒されていると、さらに早口になって彼女は話を続ける。

「もうね、出会いの場所があればすぐですよ。すぐ。柴田さん、街コンとか行ったことありますかあ?」

「いや、ないよ。何かの雑誌で読んだことがあるけど、最近流行っているんだってね」

「そうそう。良かったら、お勧めの街コンあるんで後でメールで送りますね。これ、女子は初回無料で行けるんですよ」

「え? 女子は無料なの?」

「そうですよお。無料だから冷やかしでもいいんですから」

 無料。女子は無料で行けるんだ。無料なら自分を変えるために行ってみてもいいかなと思う。

「無料ですけどお。その身なりはさすがにアウトですよ?」

 飯塚さんは私の顔を見ながら目を細める。

「そうなんだ」

「はい! 良かったら私、今度時間合わせてメイクの仕方教えますよ」

 私は嬉しそうに語る彼女の顔を改めて見る。小さい唇に染められた薄ピンクの口紅。茶髪で染められた肩まであるサラサラな髪の毛。札束を数えている手も爪が綺麗に伸ばされてそこにオレンジのネイルがされている。決して派手ではないが、きっとこれが一般的な女子のオシャレをしている女子大生なんだろうなと思う。

「服も好きじゃないと言っていたから、服もきっと買っていないだろうから、付き合いますよ?」

 そんな彼女は、私にない明るさや鮮やかさがあったが、特に彼女のようになりたいと憧れたことはなかった。

「街コン行くって決めたら教えてもらおうかな」

 そうやんわりと彼女の誘いを断ると、少し残念そうにそうですかあとその後は黙って札束を数え始めた。

「あのさ、飯塚さんは恋したり、そのためにオシャレをするの好き?」

 聞くと彼女はパッと明るくなりこちらを向いて大きく頷く。

「はい!! ぶっちゃけ、女の幸せってそれじゃないですかあ?」

 そうなのか。では、今までそれを経験していない私は女として欠損しているのだろうか。

「売上げ数え終えました。シャッター閉めてきますね」

 そう言って彼女は、レジカウンターを出て半分空いていた店のシャッターを閉めに行った。飯塚さんの書いた売り上げのメモを見ながら、いつもより少し売り上げが少ないなと思い、こっそり彼女が計算した札束をもう一度数えてみる。

 やっぱり、少し少なかった。

 彼女はこのバイトに入ってから半年くらいになるが計算間違いや小さなミスが目立つ。

それは店長も知っていて、少し困ったと言っていた。だが、責任のない身分だからかもしれないが私からしてみれば、彼女は私にはない若くて花がある女子大生の彼女にレジの会計をしてもらったほうがお客さんは気持ちが良いかもしれないし、彼女がいることで男性客などは寄ってみようという気持ちになって集客力がアップするかもしれない。

 だったら、きっと細かいことが苦手なのならば、比較的細かいことが得意な私がフォローできればいいと思っている。だから、おかしいなと思った時は叱らずこっそり数字を書き換えてあげている。

 彼女には私にはない彼女しかないいいところがある。それをお互い助け合えばいい。

 それじゃダメなのだろうか。きっと、それではダメだからワンコは心配で私のそばにいるんだろう。

 そう考えると、自分を何も変わらなくてありのままで好きなことをして、何も言われず大学生活を送られている彼女みたいになりたいとこの時初めて思った。

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